lens, align.

Lang ist Die Zeit, es ereignet sich aber Das Wahre.

Music New Releases_2.

2010-09-19 12:15:12 | delerium
Likeice_2


□ Conjure One / "Like Ice"

<object height="81" width="100%"> <param name="movie" value="http://player.soundcloud.com/player.swf?url=http%3A%2F%2Fapi.soundcloud.com%2Ftracks%2F5312157%3Fsecret_token%3Ds-dc10I&secret_url=false"></param> <param name="allowscriptaccess" value="always"></param> <embed allowscriptaccess="always" height="81" src="http://player.soundcloud.com/player.swf?url=http%3A%2F%2Fapi.soundcloud.com%2Ftracks%2F5312157%3Fsecret_token%3Ds-dc10I&secret_url=false" type="application/x-shockwave-flash" width="100%"></embed> </object> Conjure One - Like Ice by nettwerkmusicgroup

Release Date; tba

Conjure Oneのニューシングル・トラック、
"Like Ice"がSoundcloudにてフルレングス公開。
後半の壮大なコーラスといい、"IDIC"といい、
この言いようの無い暗鬱な雰囲気が、
次回アルバムの特徴になるのかも。



Voiceacoustic


□ Delerium / "Voice: An Acoustic Collection" (sampler)

<object height="81" width="100%"> <param name="movie" value="http://player.soundcloud.com/player.swf?url=http%3A%2F%2Fapi.soundcloud.com%2Fplaylists%2F310648%3Fsecret_token%3Ds-ExK9P&secret_url=false"></param> <param name="allowscriptaccess" value="always"></param> <embed allowscriptaccess="always" height="81" src="http://player.soundcloud.com/player.swf?url=http%3A%2F%2Fapi.soundcloud.com%2Fplaylists%2F310648%3Fsecret_token%3Ds-ExK9P&secret_url=false" type="application/x-shockwave-flash" width="100%"></embed> </object> Delerium - Voice: An Acoustic Collection (sampler) by nettwerkmusicgroup

Release Date; 05/Oct./2010
Label; nettwerk
Cat.No.; tba
Format: tba

4曲をフルレングスで試聴できます。
"Send Me An Angel"が沁み入るようなフォークソングで、
Andy Moor Remixとは全く違った趣です。




DELERIUM "Terra Firma" from Nasty Byte on Vimeo.



□ Delerium / "Epiphany: Live DVD" clip.

Release Date; forthcoming...
Label; MVD Visual
Cat.No.; MVD5029D
Format: 1xDVD

サースクの増殖が面白いです。




</object>


□ Schiller / "LICHTBLICK"

>> http://www.schillermusik.de/

Release Date; Nov./2010
Format: 1CD + 2DVDs

Schillerのニューアルバム、"Lichtblick"が早くも登場。
AtemlosのLIVEなどを収録したDVDもバンドル。



□□□ Special Thanks to Oceano! □□□
>> http://twitter.com/Oceano__





□ Other Releases.

Mws


□ Cosey Fanni Tutti & Philippe Petit
 / "Mist While Sleeping / Invisible Whispers"

♪<script type="text/javascript" src="http://mediaplayer.yahoo.com/js"></script> Mist While Sleeping (sample)
Invisible Whispers (sample)

Release Date; 20/09/2010
Label: Dirter

暗黒ノイズと狂気の声が谺する呪術的アンビエント。
イギリスのセンセーショナルなパフォーマンス・アーティスト、Cosey Fanni Tuttiの音響芸術家としての作品で、フランスのエレクトロニカ・レーベル、BiP_HOpのオーナーでもあるPhilippe Petitのコラボレーションにより、暗いだけでなく先鋭的でエッジのある響きを効かせています。




Nocturne


□ Onmutu Mechaniks / "Nocturne"

>> http://www.myspace.com/onmutumechanicks

Release Date; Sep./2010
Label; Echocord

Arne WeinbergがEchocordレーベル向けに発表するOnmutu Mechaniks名義でのニューアルバム。表題の『夜想曲』の通り、ドープでくぐもった柔和なシンセとビートのレイヤーが心地良い"Sleep-Techno"という趣。




Islaja


□ Islaja / "Keraaminen Paa"

>> http://www.myspace.com/iissllaajjaa

Release Date; Sep./2010
Label; fonal

フィンランドのAvan-popシーンにおいて絶大な支持を誇るIslajaの新作。
どこか艶やかに民俗色を漂わせる歌声にのせて、やや大味なプログラミング・ビートやエスニック・サウンドを刻む、生々しくも洗練された土臭さを醸し出すエレクトロニカ作品。




Takerspaul


□ Paul Haslinger / "Takers" OST.

