漂着の浜辺から

囁きのような呟き。

サイクロンの渦を抜けて・・・12

2010年09月10日 | W.H.ホジスンと異界としての海
 それからほどなく、我々はデッキに戻りました。
 既に述べたように、正午には海は本当にひどい状態になっていました。けれども、午後四時頃までにはさらに状況は悪化しました。甲板を船首や船尾へ移動することも不可能となり、百トンもの水が一度にどっと甲板に押し寄せてきて、手当り次第にものを攫ってゆきました。
 その間、サイクロンの吠える音は信じ難いほどに大きくなり、デッキの上で話そうが叫ぼうが――直接耳に話しかけるのでなければ――はっきりとは聞こえず、我々が他の人と意志の疎通をはかろうとするなら、身振りに頼るしかないという有様でした。そんな状況なので、風の圧力による疲れや苦痛から少しの時間でも逃れるために、船員たちは交代で(一人、あるいは二人ずつ)サロンに降りていって、束の間の休息をとって、煙草をふかしました。
 こうした短い「喫煙休憩」の中で、航海士は私に、このサイクロンの渦はおそらくこの船から八十から百マイル以内にあって、一時間に二十から三十ノットほどの速さでこちらに向かっており――そしてそのスピードはこちらの進む速さを遥かに上回っている――おそらく午前〇時前には追いつくだろうと語りました。



 「逃れるチャンスはないのですか?」私は尋ねました。「進路を少し変えて、今より少し速く航路を横切ることは?」
 「無理だな」航海士は答えて首を振り、考え込みました。「やろうとしても、寄せ波がおれたちを飲み込んでしまうだろう。盲滅法に船を走らせたって、破滅の時が来るまで、祈ることしかできねえだろうさ!」彼は力なくそう結論を出しました。
 私は同意して頷きました。それが真実だと分かっていたからです。我々はしばらくの間黙り込んでいました。それからデッキに戻りました。デッキでは風が強さを増しており、フォアスルはもはや形を留めていませんでした。しかし、風圧が強くなったにも関わらず、雲の中に裂け目が現れ、太陽が不気味な明るさで輝いていました。
 私は航海士の方をちらりと見て微笑みました。それが良い兆しのように思えたからでした。けれども彼は首を振って、言いにくそうに言いました。「これは悪い兆しだな。何か悪いことが起こるサインだ」
 彼の否定的な見解が正しいことは、すぐに証明されました。十分も経たないうちに太陽は姿を消し、雲が我々の船のマストの先端に触れそうなほど低く下りてきました――大きく撓んだ、黒い待機の織物。それはまるで泡と飛沫の雲を混ぜ合わせたものであるかのようでした。風は時間が経つにつれて力を増し、忌まわしい悲鳴のようになり、時には耳を殴られているかのように思えるほどでした。
 そうして一時間が過ぎました。船は二枚のトップスルだけで懸命に前へと進み、フォアスルを失ったことで速度を落としたようには思えませんでした。とはいえ、船は以前よりもさらに喫水を深くした可能性がありました。
 午後五時頃、私は上空に大きく鳴る音を耳にしました。バカでかい深い音で、唖然として、肝を潰すほどでした。その途端、二枚のトップスルがボルトロープ(縁索)から引き剥がされ、続いて鶏舎のひとつが船尾桜からそっくり吹き飛び、そのまま上空に舞ったかと思うと、降下して、メインデッキに「音もなく」叩きつけられました。幸い、それは私のカメラをしまっておいた方の鶏舎ではありませんでした。