Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文

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アルツハイマー病患者の安全のためにレカネマブ使用前にAPOE遺伝子検査は不可欠だが,倫理的,法的,経済的問題に対する議論が必要!

2023年05月10日 | 認知症
最新号のJAMA Neurology誌に,標題の論評が発表されています.APOE遺伝子はアポリポタンパク質Eと呼ばれるタンパク質をコードする遺伝子で,ε 2,ε 3,ε 4 の 3パターンがあります.ε 4 遺伝子を有する場合,脳内アミロイドの蓄積は増加し,アルツハイマー病を発症するリスクが高まります(表).さらにε4を有する場合,レカネマブの副作用であるアミロイド関連画像異常(ARIA)のリスクが上昇します.Clarity AD試験において,ε4ホモ接合体患者(父母由来で2つのε4を有する)は,ε4非保有者と比較して,浮腫を伴う症候性ARIAが6倍以上,脳微小出血,大出血,表在性シデローシスを伴うARIAが3倍以上発生する可能性が報告されています.



問題はレカネマブ使用前に,APOE遺伝子検査をどのように行ったら良いのか,また行った場合,どのような問題が生じうるか十分に議論されていないことです.現時点で現場の医師も理解・予想ができていません.エーザイCEOも最近,APOE ε4ホモ接合体患者は脳出血のリスクが高いため,患者とその主治医が厳重な監視に同意した場合にのみ本薬を投与するよう発言し,APOE遺伝子検査の重要性に触れていますが,米国FDAは,APOE遺伝子型判定を義務付けてさえいません.日本でもどうなるのか分かりません.

ε4ホモ接合体患者が大出血するリスクを考えると,私はAPOE遺伝子検査を行うべきだと考えます.それをしないのは怠慢だと思います.しかしその場合,少なくとも以下のような問題が生じうると論評では述べています.

1)大規模なAPOE遺伝子検査の結果を,患者・家族に開示する医療行為は,倫理的,法的,経済的に難しい問題があり,倫理学者,法律家,政策立案者は早急に検討をする必要がある.

2)臨床医は遺伝子検査の結果を効果的かつ安全に患者・家族に開示するためのコミュニケーション・スキルをトレーニングする必要がある.

3)さらに臨床医にとって,患者・介護者の苦痛の評価と開示後のカウンセリングも必要になる.特にε4キャリアであることが判明し,レカネマブを使用しないことが決定される患者・家族への対応は重要である.加えて,ε4キャリアは,虚血性脳卒中,脳出血,うつ病,てんかんなどの他の疾患を発症するリスクが高いことを意識した開示後の診療が望まれる(臨床倫理的問題).

4)認知障害を持つ親のε4キャリア状態を開示することで,その実子自身がε4キャリアであるリスクを推察することができる.つまり患者とその無症状の子供が遺伝的差別を受ける可能性がある(臨床倫理的問題).

5)臨床医は患者やその子が受けうる遺伝的差別に対する既存の法的保護,およびその限界について認識する必要がある(法的問題).

6)5)に関連して,保険会社が無症状の子供を含むε4キャリアへの保険適用を拒否したり,より高い保険料率で契約を引き受けたりすることが生じうる(経済的問題).

非常に難しい問題が複数あります.しかしレカネマブを実臨床で使用できるよう,速やかに議論を開始し,現場の臨床医が悩むことなく対応できる状況を築く必要があります.
Thambisetty M, Howard R. Lecanemab and APOE Genotyping in Clinical Practice-Navigating Uncharted Terrain. JAMA Neurol. 2023 May 1;80(5):431-432.

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