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Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文

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Holmes型小脳失調症の原因遺伝子が見つかる??

2007年01月07日 | 脊髄小脳変性症
 常染色体劣性遺伝性脊髄小脳変性の新たな原因遺伝子が報告された.この脊髄小脳変性症(SCD)はrecessive ataxia of Beauceと呼ばれていたものであるが,Beauceとはカナダ・ケベック州のボース地域を指す.ボース地域のFrench-Canadian家系に認められるSCDである.その臨床像は,発症は平均30.4歳(17―46歳)で,進行は緩徐,興味深いことに腱反射がbriskな症例が1/4ほど存在するものの,それ以外は小脳症状のみを示す(純粋小脳型).
 そして,今回明らかにされた原因遺伝子はChromosome 6q25に存在するSynaptic nuclear envelope protein 1 をコードする遺伝子(SYNE1)である.この遺伝子はかなり大きく,147 exonからなり,27652 kbのmRNA,8797アミノ酸をコードしている.遺伝子変異に関してはexonおよびintronにおいて複数発見され,premature terminationが生じさせるものが多い.Syne-1 proteinはspectrin domainを持つ巨大な蛋白で,小脳Purkinje細胞やオリーブ核ニューロンに高発現している.今回,この疾患はARCA1(autosomal recessive cerebellar ataxia 1)と名づけられたが,これまでに報告されている劣性遺伝性SCD(フリードライヒ失調症,ビタミンE欠乏症,ataxia telangiectasia,ARSACS,AOA1,AOA2)のなかで純粋小脳型のものは知られておらず,とても興味深い.

 さてこの論文を注意深く読むと,臨床症状をまとめた表の説明で,「Holmes型小脳失調症と似ている」こと,さらに「Holmes型小脳失調症は両親に異常を認めなかったことから,おそらく劣性遺伝性疾患であろう」と述べ,暗にこのARCA1の遺伝子の解明はHolmes型小脳失調症の遺伝子を解明したようなニュアンスを持たせている.Holmes型小脳失調症とは遺伝性小脳皮質萎縮症のことで,ほぼ純粋にPurkinje細胞が障害され,純粋な小脳失調症を呈する疾患であるが,いままでHolmes型というと,SCA6とか16q-ADCCAといった常染色体優性遺伝性のSCDを連想してきたので,Holmes型は常染色体劣性疾患であるという記載にはいささか驚いた.そこでHolmes型SCDの原著を確認してみることにした.

 論文タイトルは [A form of familial degeneration of the cerebellum] で,今からちょうど100年前の1907年に,ロンドンの国立神経病院のGordon Holmes(1876-1966;小脳機能の局在に関する古典的研究を行った英国神経学会の指導者の一人)が,病理変化が小脳皮質だけに限局した遺伝性小脳萎縮症の臨床及び病理所見を記載した論文である(長文・難解な論文だが,その所見の詳細な記載には驚く).さて問題の原著家系の記載についてであるが,確かに両親は70歳,89歳で亡くなるまで異常はなく,血族婚の記載はない.同胞は8人いて,うち4人が発症している.発症年齢は30代後半で,神経所見としては小脳失調が主体であるが,体格が小さく,外性器が未発達といった特徴がある.剖検所見は「小脳病変はまったく左右対称性.ほぼ正常に保たれている場所は小脳扁桃,虫部垂,虫部小節,中心小葉の一部のみ.小脳虫部および外側葉には非常に強い変性がみられる.病変は小脳に限られていた」と記載されている.原著により分かることは,同胞内の発症率が1/2と劣性疾患にしては高く,浸透率が高くない疾患と考えれば優性遺伝の可能性も出てくるし,確かに臨床病理学的に純粋小脳型であるものの,小柄な体格,外性器発達不良という特徴を認め,hypogonadismを伴う失調症(OMIM %212840)の可能性も存在する.実際,OMIMでCEREBELLAR ATAXIA AND HYPOGONADOTROPIC HYPOGONADISMの項を調べてみると,GORDON HOLMES syndromeを含む疾患概念との記載があり,Holmesの原著症例の原因がSYNE1遺伝子異常症と断定してしまってよいものか議論の余地があるように思われる.

 ひとつの原因遺伝子発見に関する論文をきっかけに,100年前の原著論文の記載を読み,そのきわめて綿密な臨床・病理の記載に度肝を抜かれた.また図書館で読んだその原著が載っているBrain誌のページが,おそらくかなりたくさんの先輩神経内科医により繰り返し繰り返し読まれ,ページがぼろぼろになっていたことには感銘を受けた.神経学の歴史とか,時間を越えても変わらない神経学への真摯さを目の当たりにしたという意味で,今回の論文はとてもワクワクしながら読むことができた.