>> http://www.haslinger.com/

軽快なヴァイオレンス・シーンにピッタリな、ドープかつドライで、哀愁も漂わすスコアを書かせたら右に出る者はいないポール・ハスリンガーの最新サウンドトラック、"Takers"。日本公開は未定です。。


rubbish talk_11.

2010-09-17 10:36:07 | art music
音楽と夢は何処まで似ているか


今日、「Classic」音楽の礎を為す物は、もう2-300年前に書かれた楽譜から、古くは千年も前の石碑に刻まれた記号の解釈によるものなど、伝わる形は様々だが、それらは絵画や建造物とは違って、演奏者が記号というフレームにエネルギーを注ぐ形で、一瞬一瞬を「生きた信号」として励起させ、ある意味では、過去のエネルギー状態への可塑性と再現性を保持した反復行為によって、現代という文脈に上書きされていく。


(※ 視覚芸術と音響芸術との差異は、その記号が励起させるエネルギーの関係性を、時間軸の何処と何処に割り振るかという部分にあり、視覚芸術の場合は、表現物自体に依存する割合が高い。対して音響芸術は「出力形式」を触媒とするため、特定の時間と時間との間のエネルギーの過渡状態を取る。但し、ここではオーディオ等の概念を取り除く。)


だからといって、過去に作曲された「音楽」の総てが、作曲者自身の手に拠る一次的資料に基づいて演奏されるわけではない。それらは絵画や建造物と同じく、古びて、欠損し、現代の文脈において説得力のある意味を持つには、ある程度の補修や加筆といった介入を必要とする。



ところで「芸術行為」とは、感情に作用するメッセージという意味が第一義的にあり、それらに付随する考証や理論形成といったものは、メッセージの複雑化した情報の保持の為に必要となる副次的な手順に他ならない。私たちが人間という存在として抱く感情は、文化的な差異はあるものの、太古からのある種の相似性を保ったものであるから、過去に呼び交わされた記号が、現代で言う「出力」されることに共鳴を得ることが可能なのだ。


この時、「音楽」という主体が作用を齎す上に置いて、「言語」のような厳密なシンタックスを必要としないことに注目しなければならない。「言語は思考を規定する」が、「音楽は感情に規定されている」ものである。なぜ人が音楽に感動できるのかというと、我々は、その音楽によって奮い起こされる感情を知っているからで、その感情を通じて得た自身の経験と、過去の作曲者が表現を行った感情が、時系列を超えた関係性によって結びつけられているからだ。



またこれは、「音楽という主体」そのものの実在性に関わるものである。自明の通り、音楽は時間推移に乗った刺激の連続性に伴う感情作用に基づいている。一音一音の狭間にある無音こそが刻まれている対象と言い換えることも出来よう。

これについてブーレーズは、一つ一つの音が生じるリズムを、建築の「柱」という存在に喩えている。柱の立っている間隔、位置関係に「音」という時間軸を置き換えることによって、そこに空間を計る数理的な干渉が適用できるようになる。


「空間構造」に対する生命現象の反応は、おそらく人間が抱く感情として最も原始的で、その基礎を為す要素を構成していると思われる。空間は、その場所で適応行動を取る主体の時間の刻み方そのものを規定する為だ。こうしたことから音楽を為す一つ一つの旋律やリズムの塊は、石に刻まれたメッセージというよりも、実は石から切り出された柱そのものに近い。




音楽のような「刺激の反復行為」に似た人間の生理現象の一つに、睡眠中に見る「夢」が挙げられる。夢の中で目にする光景の一つ一つ、たとえば色彩や記号、話の脈絡などは、心理学的にはどれも重要な意味があって、主観者の現実の経験から投影されたものであるとされている。

ただし夢には反復の再現性はなく、それを忠実に記録する為の手段も、まして実生活において実効性のある文脈に熾す意義も、今のところ見出されているとは言い難い。


多くの、いや総ての夢は、一度見られただけで忘れ去られるか、誰かの記憶の中で燻り続けるのみである。しかし、それが一人一人の感情や、日々の蓄積を通じて文化に及ぼす作用は決して小さいものではない。そして「夢」に対する科学的な研究は未だ黎明期を迎えていない。



