Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文

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新型コロナウイルス感染症COVID-19:最新エビデンスの紹介(4月26日)  

2020年04月26日 | 医学と医療
今回のキーワードは,唾液を用いたPCR検査,抗体検査陽性率,新しい神経合併症(ミラー・フィッシャー症候群と急性散在性脳脊髄炎),血管内皮細胞への感染,サイトカイン放出症候群,感染の入り口となる細胞,ACE阻害薬・ARB内服の予後への影響,トランプ大統領が推奨した新薬候補の結末です.

◆ニューヨークのCOVID-19.12病院での入院患者5700名(女性39.7%)の検討.人種は白人39.8%,黒人22.6%,アジア系8.7%,その他28.9%.合併症は多い順に,高血圧(56.6%),肥満(41.7%),糖尿病(33.8%).入院時,発熱30.7%,頻呼吸17.3%,酸素吸入27.8%.退院したか,あるいは死亡した2634名で転帰を評価したところ,ICU管理は14.2%,人工呼吸器装着は12.2%,人工透析は3.2%,死亡は21%(553名).この死亡率は武漢の28.3%(54/191名)(Lancet 395:1054-1062, 2020)よりは低い.しかし人工呼吸器装着した人に限ると死亡率は88.1%!(282/320名).また271名は人工呼吸器を装着することなく死亡している.一方,退院した2081名中 45名(2.2%)が再入院した(原因記載なし).ACE阻害薬・ARB内服なし,ACE阻害薬内服,ARB内服の3群の死亡率は26.7%,32.7%,30.6%であり,これらの薬剤が予後を悪化させたとは必ずしも言えない.JAMA April 22, 2020

◆唾液を用いたPCR検査.なんと唾液検体からのSARS-CoV-2の検出の方が,鼻咽頭拭い液よりも優れていることが米国より報告された.入院患者および医療者の両検体を比較したところ,唾液は検出感度がより高く,かつ経過を通して一貫した結果が得られた(図1).さらに自己採取でのばらつきも少なかった.自宅での自己唾液採取は,正確,かつ大規模なCOVID-19調査を可能にするだろう.→ プレプリント論文だが,本当なら医療者の感染防止のためにも唾液検体へ切り替えるべき.medRxiv. April 22, 2020



◆ウイルスの安定性.SARS-CoV-2を様々な環境下におき,感染力を維持する期間を検討した香港からの短報.①気温の影響:4℃では14日後まで,22℃では7日後まで,37℃では24時間後まで感染力を維持したが,56℃では30分後に,70℃では5分後には感染力を喪失した.②材質の影響(室温22℃,湿度65%の条件):一定時間(30分,3時間,6時間,1日,2日,4日,7日)の経過後,感染力を測定.コピー用紙・ティッシュペーパーでは30分後まで,木材・布では1日後まで,紙幣では2日後まで,ステンレス・プラスチックでは4日後まで感染力を維持.またサージカルマスクの内側では4日後まで,外側では7日後まで感染力を持つウイルスが存在した!(ただし感染価は当初の1000分の1程度).③標準的な消毒法(家庭用漂白剤,ハンドソープ液,消毒用エタノール70%,ポビドンヨード等)は室温22度でいずれも有効.Lancet Microbe. April 2, 2020

◆抗体検査.4月3~4日に米国カリフォルニア州サンタクララ郡の住民3330名を対象とし,Premier Biotechの検査キットを用いた抗体検査を行ったところ,1.5%(95%信頼区間1.11-1.97%;50名)が抗体陽性であった.この結果から人口194万人の同郡の,4月初めの感染者数は4.8~8.2万人(2.5~4.2%)と推定された.これは実際の報告数956人より50~85倍も多かった.ちなみに抗体検査の信頼性の低さが指摘されているが,この研究でも2/371検体が偽陽性であり,検査性能を補正した上で解析が行われている(medRxiv. April 17, 2020).また報道されているようにニューヨーク州の食料品店や休業中も営業している店での調査では,抗体陽性率はなんと13.9%であった.→ Stay homeしていない人の感染確率は高い.