Nat Genet 39; 80-85, 2007
Brain 30; 466-489, 1907
神経内科 1992; 37:499-512
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7 Comments

コメント日が  古い順  |   新しい順
神経細胞は再生するか (Vanguard)
2007-01-07 22:24:25
明けましておめでとうございます。

私は、名古屋大学で長期のオープン臨床試験に参加している、SBMA患者です。試験開始から、自身のADL改善の記録を継続しています。

現在、1000日を超える膨大なデータを編集中です。その編集過程の中で、どうしても消えない疑問が生じてきています。
現実の自身のデータを目の前にして生じる疑問について、患者として、日々考えております。

先生のご紹介いただいた神経学の論文を手掛かりとして今年も勉強していきたいと思います。

そこで、初歩的な疑問ですが、「神経細胞」は再生するのでしょうか?

例えば、「脊髄の前角細胞」や、下位ニューロンに係る末梢神経細胞は再生するのでしょうか?

「神経細胞は再生しない」とすると、現実の自分自身のデータが説明できなくなるのです。
いかがでしょうか。
返信する
Unknown (pkcdelta)
2007-01-08 06:41:24
明けましておめでとうございます.
「神経細胞」は再生することは知られていますが,運動ニューロン疾患の場合の運動ニューロンに関しては不勉強のためよく分かりません.詳しい方がいらっしゃったらコメントをください.
返信する
神経細胞は再生するか (Vanguard)
2007-01-08 11:07:34
有難うございます。神経学に関する知識はありませんので意味不明の質問をしたのかも知れません。

私が継続している、自身のADL改善の記録の存在は、名古屋大学の研究チームにお伝えはしていますが、先生方は、現在実施中の第Ⅲ相試験でかなりお忙しく、また、SBMAの「患者会」も現在はありません。

私の専門分野は国際会計です。つまり、現在、私はこの記録の編集を、バックアップが少ない状態で、専門分野外の作業を続けています。

この記録は、その日に自分が自覚したり、できなくなっていた、ある日常活動が、再度できるようになったことのみを、忠実に時系列でレコードしています。予想や、期待とは無縁です。

また、私は、自身の、遺伝子異常のリピート数や、この間のCK値・筋力検査等変化の数値を全く知りません。(事実です)
つまり、この記録は、ある意味、それらの情報バイアスが排除されたものです。(「情報バイアス」という用語もこのプログで最近知りました)

仮に、この記録の内容が、医学常識からはずれていたとしても、「筋萎縮症患者自身が自覚し、日々記録したもの」なのです。

このようなバックグラウンドの中で、投稿させていただいております。

実は、偶然が積み重なって、上記のような状況になりました。しかしながら、X線やラジウムの発見など、科学の発展には「偶然」が介在しています。しかし、その偶然をものにするには、「自らの努力」が必要なので勉強をしたいと思っています。
どうかよろしくお願いします。

(名古屋大学の研究チームの先生方には、手厚い支援を頂いておりますことを再度申し上げます)
返信する
神経細胞は再生するか (Vanguard)
2007-01-09 22:42:34
すみません。

ただ、神経内科学が、「人体のどの神経細胞が、再生し、あるいは、再生しないか」を見極めていないと、神経細胞の機能不全や、壊死を原因とする筋萎縮疾患の治療法は確立しないのではないのでしょうか。

「再生する」とすれば、神経細胞の機能不全や、壊死を引き起こす原因を除去する方法を採用する。
「再生しない」とすれば、機能不全や、壊死してしまった神経細胞の代わりの細胞・又はそれに代わるものを補う方法を採用する。

治療法の研究における最初の選択に関わることではないでしょうか。
返信する
あらま (なっち)
2007-09-10 17:15:26
今Senataxin の勉強してて、AOA2ってYahooで検索したらこのページにきちゃった。
なんだか不思議な気分。
ではでは
返信する
SCR6 (雨の競馬場)
2008-11-06 14:23:43
今年三月にアイソトープ検査で脊髄小脳変性症との事です。60歳まで健康でした。若い同病者の人達のお役にたつなら献体したいと思っていますが。
返信する
私の親は… (成美)
2009-07-13 00:39:26
専門知識は全くありません。ただ、私の親は異常がなく、いえ、父親は脳出血を患いました。現在、私は症状が→字が書けない、歩くのがふらつき、階段が怖い、つぎあし歩行ができない、たまに舌がもつれる、バランスがとれない…などです。少しでも進行を遅らせたいのですがどの病院へ行っても異常はないと言われ…確かに異常がでているのです。どうしたらいいのでしょいか。
返信する

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