夢の構成要素の一つ一つに、現実の投影を兼ねた作用があると述べたが、同様のことは音楽にも言える。音楽の音色やメロディは、文化的技術的な制約に拠って、半ば慣習的に用いられているものの、その多くは「現代の文脈」と「個人の感情経験」の相互作用、フィードバックによって自律的に進化を続けている。

「絵画」や「写真」が、「何処かの光景を見る」という信号的意味を枠内にトレースしているのに対し、「音楽」は、鑑賞者自身の枠内に、音と音との関係性のある構造を作り出す作用を付与している。これは建造物内を移動してマッピングしていく感覚により近く、その柱の素材に手を触れてみることもあるだろう。


現代人がヴァイオリンの音色を「人の声」の代替であるとは感じないように、ジプシーの草笛をヴァイオリンで再現することもあるし、ラッパが神の楽器であるとも思っていない。しかし過去には、器楽の音色が信仰的、伝承的意味合いと関係づけられることは少なく無かった。

然し乍ら、「当時の人が聴いたままの音色」で音楽を再現することが、民族音楽はもちろん、クラシックにとって考証的な意味以上の何があるのかというと、実は最も重要な「感情への作用」という点については疑わしいと言わざるを得ない。


なぜなら、記譜を伴わない伝承音楽の殆どが、「演奏されていた当時から」ピッチや器楽構成までの再現性を厳密に定めていたとは限らないという、余りにも当然過ぎる理由に拠る。

厳密な調性を要求するクラシックについては幾分事情が異なるが、たとえばバロック時代には、楽器のピッチが村単位で違っていたことも今となっては知られているし、同じアンサンブルでも演奏が進む毎に変化することも多かった。そして今主流となっているチューニングよりも、平均してもっと高いピッチで演奏されていたという。


この頃から、音楽が感情に及ぼす作用として最も重視されていたのは「調性」である。ピッチが違えば当然音色は異なるものの、任意の楽器が置かれる文脈の秩序を保つ上では犠牲になることもある。現代のオーケストラでは、個々の楽器のピッチを態々合わせるよりも、全音について移調を行った楽譜での演奏が行われることがあるが、作曲者が意図した調性が変わってしまうことへの誹りは免れない。



こうしたピッチの時代様式の研究や、古楽器の復興が比較的進んで来たのは1980年代のことで、それ以前から「過去の音楽」の再現性については態度を二分する論争が続いている。オットー・クレンペラーなどは、過去の様式に拘ることを良しとしなかった巨匠の一人であり、作曲者の世界観と精神性に更に磨きと進化を齎すが如く、堂々と近代の様式に従うことで、偉大な音源の数々を遺している。




音楽自体は再現されるものであるが、それによって齎される感情は再現されるのではなく、その瞬間瞬間に齎されるものだ。表現者が作曲するにあたって世界観を構築する時、一つ一つの器楽構成や音色が、彼の記憶の何処から呼び覚まされて、旋律や調性を形作るのか。紛れもなく、それは夢と共の領域にあるのである。




□ from my twitter log

□ 前奏曲とメイン・タイトル

カールベーム指揮のワーグナー前奏曲集は未だに私にとっての至宝の一つ。仰々しさだけではない、楽譜に対する誠実な姿勢と精緻な組み立てが魅力。ところでこのオーヴァーチュアという発想、近代の映画ではエンドタイトルに代わられることが多いが、サントラではメインタイトルとして再編曲されることも

今の映画音楽,所謂「スコア」が映像の要求に答える為のものであるのに対し、オペラにおいて前奏曲が果たしている役目は、最初に主題を提示しておくことで、観劇が進むにつれて大きく感情的な作用を及ぼすことにある。


もちろん今の映画の多くもメインタイトルをクレジットともに劇中序盤に据えているが、如何に音楽が映像を超える仕事をしても、一個の楽曲として完成した形を鑑賞時の感動と同期させるのは様々な制約から無理が多い。サントラ限定のメインタイトルは、生産的な意味合いよりも作曲者の妥協が垣間見える


身も蓋もない言い方をすると、映画音楽っていうものは、そういうものでいいと思う。(笑)敢えてアンバランスな物言いをしてみたり。無い物ねだりって大切。(^O^)/



Music New Releases.

