lens, align.

Lang ist Die Zeit, es ereignet sich aber Das Wahre.

Pēteris Vasks / "Pater Noster"

2007-11-25 18:27:14 | art music
Pater_noster



□ Pēteris Vasks / "Pater Noster"

Dona nobis pacem

Release Date; 31/10/2007
Label; Ondine
Cat.No.; ODE1106
Format: 1xCD

>> http://www.ondine.net/index.php?lid=en&cid=2.2&oid=3220

>> tracklisting.

I. Pater Noster (1991)

01. Pater noster

II. Dona nobis pacem (1996)

02. Dona nobis pacem

III. Missa (2000,2005)

03. Missa
04. Gloria
05. Sanctus
06. Benedictus
07. Agnus Dei

Latvian Radio Choir
Sinfonietta Riga
Sigvards Klava, conductor
Recording: Riga, St.John's Church, 01/2007



?"And one more important theme - which is the absolute void of harmony in our lives, our world. Maybe music should serve to remind that there is such stability - there is that triad."
                  -Pēteris Vasks


バルト海地方の冷涼とした環境と、厳しく悲劇的な歴史を生き抜いてきたラトヴィアはアイズプテ出身の作曲家、Pēteris Vasks。静謐と激情の二面性を彷徨う作品性は、現代音楽家として古典に回帰したペルトとも一線を画す、西洋音楽体系のエッセンシャルの透徹した凝集であり、とりわけ今作のような宗教作品集では、まさに「祈り」に主眼をおいた、時代や信仰すら選ばない純粋な『希い』とエモーションの結露が見て取れる。


第二、第三交響曲やチェロ協奏曲に見られる通り、彼は弦楽を用いた悲壮的な旋律が特徴で、ここをご覧になっている方々には、例えばバーバーのような新ロマン主義、クレイグ・アームストロングようのあしらいが目立つと言えば伝わりやすいだろう。鬼気迫るようにさえ切実に救いを請う"Dona nobis pacem(我らに平安を与えたまえ)"にしても、もともと作曲を嘱託していたラトヴィア放送合唱団がオルガン版だけではなく、こうして弦楽版を収録するに至るのは当然な流れだったと言える。

同じくクリャーヴァ、ラトヴィア放送合唱団とヴァスクスが組んだ、リトアニア生まれのポーランドの詩人Czeslaw Miloszの詩を扱った"Mate Saule"では、静寂で神秘的な合唱曲とオルガン伴奏の最後を、この荘厳な"Dona nobis pacem"で締めくくるという劇的な構成となっている。

先にバルト海地方の合唱曲の集成である"Baltic Voices"に収められた"Dona nobis pacem"のヒリアー版は、和音をややシンプルに絞り、女声の透明感を活かした美麗なコントラストが素晴らしかったが、ここに収録されているクリャーヴァの解釈は、もっと空間的な広がりに富み、重層的な混声とストリングスが、まるで教会を震わせる如く豊かな反響に包まれる。


第一曲を飾る主祷文"Pater Noster"は、彼の初期の作風や第三交響曲にも通じる、ゆらゆらとたゆたう幽玄で掴みどころのない霧のような、しかし何処か切ない寂繆感を伴う楽曲。主を父として崇める"Pater Noster"の内容に呼応するが如く、ヴァスクスも自身の父親による問いかけがきっかけとなったとのこと。アイズプテで幼少の頃から親しんで来た『宗教音楽』への回帰と想いが込められている。


ミサ通常文を扱った"MISSA"の5曲では、詩型と楽曲構造における彼の基本姿勢が如実に現れている。"Qui tollis peccata mundi"、"Dona nobis pacem"の句ではラテン語のイントネーションと響きを重視し、"Kylie eleison"では絶望の瞬間を、"Christe eleison"では一時の平安、"Sanctus"では溢れ出る幸福感を、つまり、それぞれの象徴的な句に対応して、楽曲そのものが、その語感や響き、印象と文脈に支配される歌詩先行型の構造を伴った、聴く者の感情に非常に強く訴える共時態である。


