──真実は時の一人娘。
-レオナルド・ダ・ヴィンチ
私達は『歴史に学べ』という。
何万年に及ぶ人間の栄枯と過ちの積を。あるいは生命の辿る軌跡を。そしてあまねく星々の運行を。しかしそこには予測できない特異点、Anomalyが出現する可能性が潜んでいる。
私達が任意の系について俯瞰、制御、操作といった干渉が不可能なスパンを持つ時間系を、ロシアの数学者にちなんで『リャプノフ時間(Lyapunov-time)』と呼ぶ。一般にカオス系のダイナミクスを持つシステムの測度安定性について言及することの多いリャプノフのメソッドは、超離散方程式からエルゴード仮説に至る数学理論の前線で注目を浴びています。
リャプノフ時間の尺度は、例えば量子運動や細胞分裂といったミクロ系では何万分の1秒単位にもなるし、太陽系の運動では一千万年単位で測度誤差を制御できない、つまり私達に理解可能な時間系の外にあるということになります。ここで時間尺度を数百億年単位においてみた場合、その系の記述はあっというまに私達の認識と方法論の網から零れ落ちてしまうでしょう。リャプノフ時間の境界内には、観測を行う一定範囲に対して十分なデータベースと有用なスキームが確保されていることが前提となるのです。特定の時間尺度において、任意の系が安定しているかどうかを評価する相対となっているのが、他でもない人間の振舞う時間尺度であり、それは任意の系における計測、制御が、ヒト一人の人生の中で時間的、空間的に築く関係性に由来する。私は以前ここで、「時間尺度=タイムスケール」をエネルギー準位の差異として論じたことがありますが、主観論から言えば「私にとって意味を為すかどうか」ということが、私達の生きるタイムスケールを決定しているのです。
このリャプノフ時間において現出する全く予測不可能な特異点があります。数億年の歴史の慣性が一瞬で裏切られる瞬間。あらゆる歴史の転換点。生物種の系統発生における突然変異。重力崩壊。定常領域のカオスにおいてはある程度のアノマリーなら、それ自体の出現法則を一定の揺らぎの元に記述可能かもしれませんが、そもそも私達の生きる自然がどんなカオス状態にあるのかは、ゲーデルを持ち出すまでもなく決定不可能です。(最近ではプログラム停止確率を測る『オメガ数』が数学の偏在性と限界を示すトレンドとして応用されています。)(実際はバタフライ効果がどういったスケールで起きているのかはわからないし、効果に対する時間系の耐性も解析不能のはず)私にとって興味深いのは、ベキ法則に従うマクロ系の予測不可能な振舞いと、ユニタリーなミクロ系の振舞いが相互に共時性を持つシナジーなのか、あるいは構成単子が超長軌道によって為す時間発展的なフォーメーションなのか、そしてそれを測る時間・空間スケールはあらゆる次元において可算か、非可算かということ。つまりは私達の生きる時間を、逆行、縦、斜めに──それか“飛び越えながら”──捉えるフレームが存在し、定量的な変換作業によって検出可能かどうか。もしかしたら、マクロ系の操作によってミクロ系の失われた、あるいは全く新しい状態が実現できないだろうか。実はボース・アインシュタイン凝縮(絶対零度付近におけるボソンのコヒーレンス)がその一つにあたる。私たちの振舞い(この場合は冷却装置作動まで)を含めて、ゲージ相互作用する量子の共変位なのだと思えます。
現実的な話では、株式市場における投資理論のアノマリー、モメンタムやリターンリバーサルといった現象、もしくはメディアで遅れて騒がれてきたロングテール理論を現象論的に解析するのに、超離散系、セルオートマトンのメソッドが有効かもしれない。それらのモデルの描く曲線を構成するのは、グラフの一点一点を表出するユニタリーな時間系だと捉えられるからです。
(視点を転じて、胚発生から胎児への成長過程に見られる、魚→哺乳類といった生物進化の形象トレースも、人間にとっての時間系を逸脱したものである可能性も考えられる。)
話自体が離散しましたが、ある一定の時間尺度のもとに生じるアノマリーは、時間尺度というフィルターをはずして捉えた場合に、そのフラットな時空平面においてどう読み取ることができるでしょうか。そのアノマリーは独在するかもしれないし、離在するかもしれない。どちらにしろアノマリーの意味に問題を与えるのは、系に対して「観測」という関係性を築く行為者が、アノマリーという存在に対して関係することで生じる、全体性に波及する繰り込み現象です。
特定の記号体系を軸に、理論や公式を共有する私たちもまた、同じ操作を繰り返して振舞いを同期させる信号のようなもの。そのパターンが遷移する瞬間が必然的なものであれ、アノマリーであれ、アノマリーのアノマリーであれ、「時」によってその「時」が姿を明かされて、明かされた「時」がその姿を纏う「時」があるのです。
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□ Tunes of the Day
□ Richard Devine / "Lipswitch"
♪ Resource, Leak
□ Delerium
♪ Desert
□ Zehavi & Rand
♪ Paroxetine (Alucard's 'Dying in Your Arms' Remix)
ダイナミックな音使いとアトモスフィアの空間処理が
際立つ、2006年の現時点でのベストトラック。
□ Richard Devine
♪ Lens, Align
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