2010-09-15 19:11:38 | art music
□ from my twitter log.

Pigeons


□ The Hundred In The Hands / "Pigeons" Remixes

♪ <script type="text/javascript" src="http://mediaplayer.yahoo.com/js"></script>Pigeons (Original Mix)

Release Date; Sep./2010

>> http://bit.ly/chX1lj

Warp recordsのSynth pop Duo、The Hundred In The Handsのキラーチューン、"Pigeons"のRemixがリリース。中毒性のあるヴォーカルラインを妖しく光らせるBlawan Mixが秀逸





Innundirskinni


□ Ólöf Arnalds / "Innundir Skinni"

>> http://www.myspace.com/olofarnalds

Icelandのフォークシンガー、Oolf Arnaldsのニューアルバム、"Innundir Skinni"が良い。素朴で物悲しい色褪せた情感に癒される。可憐な寂寥感に浸る。"Surrender"は必聴。





Agricola


□ Alexander Agricola / "Missa in myne zyn"
 (Capilla Flamenca, Dirk Snellings)

>> http://outhere-music.com/store-RIC_306

Release Date; Oct./2010

Alexander Agricola was born in Ghent and was not only a contemporary of Josquin Desprez but also one of the most exciting composers of his period.

Of the eight Masses by Agricola that have survived, the Missa in myne zyn is the most demanding to perform and the most elaborate, making use of every possible technique to include the thematic material of Agricola’s own 3-part song In myne zyn.


ルネサンス期において最も謎に包まれた作曲家、アグリコラの偉業の一つが音源化。同楽派のオケゲムとジョスカンの書法を交えた、当時において最先端の作風で人気でした





Beatus_vir


□ Johann Rosenmüller / "Beatus Vir? (Motets and Sonatas)"
 (Gli Incogniti, Amandine Beyer)

>> http://outhere-music.com/store-ZZT_100801

Release Date; Aug./2010

‘The “Beatus vir” of the Nisi Dominus is a perfect example of this, with its vocal line which enters so gently that it seems like a tentative question ? “Beatus vir?” Is the man blessed? ? and is transformed into a whirlwind of sensations, in an almost desperate cry that remains unanswered’ (Amandine Beyer).


不屈の作曲家、Johann Rosenmuller晩年のモテット&ソナタ集"Beatus Vir?"の新録音盤がリリース。この人の功績は余り知られていないものの、ヴェネツィア期にルター派の作曲家に多大な影響を齎したバロック時代の「特異点」





Schattenspieler


□ Marcus Fjellstrom / "Schattenspieler"

>> http://kafkagarden.com/
>> http://myspace.com/marcusfjellstrm

Release Date; Sep./2010

スウェーデン人の現代作曲家、Marcus Fjellstormの新譜"schattenspieler"が今月のアワード。これは凄いです(>_


□ Tweets about Music.

Messehmoll


□ J.S. Bach / "Messe h-moll" (BWV.232) Otto Klemperer
 (ニュー・フィルハーモニア管弦楽団 1967年)

Gloria : Cum Sancto Spiritu

マタイ受難曲、ロ短調ミサ、有史からの人間の手による芸術行為の頂に座すバッハの宗教大作。それを気宇壮大に聳える山脈の連なりの如き現代の至宝としたのは、オットー・クレンペラーの音源を置いて他にない。1960-70年代当時の録音環境に由来する敷き詰められた粒素の音圧も、名盤足る一要素だ。

□ Klempererによるミサ曲ロ短調

>> http://bit.ly/crUSiy

クレンペラー自身のみならず、誰もが認める名盤。唯一無二の大編成の演奏音源で、恐らくまだ若過ぎた私にとってのバッハの存在感を、永遠の彼岸へと押しやってしまった出会いでした。





</object>


□ Jerry Goldsmith / "First Contact main title"

Jerry Goldsmithの個人的ベストを選曲してるうちに、何故かレイチェル・ポートマンやランディ・エデルマンが混ざってきてしまう法則。この系統で一枚濃い~のが作れそう。因みにゴールドスミス作品で一番好きなのはFirst Contactのテーマ。

同じスタートレック作品ではマッカーシーの"Generations"も大好き。ドラマ自体はほとんど見たことありません。。




</object>


□ Graeme Revell / "Red Planet" - "Mars Red Planet"