前曲"Dona nobis pacem"の流れをそのまま組むようにして紡がれる"Missa"は、上述の理由から、ところどころに類似したフレーズのユニットが散在し、"Gloria"の終結部は"Dona nobis pacem"の再解釈とも受け取られかねないほど印象が類似しており、終曲"Agnus Dei"でも同様である。"Sanctus"はオルフを彷彿とさせた。僭越ながら正直な感想を申し上げると、"MISSA"については、その全楽曲が"Dona nobis pacem"の拡大再解釈のように感じられてならない。しかしながら、霧を彷徨うドミナント和音、魂を震わすひっかけるような特徴のストリングスや、階調を明瞭にする不協和音、ミニマル様の構造面では共通点が多いものの、アレンジ自体はトリルなどの装飾音や東洋音階を節々に効かせるなど、もっとフレキシブルで複雑化した意匠の進化を聴き取れる。"Dona nobis pacem"から連なるように聴けるのも意図的な構成かもしれない。


最後に、今回オーケストラを務めたシンフォニエッタ・リガは、昨年開設されたばかりの34名から成る若手管弦楽団で、伝統音楽の継承と、厳選された現代音楽の啓蒙に努めていく方針とのこと。季節ごとにリガを中心にラトヴィア全土でコンサートを行うとのことで、バルト海地方の更なる音楽文化の発展と土壌作りに期待をかけたい。


Fever's charm.

2007-11-18 11:08:38 | music6
Fever_2
(IXY DIGITAL L2; Exp.±0; ISO Auto; AWB; Evaluative; iPhoto.)



□ David Lanz / "Heartsounds"

Dream Field



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風邪で高熱が下がりません。。(;;
先週から午前様が続いた疲れもあるのですが、
せっかくの休日さえ朝帰りしている始末では
治るはずもない。。

熱に浮かされると孤独感や切なさにも似た
感情に苛まれることがありますよね。
免疫学的には、他人を寄せ付けない方が
感染を防ぐのには合理的なのに。。。
人間はやっぱり不思議です。


Gregorian / "Sadeness Part.1" 2008. (歌詞追記)

2007-11-14 04:21:04 | Enigma
Gregori


□ GregorianがEnigmaの"Sadeness Part.1"をカヴァー。

http://www.myspace.com/gregorianmastersofchantusa(試聴)

渦中のENIGMAですが、記念すべき1st Singleにあたる"Sadeness Part.1"が、同じく当時の共同プロデューサーであったFrank Petersonによるプロジェクト、グレゴリアンによってカヴァーされました。上記myspaceにて試聴できます。

2008年1月29日に発売されるGregorian / "Masters of Chant"のUSAデビューアルバムに収録される運びで、アレンジは原曲にほぼ忠実。ギターパートがやや主張しています。そして、あの「喘ぎ声」が男性のものに(笑)Violnet U.S. Remixへのオマージュでしょうか。アウトロがトライバルなオリジナル・シークエンスとなっています。

過去のインタビューでも、「"Sadeness"(グレゴリオ聖歌とグラウンドビートの邂逅)は私のアイデアだった。」と主張していたフランクだけに、重要な節目にあたる今リリースには万感を込めているのかも。



・Tips

>"Sadeness"はSadnessのミススペルじゃないの?
Enigmaが考案した造語です。
倒錯性愛文学のパイオニア、Marquis de Sade侯爵の"Sade"と、
悲しみの"Sadness"を組み合わせた変態言語。
でも変態に厳しい国では"Sadness"としてリリースされました。


