Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文

Twitter @pkcdelta
https://www.facebook.com/GifuNeurology/

「生きることを選んで」を見て

2012年02月15日 | 運動ニューロン疾患
Totally Locked-in State(TLS)という言葉をご存知であろうか.日本語では「完全な閉じ込め状態」と訳されることが多い.身体中のすべての筋肉が動かなくなるが,意識や思考・感覚は保たれている.まるで身体の中に自分の精神が完全に閉じ込められたようになるため,このように呼ばれる.

ALSは発症から3~5年で呼吸困難となり,人工呼吸器を装着しないと死に至る病気だ.気管切開を行い,人工呼吸器を装着したとしても,徐々に全身の筋力は奪われTLSとなる.TLSは想像を絶する極限の状態である.「意思の疎通ができなくなるまでは当然のことながら精いっぱい生きる.そのあと,人生を終わらせてもらえることは『栄光ある撤退』と確信している」と願っても,日本の現行の法律では,人工呼吸器を外した者が殺人罪に問われるおそれがあり,TLSに至った時の人工呼吸器の離脱は認められない(過去の記事,“私の人工呼吸器を外してください”~「生と死」をめぐる議論~,をぜひご覧下さい).そして現在,ALS患者さんのおよそ8割が気管切開下の人工呼吸器装着を拒む.この原因のなかには,家族の介護負担への心配や遠慮,病気や療養生活への不安,そしてこのTLSへの恐怖がある.

民教協スペシャル「生きることを選んで」という山陰放送が制作したドキュメンタリーを見た.あらためて「生きることの意味」を考えさせられた.番組ではALS患者である元テレビ報道記者・谷田人司さんの闘病生活が綴られていた.4年前に発症し,3年前から自宅療養をなさっている.発語や嚥下はできず,経管栄養と気管切開下の人工呼吸器療法を行なっている.その谷田さんは元同僚の記者に一通のメールを送った.「病気が進行し,体が動かなくなった時,麻薬を使って静かに楽に死なせて欲しい」.元同僚の記者は,谷田さんが自ら死ぬことを考えていることに衝撃を受け取材を始める.谷田さん自身も「TLSになっても生きることにどのような意味があるのか,取材して確かめたい」と思い,再び記者として取材を始める.

取材は人工呼吸器装着中の患者さん,装着を迷っている患者さん,そしてTLS状態の患者さんに行われた.「生きる意味」を考え,それぞれの家族の思いを知る取材だ.
「患者自身が発信することで,病気への理解が広まれば,生きている意味になると思う」
「生きていればこそ,家族と一緒に年をとれる.子供たちの成長を見守るうち,気持ちが少しずつ変化した.いいことばかりじゃないけれど,悪いことばかりでもない」

「家族はどんな形でも生きていてほしいと思う」
「私が部屋に入ってくると,(TLSの状態であっても)本人の顔色が明るくなるとヘルパーさんによく言われる」
「父が家にいてくれて,それを中心に家族が回っている.自分勝手な考えをしちゃうと,僕と兄のため生きてくれている.尊敬できる」

取材を通して谷田さんは,「大切な人のために生きよう.これからしっかり準備をして生き抜いていこう」と考えるに至る.素敵な笑顔が印象的だった.

父(谷田さん)の病気をきっかけに看護師を目指す息子さんの言葉もとても印象に残った.
「体が不自由といってもまだ生きているんで・・・普通の家庭ぐらい普通,違和感なく幸せだと思う」
ノーマライゼーションという言葉は頭ではわかっていても,実はこういうことを目指すことなのだと,初めて実感したような気がした.

もちろん人工呼吸器装着が簡単には行えないさまざまな問題や障壁がある.しかし,ALS患者さんの8割が人工呼吸器を装着しないという現実はこれで良いのだろうかと考えてしまう.番組を見て,生きる決意をした仲間が普通に過ごせる社会をともに目指すことはごく自然なことのように感じた.

第26回 生きることを選んで - 財団法人 民間放送教育協会


この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« パーキンソン病のバランス障... | TOP | "Painless" legs and moving ... »
最新の画像もっと見る

Recent Entries | 運動ニューロン疾患