Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文

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アルツハイマー病研究の失われた16年? -揺らぐオリゴマー仮説-

2022年07月26日 | COVID-19
米サイエンス誌が,アルツハイマー病のアミロイドβオリゴマー仮説の根拠となった有名な論文「Lesné S, et al. A specific amyloid-beta protein assembly in the brain impairs memory. Nature. 2006;440(7082):352-7」が捏造されたものである可能性を指摘しています.少し歴史を紐解くと,まずアミロイドβ(Aβ)が線維化・凝集することで老人斑ができ,老人斑が引き金となって神経原線維変化が生じ,そのため神経細胞死が起きて認知症が発症するという説が提唱されました(アミロイド仮説;1992年).この仮説に基づいて,Aβの産生を抑えたり,除去したりする薬が数多く開発され,臨床試験が行われましたが,ことごとく失敗しました.これに対し,神経細胞死を起こすのはAβの線維状凝集体ではなく,その前にできる可溶性のオリゴマー(Aβが数個~数十個集まってできたもの)であるという「オリゴマー仮説」が2002年に提唱されました.今日ではAβだけでなく,タウでもαシヌクレインもオリゴマーが毒性を持つと考えられています.

さて上述の論文はこのオリゴマー仮説の決定的証拠となるAβのサブタイプ(Aβ*56)を発見し,それが直接,認知機能低下を引き起こしていることを示したもので,非常に大きな意味を持つものでした.しかしこのAβ*56の存在は,他の研究室ではほとんど示すこと(再現すること)ができませんでした.サイエンス誌の記事を読むと,この論文の第1著者のLesné S氏による複数の論文のデータに疑惑があるようです.上述の論文のWestern blotのバンドの捏造の方法についても詳しく書かれています(図右).



ノーベル賞受賞者でアルツハイマー病の専門家であるスタンフォード大学のThomas Südhof教授は「明白な損害はNIHの資金が無駄になったことと,研究者がこれらの結果を実験の出発点として使っているためにこれに続く研究が無駄になったことだ」と述べています.サイエンス誌もこの論文が捏造されたものだとした場合,オリゴマー仮説という神経変性疾患において重要と考えられている根本概念への疑念が生じること,臨床試験が科学的な基盤を失うこと,さらには科学に対する不信を招くことを憂慮しています.もちろんオリゴマー仮説を示唆するデータもあるため,この論文の捏造を持ってオリゴマー仮説が崩壊したというわけではありませんが,何れにせよ,今後非常に大きな議論を引き起こすものと思われます.

Piller C. Blots on a field? Science. 2022 Jul 22;377(6604):358-363.(doi.org/10.1126/science.add9993)



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