> "Masters of Chant"がデビューアルバムじゃないって聴いたけど?
実はGregorian名義では既に1991年(MCMXC a.D.の一年後)に、"Sadisfaction"→Sad+ Satisfaction(満足)という変タイトルなアルバムを発表しています。この頃のコーラスはまだ正統なグレゴリオ聖歌のサンプリングで、"The Sisters of OZ"のポップ・ヴォーカルがメインでした。欧州の修道院から聖歌の歌い手たちを集めたカヴァー曲集、"Masters of Chant"を発表するのは、この8年後になります。

Sisters
(OZ姉妹)

左が、後にFrank Petersonの妻となるSusana Espelleta、右がBirgit Freudという人。実際は姉妹ではありません。アルバムセールスは失敗に終わりましたが、"Once in a Lifetime"は、後にFrankがプロデュースするSarah BrightmanやPrincessaがカヴァーすることになり、曲自体は耳にしたことがあるという人は多いはずです。(追記:"The Quiet Self"には、Enigmaの"Push The Limits"のドラムパターンの一部が登場するなど、共通する素材も多いです。)




□ Gregorian / "Sadisfaction"

The Quiet Self
Once in a Lifetime
Why did you go (I feel sad)



□ Gregorian / "Masters of Chant"

Brothers in Arms (Mark Knopfler)
Still I'm Sad (Yardbirds)


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Sadeness Part.1
(Curly M.C./ F.Gregorian / David Fairstein)

(Latin)
Procedamus in pace
In nomine Christi, Amen
Cum angelis et pueris,
fideles inveniamur
Attollite portas, principes, vestras
et elevamini, portae aeternales
et introibit rex gloriae
Qius est iste Rex glorie?
In nomine Christi, Amen

Hosanna.


(French)
Sade, dis-moi,
Sade, donnes-moi

Sade, dis-moi
Qu'est-ce que tu vas chercher?
le Bien par le Mal
la Vertu par le Vice
Sade, dis-moi, Pourquoi l'evangile du Mal?
Quelle est ta religion, Ou sont tes fideles?
Si tu es contre Dieu, tu es contre l'Homme.

Sade dit moi pourquoi le sang pour le plaisir ?
Le plaisir sans l'amour.
N'y a t'il plus de sentiment dans le culte de l'homme ?
Sade, es-tu diabolique ou divin?
Sade, dis-moi


(ラテン語)
我らに永久の安息を与えたもう
キリストの御名において 祝福あれ
みなの信仰が 天使と子ども達とともにあらんことを

城門よ頭を上げよ
永遠の門よ開けよ
そして栄光の王は入りたもう。
栄光の王とは誰なのか?
いと高きところにホザンナ


(フランス語)
サドの囁き
サドは誘(いざな)う
あなたが何を探し求めているのか
過誤の正当性
悪徳の美徳
サドは囁く 悪しき福音?
何を信ずるのだ どこにも信者などいない
神に背くことは、人に背くこと

サドは続ける
悦楽の血の味わいはどうだ?
愛のない快楽はどうだ?
信仰に如何程の想いが込められているというのだ
サド、あなたは神か悪魔か
サドは囁く

***********************************************

Still I'm Sad      ※一部抜粋
(Paul Samwell-Smith, Gim McCarthy)

See the stars come fallin' down from the sky
Gently passin' may kiss your tears when you cry
See the winds come suddenly below your hair
From your face
See the rain,tidal waves graze
Still I'm sad

空を流れる星を見上げて
そっと通り過ぎて
泣き哀しむ涙に口づけてくれる
吹き抜けていく風を見て
顔から髪を撫でていく
雨を見て 潮波はそっと触れてくれる

それでも私は哀しい



Holophonicsの効果とまやかし。[改訂版]

2007-11-09 06:09:07 | Science
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(Virtual Barber Shop:ヘッドフォンでお聴きください)



>> http://www.holophonic.ch/newsite/index.php


昨年辺りからYouTubeを中心に世界中で話題となった立体音響技術、ホロフォニクス。ステレオ合成における左右間の音像だけでなく、観測者の前後上下に距離感を伴って定位する仮想現実的な音が、何の変哲もないヘッドフォンスピーカーで再現可能。日本でも某動画サービスに音源が紹介され、一週間で20万近い再生数を稼ぐなど、再び旋風を巻き起こしています。


