Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文

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新型コロナウイルス感染症COVID-19:最新エビデンスの紹介(7月30日)  

2022年07月30日 | COVID-19
今回のキーワードは,4回目のワクチン接種は3回接種と比較して症候性感染のリスクを37%減少させる,神経後遺症(neuro-PASC)は感染6ヶ月後の評価で記憶障害と集中力低下が多く,振戦,運動失調,認知機能障害からなる症候群も存在する,long COVIDの症状として脱毛と性機能障害も多い,嗅覚障害および味覚障害の回復の中央値は14.86日および12.37日である,SARS-CoV-2ウイルスは細胞膜ナノチューブを使って神経細胞間を拡散する,です.

米国神経学会のプレジデントOrly Avitzur先生がブログで「コロナ後遺症(PASC)は緊張型頭痛,片頭痛に次いで3番目に多い神経疾患(2475万人)となった」と述べており印象的でした.たしかにその通りで,日本でも神経症状を呈するlong COVID患者は急増すると思われます.COVID-19が重症者では高頻度に,軽症者でも一部に認知機能障害をもたらすことはほぼ確実です.今後,じわじわと社会への影響が現れてくるものと思います.世の中には「ウィズコロナ=共存やむなし」という考えもありますが,脳神経内科医の立場から見ると,神経向性(neurotropism)をもつこのウイルスはとても共存可能なものではないです.感染を減らす努力が必要だと思います.

◆4回目のワクチン接種は,3回接種と比較して症候性感染のリスクを37%減少させる.
イスラエルでは2021年8月にmRNAワクチンの3回目接種が開始された.その後急激に増加したオミクロン株に対抗するため,2022年1月に4回目のワクチン接種が開始された(免疫不全患者,医療従事者,60歳以上の高齢者に優先的に投与された).医療従事者608人を対象とする多施設共同前向き研究が行われ,ファイザーワクチンを3回ないし4回接種した人の比較が行われた.365人が3回,243人が4回の接種を受けた.90日の追跡期間において239人(39%)が感染し,そのうち165/365人(45%)が3回接種,74/243人(30%)が4回接種を受けていた.つまり4回接種は,3回接種と比較して,30日目で45%(ハザード比0.55,p=0.002)およびすべての追跡期間で37%(HR=0.63,p=0.003)感染率を有意に減少させた(図1).抗体価に関しては以下のことが分かった.
1) 3回目接種後の抗体価が低い者は有意に感染率が高くなる.
2) 4回目接種で,複数の変異株に対する抗体結合価と中和価が有意に上昇する.
3) 武漢株および変異株に対するベースラインのIgA値は,4回接種者の30日目の感染リスクと最も高い相関を示す.
4) 3回目接種後の抗体価が低い人は,4回目接種を受けても,症候性感染のリスクは高い.
medRxiv. July 17, 2022(doi.org/10.1101/2022.07.16.22277626)



◆neuro-PASCは感染6ヶ月後の評価で記憶障害と集中力低下が多く,振戦,運動失調,認知機能障害からなる症候群も存在する.
神経学的なCIVID-19後遺症(neuro-PASC)の特徴と経過を検討した研究が米国から報告された.2020年10月から2021年10月にかけて,感染後に神経症状を有する56名(女性69%,年齢50歳,29%は多発性硬化症などの神経疾患の既往あり)が登録され,うち27名が6ヶ月のフォローアップを完了した.感染の重症度は軽度(39.3%)または中等度(42.9%)が多かった.急性感染後の多い神経症状は,疲労(89.3%)と頭痛(80.4%)であった.6ヵ月後では,記憶障害(68.8%)と集中力低下(61.5%)が最も多くみられた(図2).6ヵ月後にneuro-PASCが消失したのは3分の1に過ぎなかったが,持続する症状は期間中に改善する傾向がみられた.モントリオール認知評価(MoCA)も6ヵ月後までには全体的に改善したが,26.3%の参加者のスコアは低下した.振戦,運動失調,認知機能障害からなる症候群(PASC-TAC)が7.1%の患者に認められた.
Ann Clin Transl Neurol. 2022 Jul;9(7):995-1010.(doi.org/10.1002/acn3.51578)



◆long COVIDの症状として脱毛と性機能障害も多い.
非入院感染患者(成人)におけるlong COVIDの症状と危険因子を検討した研究が,英国を拠点とするプライマリーケアデータベースを用いた後方視的コホート研究として報告された.感染が確認された成人48万6149人と,感染歴がない194万4580人が比較された.62の症状が12週間後の時点のlong COVID症状として認められた.最も大きな修正ハザード比(aHR),すなわち生じやすい症状は,嗅覚障害(6.49),脱毛(3.99),くしゃみ(2.77),射精障害(2.63),性欲低下(2.36)であった.危険因子には,女性,少数民族,社会経済的困窮,喫煙,肥満,さまざまな併存症が含まれていた.またリスクは,年齢が下がるにつれて増加した.
Nat Med. July 25, 2022.(doi.org/10.1038/s41591-022-01909-w)

◆嗅覚障害および味覚障害の回復の中央値は14.86日および12.37日である
COVID-19において嗅覚・味覚障害が持続する頻度,回復率,回復に関連する予後因子を明らかにすることを目的としたメタ解析が報告された.18件の研究(3699人の患者)が対象となった.持続性の自己報告による嗅覚障害および味覚障害は,それぞれ推定5.6%および4.4%の患者で生じていた.回復の中央値は嗅覚障害で14.86日,味覚障害で12.37日であった.嗅覚の回復は30日,60日,90日,180日の時点で,それぞれ74.1%,85.8%,90.0%および95.7%であった(図3).味覚の回復はそれぞれ78.8%,87.7%,90.3%,98.0%であった.女性は嗅覚障害(オッズ比0.52),味覚障害(0.31)とも男性より多く,機能障害が重症であること(0.48)や鼻閉が回復不良因子であった.
BMJ. 2022 Jul 27;378:e069503.(doi.org/10.1136/bmj-2021-069503)



◆SARS-CoV-2ウイルスは細胞膜ナノチューブを使って神経細胞間を拡散する
SARS-CoV-2ウイルスの感染の手段であるACE2は脳内で視床や脈絡叢を除きほとんど検出されない.このためどのようにして脳に到達し神経症状を引き起こすのかは不明である.フランス・パスツール研究所からの報告で,エンドサイトーシス経路による感染が生じないACE2を欠く神経細胞(SH-SY5Y細胞)と,ACE2を発現する上皮細胞(Vero E6細胞)を共培養すると,ACE2を欠くSH-SY5Y細胞にも感染しうることが分かった.細胞膜ナノチューブと呼ばれる細胞膜から突き出す長細い管を用いて,Vero E6細胞からウイルス粒子が拡散していた.細胞膜ナノチューブ内にはウイルスのタンパク質やRNA,さらにウイルスRNAを産生する二重膜小胞も確認された(図4).以上より,SARS-CoV-2ウイルスはACE2を持たない細胞には細胞膜ナノチューブを介した拡散により侵入することが示された.この現象はHIVなどの他のウイルスでも報告されている.実際にヒトの脳内でこの現象が生じているかは不明であるが,細胞膜ナノチューブの形成阻害が治療標的となる可能性がある.
Sci Adv. Jul 20, 2022(doi.org/10.1126/sciadv.abo017)





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