田舎住まい

吸血鬼テーマーの怪奇伝記小説を書いています。

超短編 23 パノラマ  麻屋与志夫

2012-10-24 16:36:45 | 超短編小説
23 パノラマ

暗いネガティブな闇だった。
下降するぬかるんだ急な坂だった。
停車場坂といった。
駅に着けば出発できる。
どこへ? 
むろん、めざすはトウキョウだった。
あらゆるシガラミをすてて故郷を離れたかった。
闇はこころのなかにあった。
どうせこのまま街にのこってもいいことはない。
彼は長年生きてきた街を、すきにはなれないでいた。

急坂をのぼる気力だけはのこっていた。
わずかな、仄の明かりのような希望。
東の空が明るんできた。
日光線鹿沼駅。
始発に乗る。
宇都宮で東北線にのりかえて、こんな街とはおさらばだ。

明けきらぬ黎明の道を彼女が黒川の向こう岸から近寄ってくる。
彼女の不意の出現に彼はあわてた。
彼女が追いかけてくるとはおもってもみなかった。
彼女は街の東側の『晃望台』に住んでいた。
富裕層の高級住宅街だった。

彼女はむじゃきに手をひらひらさせている。

「こなくていい。ぼくがそちらへいくから。橋をわたらなくていいよ。くるな。ぼくがいく」

べつに橋に危険があるわけではなかった。
でも、彼女をこちら側にこさせることが、憚られたのだ。
彼女がなにかいっている。
ぼくの声は、彼女にとどいているはずだ。
彼女はフラノのチェックのスカートをはいていた。
ベルトの留め金が金色に光っていた。
彼女のベルトのバックルのしたにぼくらの赤ちゃんがいるのを、
そのときまで、ぼくはしらされていなかった。
胎児が母とともに、ぼくに近寄ってきた。

「くるな」

彼女はすでに橋の中央までさしかかっていた。
ぼくの声がようやくきこえた。
それがクセのうなじをかしげている。
こちらをみている。
たちどまった。

「くるな。ぼくはひとりで上京する。いかせてくれ」
「わたてしもいくわ」

そこで、記憶がとぎれる。ストーンと落下したのは病室だった。

彼女のとなりに赤ちゃんが寝ていた。
まさに天使の寝顔だった。
すやすやと寝息をたてていた。
ベルトを質入れして作った金で支払いを済ませた。
純金のバックルつきのベルにたすけられた。
彼はしあわせだった。
守るべきものが二人になった。
「どう、かわいいていでし。わたしたちの赤ちゃんよ」


「おじいちゃん。すごくたのしそうにほほ笑んでいたわ。どんな夢をみていたのかしら」

ベットの老人はいままさに息をひきとったところだった。
「おかあさん。さびしくなるわね」
娘のほかに息子。孫たち。
大勢の親族が集まっていた。
老婆はそれがクセだった。

くびをかしげ、遠くに視線をむけていた。



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