20年以上前にアルゼンチン出身の神経生理学者、Hugo Zuccarelli氏によって開発された技術で、その原理については長年秘匿されたままだとか。実は何年も前に文献で読んだことはあったのですが、当時はどうせ疑似科学か何かの延長だろうと全く関心を寄せませんでした。。メディアでの表層的な扱いや紋切り型の解説、また技術的、専門的な考証は省いて、ざっと関連・言及している科学文献を検索してみた時点での予測をいくつか簡単に。


・音の回折とデリファレンス

一番気になるのは、開発当時のプロセッシング技術の程度による音源加工で、ほぼリアルタイムな変換を可能にしているということ(※スタジオ収録の映像資料より→完全にアナログデバイスだから当然)。これは立体音響が何か複雑な処理を経たエンハンスによるものではなく、処理されるソースの最低限な計算、ファンダメンタルな操作で実現されていることを示しています。やはり集音装置自体にもキーがあるものと思われます。

モニタリング・デバイスとプロセスの特許(ズッカレリ)


耳の発する参照音(リファレンス・トーン)と外部の音の干渉を何らかの仕方で認識させているとのことなのですが、この「参照音」が現代で言う「耳音響放射」(蝸牛内の外有毛細胞の振動現象)と同一のものなのかどうかわかりません。全くの憶測ですが、もしかしたら「参照音」は仮想的に定義したものに過ぎないのかも。

ホロフォニクスは、ホログラムの原理を聴覚上に置き換えたものだと説明されます。ホログラムが光学的に立体像を描くのは、被写体の部分から放射された光と、任意の光源(参照光)の干渉縞を透過した回折光が、空間全体の光学情報を保存する為ですが、これを時間展開的に捉えると、ホロフォニクスの仕組みが見えてくるかもしれません。(情報の一部分は全体の様相の反映であり、「全体」の再現性を内包しうる。)


問題は、全ての録音された音について、その無数の音色それぞれが「いつ、どこで」鳴らされたかという判断をするための情報をどう記録し、人間の脳が刺激からそれを認識する為に、その音色からどういうプロセスで情報を抽出する(デリファレンスする)かという部分。

仮説は無数に立てられますが(ex.逆位相の「壁」で仮想的に回折効果を得ている?or不可聴領域で空間構成を把握させる→ある基準音に対して音像を絶えず移動(定位を固定する為に補正処理)させれば単入力でも立体感が得られるor単純に入力や反響の時間差からの算出と増幅or聴覚刺激を認識する前の段階で、それが生の音でないと自覚する為の信号を相殺するに相当する何か。または何れかの複合。)、ズッカレリが既に確立した手法で得られたデータを普遍化すれば、特殊な録音装置を用いなくても、逐次音源に対するデジタル補正を行うことで立体音響効果が得られるでしょう。(Holophonicsの録音装置自体も、今ではヘッドフォン型マイクというシンプルな形に集約されています。)非常に大きな可能性を秘めた技術であることには違いないです。

※・・・他には、録音装置自体が参照音を発信できる構造の可能性。または、外耳道共鳴や頭部伝達関数を考慮して、音源の位置によって反応する脳の信号を固有な曲率を持つ平面上にマッピングして、それぞれに対応する信号を引き出すパターンを即時的にモジュレートするフィルターも有効かもしれない。

※・・・耳音響放射は「耳鳴り」との関連が研究されていますが、耳鳴りの治療の為の脳への電気刺激で幽体離脱を体験したという有名な臨床例(あくまで本人の主観でしか捉えられない)が報告されています。もしかしたら、ホログラムに共通する原理で、人間の意識は自身と空間の客観像を仮想的に構成しているのかも。

