漂着の浜辺から

囁きのような呟き。

猫のゆりかご・・・序文(1)

2012年07月27日 | 猫のゆりかご
 「紫の雲」をやりっぱなしのまま、他の翻訳ばかりやっていますが(笑)、また別のやつを始めます。実は、「紫の雲」の方は、とっくの昔(二年ほど前かな)に下訳は完成してしまっているのですが、この先はあまり面白くもないので、見直すのが面倒になって、ついほったらかしになってしまっています。 

 これから訳そうとしているこの作品「The Cat's Cradle-Book」の著者、シルヴィア・タウンゼント・ウォーナー女史は、月刊ペン社から出ていたシリーズ「妖精文庫」の「妖精たちの王国」の著者で、最近「フォーチュン氏の楽園」が20世紀イギリス小説個性派セレクションに収録されました。「フォーチュン氏の楽園」が、ちょっとホモセクシャル的な作品だと思ったけれど、彼女は「Summer will show」という、レズビアン小説も書いているようです(未読)。まるでトーベ・ヤンソンみたいですね。ぼくは「妖精たちの王国」から気になっていた作家だったのですが、去年読んだ「フォーチューン氏の楽園」ですっかり気に入り、「妖精たちの王国」のあとがきで荒俣宏氏が「まだ入手できていない、まぼろしの本」扱いしていたこの古書をネットで見つけて、取り寄せました。内容は、「母猫が仔猫たちに語る寓話集」といったもので、この物語の数々を入手することになったいきさつを書いた長い序文と、短い寓話がたくさん入ったものです。出版年が1940年で、著作権は切れていないのですが、ベルヌ条約の特例により、翻訳は自由にできるようです。なので、試訳の訳文だけを掲載します。ご了承ください。なおタイトルは、「猫のゆりかご」としましたが、cat's cradleには「あやとり」という意味があり、cradle bookには「ベッドの中で読み聞かせしてもらう本」という意味があります。

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猫のゆりかご (The Cat's Cradle-Book)

シルヴィア・タウンゼント・ウォーナー (Sylvia Townsend Warner) 著  / shigeyuki 訳


 序文

 彼よりも素敵な若い男性を、わたしは見たことがなかった。
 家も素敵で、長い年月使い込まれてきたせいで、とても落ち着いて見えた――長いファサードと葦の藁葺屋根を持つ、十七世紀に建てられた家だった。古いスプーンのような滑らかさと薄さを持ったその造りが、すらりと細長い印象を与えていた。戸口は狭くてさりげなく、窓の中枠と鴨居は極めて繊細だった。白いペンキは色あせて、たんぽぽの綿毛のように銀色になっていた。家はレンガ造りで、黄味を帯びた石灰塗料で塗り固められていたが、ともに色あせて、レンガの色はすっかりとくすんでしまっており、そのせいで家の全体の風合いは、その肌にぼんやりとしたバラ色の筋とくすんだ茜色の赤みの入った、熟した西洋梨のようだった。
 周りを樹々に覆われ、その前には芝生が伸び放題になっている屋敷は、まるで木から落ちて転がっている西洋梨のようだった――わたしは、西洋梨は深い眠りに入ろうとしているんだと思った。それは五月半ばのこと。鳥たちは声を限りに歌い、完璧な静寂に包まれた家の周りでさえずりを交わしていたから、もし家に誰もいないというのでなければ、すっかりと眠りこけているのだろうという気がした。それなら、幅の広いゲートの上に身を乗り出して、家をじっと観察したところで、失礼にはあたらないだろう。ゲートの上に身を乗り出さなければ家がちゃんと見えなかったのだが、それはほつれた垣根が木と低木の木立ちで補われていたからだった――アメリカスグリ、そしてライラック、バイカウツギ、それにジプシー・ローズ(訳注:マツムシソウ)、そういった木々があったのを覚えている。
 最初の猫がアメリカスグリの下から歩み出してきた。それでわたしは、なんてぴったりなんだろう、アメリカンスグリの花の香りは、猫の匂いにとてもよく似ているのだから、と思った。その雌猫は明るい鼈甲色で、どちらかというと、まるで自然が家と調和する色彩を彼女に与えたかのように見えた。猫はあくびと一緒に後ろ脚を伸ばしながら、わたしの方に向かってやってきたが、ゲートのところまで来ると、柵に身体をすり寄せ始めた。すぐに二匹の灰色の猫がライラックの下からやってきて、合流した。猫たちは白目色で、毛は短く、逞しい、しっかりとした肩を持ち、頭は丸く、脚は短かった。自分が最初にわたしのところにやってきたのだと示すように、三毛猫はゲートの横木の一番上によじ登ると、わたしの肘に身体を擦りつけ、尻尾で頬に触れて、ゴロゴロと喉を鳴らし始めた。二匹の灰色猫は座って、傍観していた。
 しばらくして、四匹目の猫が群れに合流した。彼女は他の猫たちよりも年寄りで、明らかに社会的な地位は下だった。彼女は長い毛を持ってはいたが、ガラクタの山の近くや、家畜小屋の客間を好んで、社会的な階級を落とすことを選び、くたびれてみすぼらしくなってしまった、ペルシャ猫との混血だった。その行儀もまた、上品さに欠けていた。彼女は他の猫たちがぶらぶらとやって来たのに反して、走ってやって来た。走りながら、ニャーニャーと鳴いていた。そして横木に飛び乗ると、身体でわたしをグイと押した。わたしは、彼女の喉には黄色い染みがついていて、卵の殻のひとかけらが口に張り付いているのに気がついた。
 「ムネアカヒワの巣を襲ってきたのね」わたしは言った。
 巧みに話を逸らして、彼女は言った。
 「あたしの仔猫ちゃんたちを見るといいわよ!みんな立派よ――それに、食欲旺盛なの!でも褒めたげることだわね、育ち盛りだもの」
 「それで、鳥の卵を仔猫たちの前に運んでいったのね」わたしは繰り返した。
 そうしている間にも、三毛猫は横木の上を何度も行き来しながら、わたしの身体に自分の右側と左側を交互にこすりつける作業に夢中になっていたが、それはまるで身体のどちらの側がいちばん心地良い感覚を味わえるかを決めかねているかのようだった。
 「あたしの生まれ変わりよ」鳥の巣の猫が言った。黒い子猫が一匹、ヨーロッパグリの木の幹を滑り降りてきた。樹の太い幹の上の、一分間の不屈の冒険家だ。仔猫は野性的にニャーオと鳴いて、(まるで暴走列車みたいに)門柱に飛びかかった。そこで落ち着くと、勿体ぶって念入りに顔を洗っていた。
 その時だ、わたしは呼びかけてくる人間の声を耳にした。
 「そうやって猫と話しているのか?」