◆神経症状(1).ギラン・バレー症候群(GBS).イタリア北部の3病院にCOVID-19患者が1000~1200名が入院した約3週間において,5名がGBSを発症した.初発症状は,4名は下肢脱力と異常感覚,1名は両側性顔面神経麻痺に続いて運動失調と感覚異常であった.これらの神経症候は発症から5~10日後に出現した.3名で検査髄液では細胞増多なし,PCR検査陰性.電気生理学的には軸索型3名,脱髄型2名.全例,免疫グロブリン療法(IVIG)が行われ,1名では血漿交換が行われた.治療開始後4週の時点で,2名は人工呼吸が必要な状態のまま,2名はリハビリ中,1名は歩行可能となり退院した.鑑別すべき病態はcritical illness neuropathy/myopathy.→ 肺病変が顕著ではない症例で呼吸機能低下が見られる場合にはGBSに伴う呼吸器症状の可能性も考える必要がある.NEJM. April 17, 2020

◆神経症状(2).ミラー・フィッシャー症候群(MFS)と脳神経炎.スペインからの2症例の報告.1名は呼吸器症状,発熱で発症し,5日目に嗅覚・味覚障害とともに,核間性眼筋麻痺,動眼神経麻痺,失調,腱反射消失を呈し,抗GD1b抗体陽性であったMFS.もう一例は下痢,発熱後3日目に両側外転神経麻痺,腱反射消失を呈した.いずれもPCRは鼻咽頭拭い液で陽性,髄液で陰性.1例目はIVIG,2例目はアセトアミノフェンで治療し,2週後には改善した.Neurology. April 17, 2020

◆神経症状(3).急性散在性脳脊髄炎(ADEM).米国からの初のADEMの症例報告がなされた.40歳代女性で頭痛,筋痛で発症後11日目に球麻痺,失語症を呈した.頭部MRIでは前頭・側頭葉白質,側頭葉極,外包,視床に異常信号を認めた(図2).ヒドロキシクロロキンとIVIGによる治療が行われ,神経症状は徐々に改善した.ADEMはコロナウイルス感染症(MERS,OC43)後に発症した報告がある,medRxiv. April 21, 2020



◆病態(1).血管内皮細胞障害.SARS-CoV-2は2型肺胞上皮細胞の膜表面蛋白ACE2に結合し,エンドサイトーシスによって侵入・増殖するが,今回の報告は多臓器障害により死亡した2剖検例と1名の小腸切除例の病理学的検討の結果,全身の内皮細胞へのウイルス感染と炎症,アポトーシスが確認されたというもの.図3のA,Bは腎臓糸球体係蹄,基底膜における内皮細胞に認めたウイルス粒子,CとDは小腸血管および肺における炎症細胞浸潤とカスパーゼ3陽性細胞を示す.これらは血管内皮細胞の機能障害が広範囲に生じ,炎症,浮腫,血管収縮,凝固傾向,虚血により臓器障害が生じる可能性を示唆する.危険因子として知られる男性,喫煙,高血圧,糖尿病,肥満,心血管障害は,この血管内皮障害に関連するのかもしれない.また同じ号に総説(仮説)として,SARS-CoV-2による「ウイルス性敗血症」が提唱されているが,血管内皮障害が呼吸器病変の増悪や多臓器障害に関与する可能性が指摘されている.→ 重症化防止に血管内皮保護の観点が必要.Lancet April 17, 2020



◆病態(2).サイトカイン放出症候群.COVID-19が重症化する病態として,二次性血球貪食性リンパ組織球症(secondary hemophagocytic lymphohistiocytosis; sHLH)がある.発熱,血球減少,高サイトカイン血症,多臓器不全を呈する致死的病態で,スクリーニングには血清フェリチン↑,血小板↓,赤沈遅延,そしてHScoreが有効という論文を3月25日に紹介した(Lancet. Mar 13, 2020).今回,米国よりCOVID-19で認められる急性呼吸促迫症候群(ARDS)が,このsHLHや白血病患者に対するCAR-T細胞療法(キメラ抗原受容体遺伝子導入T細胞療法)時に見られるサイトカイン放出症候群により惹起されるARDSと病態が似ていることが指摘された.つまりSARS-CoV-2が単球,マクロファージ,樹状細胞に感染した際にIL-6産生の亢進をもたらし,膜結合型IL-6受容体を有する細胞(リンパ球)ではシス・シグナリング,有さない細胞(内皮細胞)ではトランス・シグナリングを介して,サイトカイン放出症候群(いわゆるサイトカイン・ストーム)を引き起こすという仮説が提唱された(図4).このことはIL6抗体であるシルツキシマブ,sIL-6R抗体であるトシリズマブ,サリルマブを本症で使用する理論的根拠となる.Science. Apr 17, 2020