※関連?→人間は自分が予期した触覚、つまり自分自身の身体の部位に触れる場合に、信号を一部相殺して刺激を和らげるという処理が脳内で行われることが近年の研究で指摘されています。知覚認識における「表」と「裏」、「図」と「地」の概念。(→何かを思いだせないと感じられるのは、忘れたものを知っているから。)



しかし一方で、ズッカレリ自身による非常に哲学的な示唆に富んだ暗示が引き寄せる疑似科学めいた先入観が、この技術の可能性をスポイルしている様相も。ホログラフィー周辺で良く引き合いに出される体系的な思索、たとえば宇宙の非実在論、特に内在観(知覚できる外宇宙は自分の内に存在する等)などは、古くはヴェーダンタ哲学をはじめ、有史以前から人類が抱き続けて来たと思われる普遍的な発想ですが、近代の多くの科学者が、量子物理や化学に関する創造的な発見に際して、その東洋回帰的な啓蒙を、さも有り難みのある再発見のように評しました。

「現実」が「完結した時空」の一側面の投影だというシュレーディンガーの手記(※)は、フラクタル理論にも通じる尊敬に値する本質的な要素が感じられますが、ホログラフィー哲学も系統的にはこれとほとんど同じ想定に基づき、ズッカレリの考えも似たようなものだと発言から計り知れます。しかしそういう啓蒙は、科学が自身の論拠とすべき基礎研究とその目的にとってはどうでも良いことなのです。

実在と知覚の捻れがどうあれ、人間が一般化された方法で定量的に干渉できる世界は、その実在と等価であるはず(これを前提としなければ、内在観自体の論拠も崩壊する)の宇宙しかありません。これは個人が如何なるバイアスを通した世界観・教条を抱いていようと同様で、パースペクティブの切り替えは、任意の文脈(手段)の可干渉な階層間でのみ有効であり、その混用はナンセンスなまやかしでしかないのです。


※(→数学的には目新しい発想ではない。『空間上の振る舞い』は認識の形容であり、他の次元系にも変換可能。前後左右に移動するという概念をパラメータで定量化すると、例えば任意の系で「空間上を前に歩く」→「平面で右に回る」と等価なパースペクティブを構築できる(時間軸についても同様)。この世界も同時に他の次元に重畳的に実在し、(連結ならば)ある観測者にとって関係性を保存しながら、異なる振る舞いを見せているのかもしれない。しかし、社会的な人間にとっては「前に歩く」ことは空間上を前進することだという認識を共有して問題ない。どちらも真性(本質)は等価である。)



何が言いたいかというと、特定の発想や技術が「社会にマイナスを齎す(ズッカレリ)」かどうか、あろうことか「思想的なインパクト」の害悪について判断するには開発者といえど僭越かつ早計であって、そんなことを理由に可能性のある技術が停滞したままだとしたら非常に残念だということです。

あるいは、そんな四方山は置いておいて、研究は進んでいるが軍事機密に関わるとか、単に実用の目処が立たない(外部の音を空間を介して録音することしか出来ない制限)、応用のメリットの少なさで引き算されているとか。。ここまでヒントがあって、いくつかの同様の技術が追随しているにも関わらず、現在も実際の応用例をほとんど目に出来ないのは、本当は実利的な要素が強いのかもしれませんね。


(補足)
Wikipediaによると、球体表面におけるwave field synthesisという原理を利用した"Holophony"という全く別の3-D音響技術があるらしい。

>> http://en.wikipedia.org/wiki/Holophony
>> http://en.wikipedia.org/wiki/Wave_field_synthesis

これこそが「ホログラムの原理を利用した技術」で、「バイノーラルの一様体であるHolophonicsと混同してはならない」との但し書きがあるが、当該箇所には編集者の作為が感じられてならない。Holophonicsこそ、(ズッカレリの説明によるとバイノーラルとは全く違う)よりシンプルで基本的なホログラム原理に基づいているのに対し、(→編集者が明らかにHolophonicsについて説明されていることを知らない。或は信用していない。)HolophonyはHuygens?Fresnelの理論を経由した、より複雑な仮想音源音響の構築技術だと見受けられる。しかしどちらにせよ、ズッカレリがHolophonicsをオーバーテクノロジーだと言うのは過大評価かもしれないし、何らかの意図(単なる権利保持かエンジニアとしてのライフワークの確保)を伴ったブラフか牽制であるとすら思えます。(大昔と比べて人間の何が変わったかということ。文明の更改が世界観を一律に支配しているようには、今のところ見えません。)



□ clip.