最近まで一番好きだった(過去形)映画音楽家はGraeme Revellでしたが、ここ数年仕事に恵まれない。

レヴェルといえばイルビエントなスコアの名手。勤め先の精神病院で組んだSPKというインダストリアルメタルバンドでも有名で、FLA・Delerium結成に直接の影響を与えた人。

Graeme Revellの代表作といえば、トゥームレイダーやRed Planetが真っ先に挙げられるものの、もともと彼は"Musique Brut"などのアヴァンギャルド畑でも活躍。その手法が存分に発揮された"the Craft"や"Below"の地味なスコアも聞き逃せない。

>> lens,align: Graeme Revell / "Musique Brut Collection" Review




</object>


□ Graeme Revell / "Bells, Books and Candles" from "The Craft"

ちなみにレヴェルは、その「地味さ」が祟ったのか、"13 Warriors"で手がけたスコアはリジェクト(不採用)されて、Jerry Goldsmithのものに差し替えられてしまいました。・°°・(>_<)・°°・。

もうあるのかもしれないけど、作曲されながら不採用になってしまった、「映画音楽リジェクト集」をシリーズ化して見たらマニアは食い付くんじゃないかと思う。「えっ! あの映画に、こんな音楽が付くところだった!?」とかキャッチーなコピーを付ければ一般層にも訴求するかもo(*゜▽゜*)o
(2010年9月13日 03:15:56JST TweetDeckから)




Brahmsop77


>> http://www.julianrachlin.com/

□ 海岸線に車を停めて車内朝食なう。ブラックコーヒーが身体に沁みるぅ(>_


Logo_enigma

□ ENIGMA is now on Facebook and Twitter!!

>> http://twitter.com/enigmaspace
>> http://facebook.com/enigma

RT @enigmaspace: We asked how to celebrate the 20th Anniversary of Enigma... What would be your wish?

We are glad to announce that, you can now follow ENIGMA on your favourite
social platforms. Finally the time has come and we all welcome you to check
out the "official" ENIGMA profiles on various platforms mentioned below.


Enigmaの公式アカウントがTwitter及びFacebookに追加されました。




□ Tweets about Others

□ RT @NCBI: Use the new NCBI Epigenomics to search, visualize, and download data tracks. http://ncbi.nlm.nih.gov/epigenomics #genomics #bioinformatics




□ RT @OxfordJNLsJapan:【貧困・気候変動】貧困層がうける気候変動の影響ー経済政策の拡大の必要性(無料アクセス論文)http://bit.ly/cLPONl




□ RT @PLoS: Our iPad app now features Search, yipee http://tinyurl.com/PLoSiPadappsearch




□ GenoCon事務局から、ゲノムデザイン・コンテストの締め切り間近のアラートが。。残り二週間Σ(゜д゜lll)http://gwnocon.org/




Tweetdeck


□ Tweetdeck for iPhoneが肌に合わない。。Twitterifficは仕様変更しちゃったし、微妙な公式クライアントで我慢するしかないのか。。

Tweetdeck for iPhoneは、3G環境ではTLやMentionの取りこぼしが多く、一度キャッシュされてしまうと、誰かにリプライ頂いても気付かないまま放置してしまいがち。今のところHootsuite for iPhoneが一番快適だけど、デザインが好みじゃないジレンマ。。




□ Tweet about Cinema.

□ "American Splendor" (2003)

先日Cinefil Imagicaで放映していた『American Splendor』に酷く感銘を受けた。自身の生涯をリアルタイムでコミックに書き上げる男の話。どん詰まりと名声の狭間を行き来する、器用になれない漫画家ハーヴィー・ピーカーの半生を実話とフィクションを交えて描く。

>> http://www.amesp.jp/


"American Splendor"は、アメリカ国民が社会や人生に対して抱いている失望感というものを滑稽に描いているだけでなく、常に苦虫を噛み潰したような主人公の憤りというものに、 ある種の親しみに似た感情を観客と共有させることに成功している。

そんなピーカーが、映画の終盤であるメッセージを投げかける。「俺が漫画を書いているのか、漫画が俺を書いているのか」そして、同じ街に実在する三人の同姓同名の「ハーヴィー・ピーカー」についてあることを口にする。「彼らは何処からやってきたのか」それこそが物語の核心であった。


