38歳からの百姓志願~実践編。

霊峰・石鎚を仰ぎ、瀬戸内の陽光を望む愛媛県西条市、「有機菜園 藤田家族」無農薬・無化学肥料の野菜と暮らし。

秋晴れ続き、今日も芋掘り。

2010年11月05日 | 農と暮らしの日記
まびき人参。
この秋冬の人参はこれが一番手。例年だともう普通の人参の出荷が始まっている頃だけれど、何度も書いているとおり今年は7月播きの人参が乾燥で壊滅し、8月播きも乾燥で発芽に苦労したし、おそらくその後の初期生育も十分な水分が与えられず成長が遅れたはず。それでようやく、いまこの「まびき人参」としてのセット入り。

一般的にはこのサイズの人参はないはず。
通常の栽培指針だともっと早い時期に仕上がりの株間になるようにまびきを済ませてしまう。そのほうがたぶん生育が早いし、しっかりと太るのだろう。だけれどうちの場合は仕上がりの人参ができる前に、小さくてもいいから「人参らしいもの」を入れたい。だから、最初のまびきは大雑把にして、次に「人参まびき菜」、さらにおこの「まびき人参」を収穫したあとに仕上がりの株間にする。最終的にどちらがたくさんとれるのかはわからない。仕上がりの人参はこのぶんだと12月に入ってからか。



金曜、今日もまた秋の快晴。朝は手がかじかみ、昼は汗がにじむ。
朝:6時すぎから荷造り、ごはん。
午前:保育園、市街スーパーに納品・出荷。戻って収穫2時間ほど、セット荷造り。薫が市街に配達に出て、僕はトラクタの爪の取替。14時頃から遅昼。
午後:今日もさつま芋掘り。金時を1列。残るは金時2列と紫芋2列。日没に前後して明朝出荷ぶんの一部収穫、戻って荷造り。18時半あがり。

<本日の野菜セット>例
里芋、ピーマン、小松菜、ほうれん草、水菜、大根葉、以上がほぼ全セット共通、一部セットには他にさつま芋、平莢いんげん。



先日書いた「TPP」について少しずつ理解しようと努めている。
それでもなかなか全体像がつかめず、賛成とか反対とかいうための基盤がまったくできない。いまの段階でなんとなく思うのは、たぶんいま我が国が直面している現実というのは、TPPに参加するかどうかということ、よりも、あるいは、と同時に、参加しても参加しなくても、これまでとは違う環境に対応していかざるを得ない状況なのではないかということだ。

「だから参加しないとおいていかれる」というのではなく。
参加しないという手もある、だけれどだからといって「現状通り」ではありえないという……。TPP参加というのは、「変わらざるを得ない」日本の、変わり方のひとつの選択肢(もしかするとお膳立てのできたお手軽な既製品)であり、参加しないならその代わりにどう変わるのか(あるいは参加するとしても、さらにどう変わるのか)ということが問われており、いずれにしてもその選択なりの代償、犠牲、傷みのようなものが生じるのだということ。そんなふうに、いま受け止めている。

「最小不幸社会」という言葉が政治のニュースに出てくる。
TPPのことと関連づけて考えると、いま必要なのは「最小不幸」の社会ということも重要な視点かもしれないけれど、「不幸(代償、犠牲、傷みのようなもの)の共通認識」かもしれない。誰かにとっては不幸だが、そうでない人にとっては「幸」であることを当たり前にしない社会? そして、「共通認識された不幸」には、もしかすると「不幸」から脱皮できる余地があるかもしれないと思う。
コメント
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