量子情報:現実直視
Quantum information: Reality check pp175 - 176
Published online 7 November 2007
It will be a long experimental haul before the great potential of quantum effects can routinely be exploited for technological ends. A sense of practical purpose among researchers will encourage progress.

When the citizens of Geneva cast their votes in the Swiss federal elections on 21 October, they could be confident that their ballots were safe ? thanks to the rules of quantum mechanics. The poll results were sent down an optical fibre from the counting station to a government data centre, and their integrity was safeguarded by a quantum encryption key transmitted through the same fibre.

Liesbeth Venema
doi:10.1038/450175a
Standfirst: http://ml.emailalert.jp/c/abs1ad1gdq7lb8aB
Article: http://ml.emailalert.jp/c/abs1ad1gdq7lb8aC




□ Monster black holes power highest-energy cosmic rays

>> http://space.newscientist.com/article/dn12897

19:00 08 November 2007
Enormous black holes in galaxies millions of light years away are pelting us with energetic particles. The finding, from a telescope array 10 times the size of Paris, solves a long-standing mystery about the origins of the most energetic cosmic rays that strike the Earth's atmosphere.

Supermassive black holes that lie at the centres of galaxies and are devouring their surroundings act as cosmic peashooters, firing energetic charged particles through space.

NewScientist.com news service
Hazel Muir


Michael CretuとSandra Cretuが離婚へ

2007-11-04 21:15:51 | Enigma
□ Millions divorce after 20 years of marriage

>> bild.t-online (Millionen-Scheidung nach 20 Jahren Ehe)
>> http://sandra-cretu.com/as/index.php?name=Files

EnigmaことMichael CretuとSandra Cretuの結婚生活が、
二十年目にして破局を迎えたそうです。

ドイツ紙の芸能トピックや、サンドラ本人がロシア番組へのインタビューで明かしたもので、彼女のマネージャーによると、離婚へ至る経緯はとても長く複雑なものだったとか。Enigmaの6th Albumへの不参加や、関連プロデュースからのMichaelの孤立など、近年はやや雲行きが怪しかったですが、やはり...という感じでしょうか。

12歳になる双子のNikitaとSebastianの親権は、夫妻両方に残されるものとなりましたが、通学の為に以前から別居状態にあったサンドラの家に預けられることになるとのこと。過去のセールスを鑑みて、慰謝料は100万ユーロに昇るものと予想されています。

彼らはアーティストとしても素晴らしいコラボレーターであったので、純粋にEnigmaのファンとしてもショッキングで哀しいですね。



□ ENIGMA - the First Official Online Fan Questionnaire

>> http://enigmamusic.com/questionnaire/

そんな中、この間のファンインタビューへのお返し(?)として、Crocodile Music側からEnigmaに関するファンへのアンケートが行われています。どのアルバムが好きか?どんな作品を期待するか?という内容。激励の意味も含めて、是非回答してみましょう。


Pablo Márquez / Luys de Narváez / "Música del Delphin"

2007-11-02 09:17:18 | art music
Mdd_2



□ Pablo Márquez / Luys de Narváez / "Música del Delphin"
  Fantasias and other pieces from
  Los seys libros del Delphin de música
  de cifra para tañer vihuelá


Primer tono por ge sol re ut (libro l, 1)
Quarto tono (libro l, 4)
Sanctus y Hosanna (Missa Faisant Regretz de Josquin) (libro lll, 3/4)
Diferencias sobre el himno O Gloriosa Domina (libro IV, 1)

Release Date; 26/06/2007
Label; ECM
Cat.No.; 02894765878
Format: 1xCD

>> tracklisting.