「私たち」人間というものは皆、他人にとっての他人であり、自分の人生には何の脈絡もなく、ある日突然「名前」を授けられて他者の人生という文脈に介入する。誰もが限られたページの中で人生を書き上げていく創作者であり、ピーカーは晩年まで、彼の出会った「限られた世界」を慈しみ育て上げたのだ。

(因みに、ハーヴィー・ピーカー本人は今年7月に亡くなった。)


rubbish talk_10. - 『概論:群と時間』闘争のカウントダウン

2010-09-06 15:06:54 | 日記・エッセイ・コラム
個、組織、国家、世界。これら「個」が形成する「集合」のパターンの推力は、それぞれに異なるパースペクティブに作用する単位時間によって、マクロな動態として得ることが出来る。


個人の行動・技能・組織力の結果が、組織の生産性・安定性・影響力に波及し、国家・民族レベルの規模にまで力学を波及させていく。そして「個」と「組織」のシステマに対して循環する影響力が顕在化し、相互作用させるに有効な単位時間があり、対象となる「群」の規模に依存した閾値ごとのエネルギー準位を伴う。



より「大きな群」の相転移には、より大きな単位時間とエネルギーが併存する。
より「小さな群」、あるいは「個」の変化には、それを「内包する群」の動力学的フィードバックの中で絶えず微視的な作用を引き起こす閾値を超えるエネルギーが注がれている。


依って政治とは、「個」個別の基盤たる「群」の規模ごとに働く実効時間の作用を評価して、有為な介入が可能であるように制御を試みるシステムに他ならない。


たとえば闘争のシステムであるが、「平和」が世界合意であると仮定して、武装解除どころか、核均衡のストレスの中、軍備増強が促されている要因は、それが権力構造拡大の力学である以上に、「軍事」というパラダイムに波及する実効性のある単位時間が、未だ過去の力関係の写像を引きずっているからであり、資本関係・思想・民族間など、あらゆるレベルにおける「群」の規模ごとに統合し難い「作用時間のズレ」が生じる為である。



象徴的な例としては「敵意の反射」がそうである。あなたが銃を持っていて、向かい合った相手に銃を突きつけられている。相手が何らかの要因で銃を降ろした瞬間、あなたの取る行動は自己防衛のために銃を構えるか降ろすかだ。そこに至る経緯にもよるが、「決定的な瞬間」の判断を作用する要素は、自己保存本能の反射により左右されやすい。


ここで致命的なのは二者間のディスコミュニケーションであるが、現実世界における多体間の相互作用においては遠大なほど複雑で、人の意思は到底及ばざるように思える。しかし肝要なのは「群の意思決定」に波及する一人一人の意志の持ちようなのである。


※ これは「知能」の定義に関わる認知発達の要素でもある。人間は環境適応の手段として「思考」の複雑化を進めたが、そもそも思考活動の複雑化は「群」の最適進化とは短絡しない。例えばタンザニアのある地域のライオンの群は、あるがままの知能で、社会のもたらす人間の生活行動の変化に適応し、その安全を脅かし続けている。

ライオンは、ただ自身を組み入れているシステムに従って「群」の構成要素を為していれば、群それ自体の振る舞いによって現状の最適解を導き出していく。ライオンの不幸は、人間を襲うという行為そのものが、自己保存の反作用としてリスクを還流しているという事実を把握出来ていないことだ。そしてこの地球において、適応環境の変化や闘争によって脅かされている人間にも同じことが言えるだろう。




『集合知』から『集合意思』へ。

問題は、世界秩序を脅かし、「群」の摂理と生成を瓦解する「作用時間のズレ」を、個々に有益な形で解消するシステムの構築には至っていないということだ。今や地球上をインターネットが網羅し、その空隙は僅かばかり埋まっているかのように見える。


或は、そんなシステムなど何処にもないのかもしれないし、それが自然の摂理に適うことであるという保証もない。現在は政治が、過去には宗教がそれを託され、結果として闘争が制御されていないのは、我々が既にそのやり方で、我々を突き動かす「時間」の流れ方に適応しているということも考えられる。事実、何者かの「生産行動」とは、どんな形であれ、何者からの「略奪」の裏返しに他ならないのだから。



そして「ファンド」が拡大した現在の資本経済は、時間軸を縦に取った「未来」の資源を食い潰し始めている。同時に、闘争の力関係(バランス)は未来に向かって更に強い拘束力を放っているのである。


バラバラなクラスタ(群)の意志反映の作用時間ベクトルに、非同期でありながら定向性と明示性を齎すソリューション。それこそが世界秩序を覆うリスクを減算する取っ掛かりであると私は信じている。それにはどういったやり方が考えられるか。今こそ議論を開始する必要性が問われるべきだろう。


Biological physics: Filament patterns of Life.

