3泊4日の短い札幌と函館への目的のはっきりした旅だったが、それでも旅には思いがけないことがおこる。函館で初雪を味わったのだ。
東京は晴れ渡っているが札幌は雨、道南の函館も雨という予報だった。午後1時半に着いた千歳空港には薄日が差していて、建築家上遠野徹さんの自邸に向う道の両側は、焦げ茶色の紅葉に彩られていて、時折現れる黄色の銀杏が鮮やかだ。思わず「いやいや!今年初めての紅葉だ」と運転をしている諸澤さんに向って溜息をついた。
2日前からの雨で庭の樹木が落葉してしまい、僕たちに見せたかったのにと上遠野さんが慨嘆されたが、ひとしきり紅葉談義になった。同席した北大の角教授が、北海道では赤くならなくて焦げ茶になってしまう、でも北大の黄色い銀杏並木の葉っぱは兼松さんがくる4日(11月)にはまだ残っていると思うよと述べる。厳しい自然と対峙している人たちは季節の移り変わりに敏感だがそれを慈しんでいる。
僕は札幌建築デザイン専門学校の学生の設計課題講評(といっても建築談義になる)のために北海道にきているのだ。もう5年(5度目)になるのだがその都度上遠野徹さんに会いたくて時間をつくって訪問している。
今回は「北の建築家上遠野徹」を論ずる本に一文を寄せる打ち合わせもあっての訪問でもある。
徹さん、ご子息の建築家克さんや角教授、それに諸澤さんを交えてひとしきり建築談義に花を咲かせた後、小樽へ向った。
プレスカフェでコーヒー(僕の定番は苦味のあるイタリアン)を楽しみながらターマス(マスターのこと・彼のペン?ネーム)や素敵な店長との再会を楽しむのだ。
今年の食事はオムレツ。くるんだ卵があまりにも美味いので特別な卵?と聞くと、イヤねそこら辺のコンビニの卵だけどクリームをちょっと入れるのですよとレシピを披露してくれた。
宿泊は札幌に戻り坂倉建築研究所の設計したパークホテル。外壁が神奈川県庁舎や改修される前の小田急線新宿駅に使われたダークブルーの窯変タイルだ。
今度の訪札(訪函!)のスケジュールを記してみる。
翌11月2日(月)は、2年生の設計課題の講評の後学生と一緒に、ハーフティンバーによる旧北海道知事公館を見学した後函館に向う。ロープウェイに乗って函館山に登り`まち`の夜景「溢れる光を見渡す」(リーフレットのうたい文句)。
その後ライトアップされた「函館ハリスト正教会」(重文)などの建築群の見学。一泊した2日目は午前中、旧弥生小学校や歴史的建造物で構成されたまちなみや港の金森倉庫群、それに的場中学校、ガーディナーやヴォーリズによる校舎や重文に指定された旧宣教師館の建つ遺愛学院を見て五稜郭へ。
午後から札幌経由で再度小樽プレスカフェへ。そして翌朝は8時に専門学校に行き3年生の設計課題の講評・建築談義を3時間。北大角研究室訪問の後千歳空港だ。
冒頭に初雪という思いがけない出来事に出会ったと書いたが、その初雪は札幌から南の函館に向う高速道路だった。函館市内の雪は山の天気のように視界がさえぎられるほど吹雪いたかと思うと薄日が洩れたりした。
いつも思うのだが北海道の雪は天から降らない。横からさらさらと吹き付けるのだ。
雪を味わいながら思い出すことがある。5年前の専門学校の講評は卒業設計公表を控えた2月だった。ハラハラと降る雪は軽く傘が要らないという僕にとっては強烈な初体験をした。そして学生を連れて上遠野邸を訪問した。
専門学校の学生にとっては上遠野さんは雲の上の人なのだ。北海道の建築家を東京の僕が案内をすることが不思議だったが、学生たちと僕の笑顔に囲まれて、なぜか緊張された上遠野さんがDOCOMOMO選定プレートを大事にもっている写真を思い出した。
大正13年(1924年)に函館に生まれたその時代の人の持つ律儀さと、「正しい道を歩め、列を乱すな」と述べる、例え学生ではあっても真摯に対話する上遠野さんらしい姿だ。引率の諸澤先生(先生と言わなくてはいけない)も少し引いてまじめな顔をして写っている。
五稜郭で、仕事をしているそのときの女子学生Mさんに声を掛けられた。
その一瞬とそこで交わした会話を僕は多分生涯忘れないと思う。
「先生!」と声を掛けられて諸澤さんが驚いた。僕も5年前のクラスの学生たちの姿が瞬時に浮かび上がった。
美しく大人になったその笑顔と品のいい言葉遣いに感銘を受けた。夕刻MOROさんと飲みながら、あのクラスは印象深く、とりわけMさんは優しくて優れた学生だったと懐かしんだ。僕はMさんの写真を撮り、僕とMさんが並んだ記念写真をMOROさんが撮ってくれたが公開できないのが残念だ。
実は思いがけない出来事と書いたのは、雪ではなく僕の講義をした学生が社会で息づいている姿に出会ったことなのだ。その間いろいろなことがあったかもしれないが、学んだ建築ではない職種であっても生き生きしている。ちなみにMさんは函館生まれのひとだ。
<写真:左・函館の五稜郭、右・札幌北大構内の銀杏並木>