◆病態(3).SARS-CoV-2感染の入り口.3月13日のFBで,SARS-CoV-2はヒトACE2に結合するために,セリンプロテアーゼであるTMPRSS2を必要とすることを紹介した.今回,ハーバード大学のグループは,ACE2とTMPRSS2の両者を発現する細胞の同定を,ヒト,アカゲザル,マウスのシングルセルRNA-seq解析により行い,3種類の細胞を同定した(II型肺胞上皮細胞,回腸栄養吸収腸細胞,鼻の粘液分泌をする杯細胞であった).またこの論文ではCOVID-19の治療にも使用されるインターフェロンがACE2発現を増加させ,ウイルス感染を助長する可能性も明らかにしている(Cell. April 21 2020).またSanger Instituteの研究チームも同様の研究を行い,鼻腔上皮細胞がACE2とTMPRSS2を高発現し,感染の入口になっていることを示している(Nat Med. April 23, 2020).→ あらためて飛沫による経鼻ルートの感染防止が重要.

◆ACE阻害剤・ARBの予後への影響.3月19日のFBで,ACE阻害薬(ACEI)ないしARBが,ACE2発現量を増加させ感染を助長するため,Ca拮抗薬への変更についても言及した論文を紹介した(Lancet Respir Med. March 11, 2020).しかし米国の3学会は裏付けとなる臨床データがないことから,上記薬剤を中止・変更すべきではないとの声明を発表した.この問題に対する臨床報告がなされた.中国からの後方視的研究で,高血圧を合併するCOVID-19入院患者1128名におけるACEI/ARBの使用と死亡率の関連を検討している.ACEI/ARB使用群(188名)の死亡率は3.7%,非使用群(940名)は9.8%であった(P = 0.01).年齢・性別・合併症・服用薬で補正し比較した混合効果Coxモデルでも,ACEI/ARB使用群の死亡率は非使用群に比べて58%低かった(ハザード比0.42; P =0.03)(図5).以上より,ACEI/ARBの使用が死亡リスクの増加と関連しているとは考えにくい(Circ Res. April 17, 2020).同様の検討が中国の別チームから報告されており,362名の高血圧を合併するCOVID-19患者において,ACEI/ARBの使用率は,重症群と非重症群で有意差なし(32.9%対30.7%; P=0.645).死亡群と生存群でも有意差はなかった(27.3%対33.0%; P=0.34).(JAMA Cardiol. April 23, 2020)→ COVID-19患者における高血圧治療は従来どおりで良い.



◆ 新規治療.ヒドロキシクロロキン(HC).トランプ大統領が「医学史上最大の反撃の切り札になる真の可能性を秘めたものの一つ」と推奨した抗マラリア薬.プレプリントであるが,米国から368名に使用された後方視的解析結果が報告された.内訳はHC群97名,HC+AZ(アジスロマイシン)群113名,対照群158名で,死亡率は順に27.8%(!),22.1%,11.4%.さらに人工呼吸器装着率は13.3%,6.9%,14.1%という結果であった.AZの有無に関わらず,HCはむしろ有害で,進行中の臨床研究に警鐘を鳴らす結果となった.→ 薬剤の真の評価は対照群を置かないことには分からない.日本でも対照を置かない観察研究が進行中で,かつ「有事なので未承認薬の適応外使用は認められる」などというコメントをテレビで見たが,このような考え方は創薬に携わる者としては非常に危険に感じる.COVID-19に関わらず,新薬を求める気持ちはどの疾患の患者でも一緒のはず.COVID-19だけ「有事だから」と適切な新薬承認のステップを踏まずに進めれば,今回のような副作用により死亡するという悲劇にすら気がつかない可能性がある.
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