2010-09-04 10:00:56 | Science






Lifemodel
("Filaments band" Credit: Volker Schaller, Christoph Weber and others...)



自走する多くの構成要素からなる複雑系で起こるパターン形成は、広く存在する現象であり、鳥の群れや微生物のコロニー、生細胞の細胞骨格などさまざまな系でみられる。しかし、十分単純なモデルがないため、その機構の統一的説明はなかなか進展しなかった。しかし、今回、こういう単純モデルの候補が見つかった。



□ clip.

生物物理:生命のパターン

>> http://nature.asia/aKNYxs

Biological physics: Filaments band together
>> http://bit.ly/9qMYO6

Polar patterns of driven filaments:
>> http://bit.ly/c9QqOJ

この新しい実験系では、表面に固定されたモータータンパク質によって推進されるアクチンタンパク質フィラメントが使われている。フィラメントは、臨界密度を超えると自己集合して、クラスター、渦、相互連結したバンドなどのコヒーレントに運動する構造体が形成され、持続的に密度調節が行われる。

実験観察とシミュレーションを組み合わせて、秩序構造の集合・組み立てや解離の基礎となるさまざまな機構が明らかになり、弱く局所的な整列相互作用がパターン形成に不可欠であることがわかった。この系は制御可能であり、より複雑な相互作用に拡張できる余地があるため、微視的相互作用から巨視的秩序が出現するのを調べるのに適していると考えられる。





□ my twitter log storage.

□ RT @naturejapan: Nature Photonics: 非線形光学過程における運動量とエネルギーの擬似位相整合 http://nature.asia/cMUK0Q




□ BioGPSとgenomePadが素晴らしい RT @wjjessen: 12 Must-have iPhone Apps for Biomedical Research http://bit.ly/b8rw1f




□ RT @AIP_Publishing: Irregular behavior in an excitatory-inhibitory neuronal network http://dld.bz/suen #AIP_CHAOS #biomechanics #nonlinear




□ RT @BioMedCentral: Reading 'Modern Earth - 460 Million Years Ago' reconstruction of Earth's climate belts http://bit.ly/9XTSpv




□ 温暖化懐疑派のバイブル(笑)「科学者の9割は地球温暖化CO2犯人説はウソだと知っている」がウソだと知っている人が「ネット上」には少な過ぎるという現状に辟易する。懐疑論者である著者の講演に集まった人にアンケートした結果が9割だというオチ。それを知ってか知らずか論拠にするエコノミスト




□ ビッグバン仮説の終結点、量子重力論の構築には、「空間」の概念を定義をし直すことが必要ではないかと考えられる。




□ 最も影響力のあるTwitterアカウント RT @AIP_Publishing: Most Influential Twitter Users Revealed and Listed http://dld.bz/s8x8 #AIP_ISNS #twitter #influence




□ Cinefil Imagica シュヴァンクマイエル迷宮短編集「ドンファン」視聴。同氏の作品「ファウスト」でメフィストフェレスをも手玉にとった召使カシュパルのトリックスターぶりが痛快(笑)

舞台装置上において、滑稽で狂気じみた茶番劇を機械仕掛けによって演じさせられている人形たちの中で、このカシュパルだけが特異点として、自動する物語の力学に介入してくる。


『シュヴァルツェヴァルト氏とエドガル氏の最後のトリック』は、躯の全てがトリックだった男のトリック合戦。そしてそれを写像するこの作品の映像書法自体がトリックであるというメタ構造。

文化的記号を刷り込んだ素材(非生物)と虫の対比など、触感・音感といった生理的な不協和音を際立たせる演出が、表象である以上の奇妙な奥行きを醸し出している。











rubbish talk_9.