Primer tono por ge sol re ut (Libro I, 1)
Cancion del Emperador (Mille Regretz de Josquin) (Libro III, 6)
Fantasia del quinto tono (Libro II, 3)
Segundo tono (Libro I, 2)
Diferencias sobre Conde Claros (Libro VI, 1)
Tercero tono (Libro I, 3)
Fantasia del primer tono (Libro II, 6)
Baxa de contrapunto (Libro VI, 4)
Quarto tono (Libro I, 4)
Diferencias sobre el himno O Gloriosa Domina (Libro IV, 1)
Quinto tono de consonancia (Libro I, 5)
Je veulx laysser melancolie de Richafort (Libro III, 9)
Sesto tono sobre fa ut mi re (Libro I, 6)
Sanctus y Hosanna (Missa Faisant Regretz de Josquin) (Libro III, 3/4)
Septimo tono sobre ut re mi fa mi (Libro I, 7)
Fantasia del quarto tono (Libro II, 2)
Octavo tono (Libro I, 8)



ルネサンスのスペイン宮廷音楽家、Luis de Narváez (c.1500 - after 1550)が1538年にバリャドリッドで刊行した"Los seys libros del Delphin de música de cifra para tañer vihuelá(皇太子の為のビウエラ演奏の6部の譜本)"から、ファンタジアやシャンソン、ディフェレンシアス(主題に基づく変奏曲)などを引用、全17曲の演奏を録音したもの。パブロ・マルケスによるギター演奏。録音は2006年、ゲツィス、アムバッハ文化劇場にて。


Aquí me pongo a cantar
Al compás de la vigüela,
Que el hombre que lo desvela
Una pena extraordinaria
Como la ave solitaria
Con el cantar se consuela.

さぁ歌い上げよう
このビウエラに想いをのせて
果てしのない哀しみに
夜も眠れぬ者は
孤独な鳥のように
歌って安らぎを引き寄せる。


         -"Martín Fierro" / José Hernández


アルゼンチン孤高のギター奏者パブロ・マルケスは幼少の頃、ガウチョの吟遊生活を謳ったこの詩に感情を揺り動かされると同時に、初めてビウエラという楽器に関心を抱くことになったという。もちろん、この頃アルゼンチンに渡っていたビウエラが、スペイン発祥の伝統的なビウエラそのものであったかどうかを知る術はない。

ビウエラは歴史上においても謎の多い楽器であり、今も「ビウエラ」として同定されている遺物は3つしか現存していない上、それぞれ構造が異なるという。おそらくは6弦ギターとリュートの系譜上の中間に位置していると言われ、16世紀中頃に流行の最盛期を迎える。当時の曲集には挿絵としてビウエラを奏でるオルフェウスのモチーフが好んで使われ、本CDのブックレット中にも引用されている。また、Miguel de Fuenllanaが1554年に刊行した最大のビウエラ譜集は"Orphenica Lyra(オルフェウスの竪琴)"とタイトルされた。


このビウエラ譜の演奏は、現在では6弦ギターやガンバを用いて十二分に再現することが可能とされ、特に流麗なシークエンスと豊かなコントラストの対位法、装飾の自由度は、今の主要なギター曲にも共通する技法が既に16世紀に凝集されていたことを示すものだとマルケスは語る。一曲目、"Primer Tono"のGではじまるアルバムは、大きく魂の力を巻き込んでゆるやかに旋回しながら、終曲"Octavo Tono"のGに還る。今回の演奏には、彼が師から譲り受けたDaniel Friederichの1972年製が用いられた。


