日々・from an architect

歩き、撮り、読み、創り、聴き、飲み、食い、語り合い、考えたことを書き留めてみます。

残すべき建築はないのか?

2007-03-18 11:28:40 | 東京中央郵便局など(保存)

東京大学本郷キャンバスで2月17日、18日の二日間に渡って行ったJIA保存問題東京大会は、初日の午前に行ったキャンパスの見学会のあと、それぞれのテーマを上げて四つのセッションでパネルディスカッション(シンポジウム)を行った。
僕は初日の第2セッションで日本の第一線で活躍しているジャーナリストを招いた座談会のコーディネーターつまり聞き手として参加し、弥生講堂で行われた二日目の総括的な第4セッションではパネリストとして意見を述べた。

気になって思わず手を上げたくなったのは、若手の論客を招いて「保存と創造」と言うタイトルの第三セッションでのことだ。
招いたパネリストは、東北大助教授で評論家の五十嵐太郎さん、みかんぐみの建築家加茂紀和子さん、建築家手塚貴晴さん、それにJIA保存問題委員でポルトガルの大学の研究生として、歴史的建造物の調査などの経験を持つ倉澤智さんで、副委員長の金山真人さんが進行役を担った。

問題は手塚さんの発言だ。
手塚さんはイギリスの著名な建築家、ロジャースの事務所に学んだ後現在は武蔵工大で教鞭を取る傍ら、住宅を中心とした新鮮な作品を発表し続けている人気作家である。手塚夫人の由比さんの父親は僕の大学時代の同級生で、親交深い建築家だ。

彼は日本の都市についてのこういう言い方からスタートした。
成田について車窓から街並みを見ると愕然とする。「美しくない」。
これはヨーロッパやアメリカから帰ってきた人がよく口にするコトバなのでさして気にすることもないが、それはつまり日本には残すべき良い建築はないということになるようで、99パーセントは壊さなくてはいけないと言うのだ。僕はその論旨におやっと思った。司会から疑問を呈されると、いや96パーセントかと笑ったが、残したい建築なんて!とつぶやくように思い巡らせる姿に驚いた。本当に思い浮かばないようなのだ。

更に手塚さんは、イギリスに例を取り、都市のありうるべき姿、街並みを構成する建築(住宅)は隣家と接して連なっているべきで、お互いに中庭を持ちそこへ降り注ぐ光を享受しなくてはいけないと言う。
聞きながら町屋の姿を思い浮かべ、それは確かになかなか魅力的だが、手塚さんの良き都市のイメージはそうなのだろうか、それが都市のダイヤグラムだと言いたいようだがと首をひねった。
日本の住宅は前庭を持ったり隣棟間に無秩序に植樹がされたりして町並みを構成していない。日本の都市のダイヤグラムは崩壊している。都市の建物群を解体してこれから僕たち(の世代)が都市を組み立て直さなくてはいけない、と言うのだ。

嘗て僕の後に委員長を担った委員会OBの篠田さんが会場から「問題提起として意識的に過激な発言をしたと解釈するが、どの建築にも残す意味があると思う」とやんわり反論すると、すかさず、「篠田さんの発言も恣意的に発言したのでしょうと返したい」となにやら禅問答気味に言葉を返した。そして良い建築を造ることが建築家の仕事だと述べた。
それはそうだ、それが大切なのだと参加したパネリストは頷いたし、勿論僕だってそう思う。でも前段の論考を聞いた後だと何だか開き直った言い方のようにも聞こえてくる。

僕が恐いと思ったのは、それを題目に壊してつくることが容認されることだ。それこそ都市を壊し続けてきた『スクラップ・アンド・ビルド』と言う考え方ではないか。
建築家に、建築に対する生活者の想いやそこに宿った人の記憶を壊す権利があるとでも言うのだろうか。そして悩み試行錯誤しながらも日本の建築文化を築いてきた先達の培ってきた物語に思いを馳せなくても良いのだろうか。
まあもしかしたら、それくらいの元気がないと今の日本では建築がつくれないのかもしれないなどと、ふと思ったりもしたが、若い世代に僕たちの建築に対する想いを託して良いのかと胸が騒ぎ出す。

会場から手を上げた元JIA会長の大宇根さんが「ではあなたのつくった建築は30年後も建っていると思うか?」と問うと、それはカーサブルータスに聞いてくださいとはぐらかした。手塚さんのつくる建築は若き世代に影響を与えているカーサブルータス誌でも人気があるからなのだろう。
述べてきたことがこの日の手塚さんの発言の全てではないが、論旨はほぼ一貫していた。
こういう論旨を述べる建築家が若者を指導しているのだ。

加茂さんが、私も成田に降り街並みを見ると日本は問題が多いと感じるが、すぐに街に同化し良いところが見えてきてホッとすると述べた。こういう素敵な若い建築家もいる。

五十嵐さんが、日本橋の上を走る高速道路問題を取り上げ、仮に高速道路を壊したとしたらその後の街づくりを関係者は本当に真剣に考えているのかと言う問いも重い。
五十嵐さんは、NHKの「視点・論点」と言う番組でこの問題を取り上げ、日本橋の上を走る高速道路も見方によっては魅力的な都市景観を構成し、川の上の交差する箇所などなかなか美しい。これを壊すことはいわゆるスクラップ・アンド・ビルドと言うことなのではないのかと問うた。偶然に見たこの番組での言葉の持つ意味も考えなくてはいけない。

僕の第四セッションでの発言は、PPで映したこういう言葉で始めた。
「美しいと言う言葉の危うさ」