2010-09-04 09:58:33 | Science




E=mc^2


相対性理論によれば、質量を純粋にエネルギー換算すると、人間一人当たり原爆一万個分のエネルギーを秘めているという。


このエネルギーが「質量」というフレームに囚われて解放されないのは、それぞれの「物質」が「宇宙」という文脈の中で縛られ均衡を保っているからに他ならず、質量そのものをエネルギーに変換するということは、その文脈からの乖離、つまり、ほどけた局所質量の不均衡が波及する、宇宙全体の均衡に与える閾値ごとの負荷という形で齎されるだろう。


バランスを欠いた負荷。

これこそが、あらゆる次元で不均衡と動態を齎す「エネルギー」の真性である。物理においては重力や電磁力、自然においては食物連鎖、遺伝子の転写、人間の社会においては株価、為替レートといった社会的なレベルから、価値観・思想・芸術行為など、もっとパーソナルなレベルにまで、この原理は、様々なパースペクティブ間で形を変えて働いている。


(※ 相対性理論による、質量・速度に依存する「時間の流れ」の差異とは、言い換えると「エネルギー交換状態」のアンバランスが齎す可視的な状況である。拠って、「光速度の壁」とは詰まる所、存在する物質間のアンバランスの限界・乖離状態の辺縁を意味する。)




人間を縛る原始的な本能の上に成り立つ社会性。個人や集団の振る舞いを制御する秩序は、先に述べた「宇宙の文脈」という均衡が形成するパターンである。この均衡に介入するパターンが、人ひとりひとりの行動原理を為す「価値」を求める動態である。

例えばバランスの欠落から価値(エネルギー)を取り出す行為の最も基本的な動態は、会話であり、闘争であり、性交渉である。


それらは微視的には、予め「秩序」に組み込まれたパターンで顕在化するが、巨視的には局所・要素間の「均衡」を崩す形でクラスタの変成を促して行く。



人間が、それぞれの「主観」を秘匿し、ありのまま共有できない存在であるのは、そうして個体間の対称性が普遍的に破れ続けていることの帰結である。しかし、それに依って人は惹かれ合い、ときに反発しながら秩序たる社会性の文脈を獲得出来るのである。

物質がそうであるやり方で、「人間」とはエネルギーの過渡的な形態ではあるが、「隔離された文脈」、即ち局所時間的には「人間」がエネルギーの文脈に介入していると見て間違いないのだ。








rubbish talk_8. -「円高は好機」は何処まで本当か?

2010-09-04 09:48:19 | 株式
(from my twitter log.)

某雑誌で、トンデモ円高礼讃記事が掲載されていると話題に。円高肯定派は、デフレ背景で購買力平価に接近している事実を「適正レートに近づいている」と論拠にすり替えていないか。

適性レートには違いないんだけど、「適正」の意味の取り違い。企業物価ベース(PPP)と輸出物価ベースが同時に下がり続ける結果、許容できる円高と円安の範囲が狭くなって行く。



円高で潰れる中小を見捨てて内需を喚起出来るなんて楽観論がそもそもおかしい。適性レートについても、適正じゃないバランスを欠いた部分にこそ価値が出るわけ


デフレメリット?収入がカットされたら高い安いじゃなく消費そのものが閾値を持って下降していく。同じように資産としての債権も焦げ付いていくだろう

件の雑誌が取り違えてるのはGDP比に占める輸出依存度なのですが、それこそ自殺行為。物資を海外に頼る日本の場合、外需が内需の循環を構成していることぐらい中学レベルで理解出来るはず。



因みに、基準年によって値が変動する「購買力平価」という概念は、「個人による長期投資」の目安として有効であるものの、実際の相場の推移を算出するものではなく、増してマクロに作用する現実の市場予測において「適性レート」が何者かにとって「適正」であることを示すものではない。そこに誤謬が。



そして過剰な円高を背景に海外企業を買収する動きが活発化しても、買収側企業がどういうスパンで円高の推移を見積もっているかによるが、寧ろ長期にわたって円安に推移せず、株安が招く中国側からの買収のリスクも考えれば、諸手を上げて賛同出来るような事態ではないことは明白。


いまのところ有効と思われる方策は、円高を追い風に乗ってレアルメタル・レアアースの採掘権を確保、あるいは休止鉱山の再開などで利益を押さえるやり方だが、資源マーケットから海外の警戒感を高めて円安傾向に移行するにしても、そのタイミング如何では大きい投機的損失に見舞われる可能性もあるだろう。