米国神経学会(AAN)年次総会に参加した.例年と雰囲気が異なる印象を持った.Live wellと名付けられた医師のQOL向上セミナーや,リーダーシップ講習が学会場のあちらこちらで行われていた(写真).以前は口演とポスターが学会の主役の印象であったが,教育講演が聴講無料となり,その割合も増えて,より重視されていた.学術重視から,QOLやキャリア形成重視の方向にシフトした印象を受けた.全員講義(プレナリー)もいろいろ刺激を受けたが,もっとも印象に残ったものは,AAN会長のTerrence Cascino先生の講演であった.講演の最後には,胸が一杯になってしまった.
Cascino先生は,まず,AAN会員は非常に多様性(diversity)に富むが,安全で質の高い医療を届けること,望ましい医師・患者関係を維持すること等,共有すべき価値観があることを述べた.しかしながら,米国の神経内科医は,一所懸命にやってきたにも関わらず,予期しない状況に置かれていると語った.燃え尽き症候群が非常に多いということだ.米国の神経内科医は,他の診療科医と比較し,ワーク・ライフバランスの満足感,そして燃え尽き症候群の頻度のいずれもが非常に悪いのだ(図:Shanafelt et al. Mayo Clin Proc 90; 1600-1613, 2015).
【AANによる燃え尽き症候群の調査論文】
AANは,2016年,米国人神経内科医4127名に対し,燃え尽き症候群の調査を行った.回答者の平均年齢は51歳,65.3%が男性であった.なんと約60%の回答者は少なくとも1つ以上の燃え尽き症候群の症状を認めていた.リスク上昇因子は,1週間における勤務時間,夜間のオンコール回数,外来患者数,事務仕事の量であった.逆にリスク低下因子は,医療スタッフによる効果的なサポート,仕事に対するオートノミー,仕事に意義を見出すこと,年齢が高いこと,てんかん診療医であった(Busis et al. Neurology 88;1-12, 2017).ちなみに中国からも報告があり,神経内科医のバーンアウト率は53%とやはり高値で,なんと58%が医師になったことを後悔していた(Zhou et al. Neurology 2017 Apr 5.)
【燃え尽き症候群とは何か?】
燃え尽き症候群の定義は(1)仕事に対する熱意の消失,(2)患者さんを人でなく,物として見るようになること,(3)自身のキャリアの満足感の喪失から成り立つものとされている.そしてこのいずれかに含まれる22項目の質問表を用いて評価が行われた.燃え尽き症候群は,うつや不安につながり,最悪の場合,薬物依存や自殺率の増加を招く.また診療にも影響を及ぼし,診療の質やケアの低下,患者さんに対する共感(empathy)の欠如をもたらすことが分かっている.
【なぜ神経内科医に,燃え尽き症候群が多いのか?】
2013年,AANは,米国の多くの州において,需要が供給を上回っていること,そして2025年までにその需要はさらに高くなると予測している.つまり個々の神経内科医の仕事量の増加が加速することを意味する.これは高齢化に従い,認知症,脳卒中,神経変性疾患などが増加することや,電子カルテや保険などの事務的な仕事が増加していることを考えれば容易に納得がいく.また別の論文には,神経内科を選ぶ人間の性格が燃え尽き症候群に影響しているのだろうと書かれていた.つまり,病歴や診察をじっくり行うことが好きで神経内科を選んだのに,それが行いにくくなっている状況に,大きなストレスを感じているというのだ.確かに自分も,電子カルテの打ち込みにストレスに感じている.患者さんの目を見て話しにくくなり,コミュニケーションがとりにくい.このため意識して打ち込みをやめて患者さんの目を見るが,その間のやり取りを忘れてしまったり,迫る次の予約枠の時間が気になってしまう.私が若い頃に,教授の外来診察で行われた「書き番(いわゆる筆記係)」でもいてくれると良いのだが,それが難しければ,せめてiPhoneのような音声入力ができないものかと思う.
【燃え尽き症候群にどう対応すべきか?】
個人レベル,病院レベル,国家レベルで行うべきことがあるとCascino会長は述べた.医師がしなくてもよい仕事を減らすこと,限られた時間で診療をしなければならないプレッシャーを除くよう診療システムを再構築すること,キャリアアップのためのメンタリング・カウンセリングを充実させること,達成感を認識する仕組みを作ること,それをサポートする仕組みを作ることなど,レジリエンス(自発的治癒力)の向上をはかることが有用だろうと考察されていた.おそらくその姿勢が現れたのが,今回の学会なのだろう.
【Cascino会長のことば】
最後にCascino会長は次のように述べた.「きっとこの状況を改善できる.その理由は,第1に賢明で創造的な神経内科医がいることだ,第2に皆が神経内科を愛していることだ,そして第3に患者さんが我々を必要としているためだ」「しかし何もしなければ失敗する.我々は立ち上がり,正々堂々と意見を述べ,自分自身のため,そして患者さんに質の高い医療を届けるために戦わねばならない」
本当に心に響く講演であった.以下に講演の最後のフレーズをメモしておく.
