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Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文

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キアリ奇形 I 型の知られざる臨床症状

2006年01月13日 | その他
 脊髄・延髄空洞症はSyringomyelia/ bulbiaないしSyrinxと呼ばれるが,私はSyrinxという言葉の響きが好きだ.Syrinxはもともとはギリシア神話に登場する妖精の名前である.ある日,ヤギの角と足を持つという音楽好きの牧神Panは妖精Syrinxに恋をする.Panは彼女を捕まえようとするが,身の軽いSyrinxはそれをかわしてしまう.今度こそと思って抱きしめたPanの両手をすり抜けてSyrinxは消えてしまい,水辺の葦(あし)の束に姿を変えてしまった.恋にやぶれたことを悟ったPanはその葦を笛にしてSyrinxの思い出を悲しく奏でる....だいたいそんな話だが,Syrinxは葦のように筒状のものという意味を持つことになり,神経学の世界では空洞症をSyrinxと呼ぶようになったらしい.
 閑話休題.Syrinxを高率に合併するChiari奇形は後頭蓋窩の先天奇形である.I型は小脳扁桃が脊柱管内に陥入した異常で,小児期以降に発症する.症状は頚部から上腕の疼痛や,Syrinxに伴う四肢の運動異常,感覚異常と言われている.ただし教科書には記載はないのだが,睡眠呼吸障害(sleep-disordered breathing; SDB)を呈しうることを認識すべきである.
 実は個人的にも経験があって,日中の睡眠発作を主徴とする若年女性の原因検索を行って,唯一,見つかったのがChiari奇形I型であった.文献的にはすでに複数の報告があり,発症年齢は1~55歳とさまざまで,神経所見も球症状や片麻痺,小脳性運動失調を呈する場合もあるが,過眠症以外は無症状である場合もある.PSGでは中枢型無呼吸,もしくは中枢型と閉塞型無呼吸の両者が認められることが多く,その原因として呼吸中枢の圧迫や虚血,下位脳神経麻痺に伴う声帯麻痺などが関与する可能性が指摘されていた.治療として大後頭孔減圧術が施行され,程度の差はあるもののSDBに有効であるという報告が多い.自験例ではいくつかの理由があって減圧術は見送ったが,当時は散発的な症例報告のみで,手術の有効性については確信が持てなかったことも理由のひとつだった.
 さて今回,Chiari奇形I型のPSGと,大後頭孔減圧術の効果についてのcase seriesがフランスより報告された.対象は16名のI型患者で,全例syringomyeliaを合併する.年齢は38.1±3.9歳で,BMIは25.9±1.1とわずかに重め.43%にいびきがあり,81.3%は日中の睡眠過多(Epworth sleepiness score; ESS 9.1±1.3)を呈した.apnea-hypopnea index (AHI) は36.6±7.7 と高値で,AHIが10以上である症例は75%を占めた.ESSとAHIには相関なし.AIは13.1±4.1で,apneaの48%は中枢型だった(これは驚き!).microarousal indexは33.0 ± 4.4で,睡眠の断片化が示唆される.
 最終的に12名が睡眠無呼吸症候群(SAS)の診断基準を満たし,うち8名に減圧術が施行された.8名のうち6名に術後平均203日目(127―313日)にPSGを再検.この結果,AHI は56.5±11.5→37.2±15,AIは23.5±7.9→9.8±6.6と有意差はないもののいずれも減少傾向.さらにcentral apnea indexに限定すると14.9±5.5→1.3±0.6と有意に減少(p=0.03).microarousal indexも有意に減少した(37.2±13.7→26.2±17.0;p=0.03).しかしながらESS scoreは改善を認めなかった(9.7±2.2→10.7±2.4).
 AHIやarousalが改善しながら日中の過眠が改善しなかったことについては,閉塞型のSASを呈した2症例では減圧術で効果がなく,さらにうつ病を合併した症例でも改善がなかったことから,これらの症例のため効果が相殺され,平均すると手術前後でESSの変化がなくなってしまったと著者は言っている.記載はないが,中枢性無呼吸が原因である過眠症に限ればおそらく減圧術は有効なのかもしれない.この辺は今後,さらに症例を増やしての検討が必要になる.
 いずれにしてもChiari奇形に限らず,パーキンソン病,ALS,MSAなど神経内科領域の多くの疾患がSDBを呈する.SDBは患者さんのQOLに大きな影響を及ぼすことが多いので,神経内科医は睡眠医学にも関心をもつ必要がある.

Neurology 66; 136-138, 2006
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2 Comments

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不十分な検討のような気が・・・ (de)
2006-01-17 00:38:31
いつも勉強させていただいています。

本報告に関しては、下部食道内圧を測定せずに中枢性無呼吸が減少したといわれても、ちょっと疑問が残ります。閉塞性無呼吸が頻発している患者で「中枢性無呼吸の部分が改善した」という解釈も不自然です。83%にいびきがみられているということは、多くの患者は閉塞性睡眠時無呼吸症候群であることはあきらかですが、閉塞性睡眠時無呼吸症候群の患者で胸腹部運動が欠如しているように見える「見かけ上の」中枢性無呼吸が混在することはごく普遍的に見られる現象です。Suprasternal pressureのevidence levelは確立しておらず、これをもとに中枢性無呼吸かどうかを判定するのも乱暴です。

手術の目的については詳細には書かれていないようですが、睡眠呼吸障害の軽減のみが目的であったとしたら、PSGの施行方法はもっと厳密になされる必要があったのではないかと思います。
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ご指摘ありがとうございます (pkcdelta)
2006-01-17 02:10:17
ご指摘の通り,中枢型無呼吸の診断は食道内圧測定が必須だと思います.また83%のいびきと半数が中枢型という記載は確かに合致しませんね.手術の目的に関してはたぶん日中の過眠の改善をprimary outcomeとしたかったのだと思いますが,その改善がなかったので,AHI中心の記載に変更したのだと思いました.手術の適応の有無を決めるには,ご指摘の通りPSGを詳細に検討して,どのような症例が適しているのか明らかにする必要があるようですね.勉強になりました.
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