本作のレパートリーに含まれている、ジョスカン・デュ・プレによるシャンソンの金字塔"Mille regretz(千々の悲しみ)"は、神聖ローマ帝国の皇帝カール五世がいたく好んでいたことから、『皇帝の歌』とも呼ばれるもので、当時から様々な作曲家がアレンジを施した。中でもナルバエスによるビウエラ演奏のためのディフェレンシアスは一世を風靡し、天正の少年遣欧使節たちによって、豊臣秀吉も耳にしたとされている他、日本の箏曲の基礎を築いた八橋検校の『六段』に、その影響が認められている。

ナルバエスは、後にスペイン王を継ぐことになるフェリペ二世に1548年から仕えていた為、その演奏を度々要求されることもあったのではないかと容易に想像できる。マルケスによる演奏はやや明朗すぎるきらいがあるが、ローマ皇帝が鼻歌で嗜んでいたと言う伝えと、マルケス自身のビウエラに向けた情熱、エスプリのバックグラウンドを鑑みれば、この上なく相応しい解釈であるようにも思える。

因に、ブックレットの末尾には、ヴァリャドリッドのフランシスコ・デ・ロス・コボスの宮殿にあるレリーフの写真が飾られている。レオンの司令官、コボスはカール五世の宰相であり、ナルバエスの護民官も務めていた。ナルバエスの刊行物は主に彼に献呈されたものである。ここには星と天使を従えてビウエラを奏でる青年が彫刻されている。この写真撮影は、19-20世紀にかけてビウエラ復興に貢献したEmilio Pujolによるものとあり、興味深い。


ナルバエスは経験主義的で確かな見識に基づいた作曲家であると同時に、芸術における神秘主義者でもあった。楽曲のテンポや和音、音階に数秘的要素が認められることが指摘されている。例えば今作中の"Diferencias sobre O Gloriosa Domina"は6つの賛美歌の変奏曲から構成されているが、始めから4つのヴァリエーションまでは、二組からなる111拍のペアに揃え、残る2ヴァリーエションは180拍としている。111/180≒0.618....となり、即ちフィボナッチ数における黄金分割比におよそ等しくなる。

加えて、"Sesto tono sobre fa ut mi re"は、F、C、E、Dのテーマに基づくファンタジアだが、109秒後にF-C、D、E-D、Fの新たな主題が提示され、輪を描きながら最後の4声部を導く。この第二の提示部は全129小節のうち、81小節目に登場し、前主題部の小節数80は、黄金分割比0.618と小節数129との積に等しい。

こうしたアーキテクトニックな書法も含めて、彼は記譜法においてテンポを指示する明確なシンボル("Closed Circle"と"Crossed C")を歴史上最初に確立した作曲家と位置付けられている。ビエラリストがタブラチュア(タブ譜)を用いて演奏することに再現性と多様な可能性を齎したとされ、現代音楽も多くをその恩恵に預かっている。彼は自身の作品について分析した巻末の詩、"Strophes to the glory of music"のくだりを以下のように結んでいるという。


La virtud comunicana
merece mayor loor
que alcançando se mejor
entonces es mas amada
y por esto
con buen zelo me he dispuesto
sa escrivir de los secretos
de musica y sus efectos
segun lo que entiendo desto.


Los cielos con los planetas
difieren en movimientos
spor esta los elementos
hazen cosas muy secretas.
Ce qui est créélo criado
par musica esta fundado
esy por ser tan diferente
estanto mas es excelente
porque esta proporcioado.


貞節は偉大な誉れに値する
死守せよ 一途の愛は多くに勝る
よって私は信念に情熱を預け
秘密をしたためるのだ
この音楽と その効果に
我が理解が堪えうる限り

天国と惑星たちは
異なる律動を描き
その拠とする元素によって
大いなる秘を産み出すのだ
これにより創られたものを
音楽は顕現する
こうして創り出されたものたちも
もっと素晴らしい何物であろうと
それらの差異と
それらの均衡に身を置くのである。