“I know one thing. If we don't try, we will likely fail. So what do we need to do? We need to stand up and speak out, we need to fight for ourselves and fight for the patients and fight for the ability to deliver high-quality care. My last words as a president, we must stand up and speak out, whether we are the US or international neurologist, adult or child neurologist, academic or private practitioner, subspecialist or generalist, if we stick together, we can I firmly believe the kind of future we want for our patients and for our profession. I want you to know it's been the greatest honor of my professional life.”
Cascino先生は,まず,AAN会員は非常に多様性(diversity)に富むが,安全で質の高い医療を届けること,望ましい医師・患者関係を維持すること等,共有すべき価値観があることを述べた.しかしながら,米国の神経内科医は,一所懸命にやってきたにも関わらず,予期しない状況に置かれていると語った.燃え尽き症候群が非常に多いということだ.米国の神経内科医は,他の診療科医と比較し,ワーク・ライフバランスの満足感,そして燃え尽き症候群の頻度のいずれもが非常に悪いのだ(図:Shanafelt et al. Mayo Clin Proc 90; 1600-1613, 2015).
【AANによる燃え尽き症候群の調査論文】
AANは,2016年,米国人神経内科医4127名に対し,燃え尽き症候群の調査を行った.回答者の平均年齢は51歳,65.3%が男性であった.なんと約60%の回答者は少なくとも1つ以上の燃え尽き症候群の症状を認めていた.リスク上昇因子は,1週間における勤務時間,夜間のオンコール回数,外来患者数,事務仕事の量であった.逆にリスク低下因子は,医療スタッフによる効果的なサポート,仕事に対するオートノミー,仕事に意義を見出すこと,年齢が高いこと,てんかん診療医であった(Busis et al. Neurology 88;1-12, 2017).ちなみに中国からも報告があり,神経内科医のバーンアウト率は53%とやはり高値で,なんと58%が医師になったことを後悔していた(Zhou et al. Neurology 2017 Apr 5.)
【燃え尽き症候群とは何か?】
燃え尽き症候群の定義は(1)仕事に対する熱意の消失,(2)患者さんを人でなく,物として見るようになること,(3)自身のキャリアの満足感の喪失から成り立つものとされている.そしてこのいずれかに含まれる22項目の質問表を用いて評価が行われた.燃え尽き症候群は,うつや不安につながり,最悪の場合,薬物依存や自殺率の増加を招く.また診療にも影響を及ぼし,診療の質やケアの低下,患者さんに対する共感(empathy)の欠如をもたらすことが分かっている.
【なぜ神経内科医に,燃え尽き症候群が多いのか?】
2013年,AANは,米国の多くの州において,需要が供給を上回っていること,そして2025年までにその需要はさらに高くなると予測している.つまり個々の神経内科医の仕事量の増加が加速することを意味する.これは高齢化に従い,認知症,脳卒中,神経変性疾患などが増加することや,電子カルテや保険などの事務的な仕事が増加していることを考えれば容易に納得がいく.また別の論文には,神経内科を選ぶ人間の性格が燃え尽き症候群に影響しているのだろうと書かれていた.つまり,病歴や診察をじっくり行うことが好きで神経内科を選んだのに,それが行いにくくなっている状況に,大きなストレスを感じているというのだ.確かに自分も,電子カルテの打ち込みにストレスに感じている.患者さんの目を見て話しにくくなり,コミュニケーションがとりにくい.このため意識して打ち込みをやめて患者さんの目を見るが,その間のやり取りを忘れてしまったり,迫る次の予約枠の時間が気になってしまう.私が若い頃に,教授の外来診察で行われた「書き番(いわゆる筆記係)」でもいてくれると良いのだが,それが難しければ,せめてiPhoneのような音声入力ができないものかと思う.
【燃え尽き症候群にどう対応すべきか?】
個人レベル,病院レベル,国家レベルで行うべきことがあるとCascino会長は述べた.医師がしなくてもよい仕事を減らすこと,限られた時間で診療をしなければならないプレッシャーを除くよう診療システムを再構築すること,キャリアアップのためのメンタリング・カウンセリングを充実させること,達成感を認識する仕組みを作ること,それをサポートする仕組みを作ることなど,レジリエンス(自発的治癒力)の向上をはかることが有用だろうと考察されていた.おそらくその姿勢が現れたのが,今回の学会なのだろう.
【Cascino会長のことば】
最後にCascino会長は次のように述べた.「きっとこの状況を改善できる.その理由は,第1に賢明で創造的な神経内科医がいることだ,第2に皆が神経内科を愛していることだ,そして第3に患者さんが我々を必要としているためだ」「しかし何もしなければ失敗する.我々は立ち上がり,正々堂々と意見を述べ,自分自身のため,そして患者さんに質の高い医療を届けるために戦わねばならない」
本当に心に響く講演であった.以下に講演の最後のフレーズをメモしておく.
“I know one thing. If we don't try, we will likely fail. So what do we need to do? We need to stand up and speak out, we need to fight for ourselves and fight for the patients and fight for the ability to deliver high-quality care. My last words as a president, we must stand up and speak out, whether we are the US or international neurologist, adult or child neurologist, academic or private practitioner, subspecialist or generalist, if we stick together, we can I firmly believe the kind of future we want for our patients and for our profession. I want you to know it's been the greatest honor of my professional life.”