田舎住まい

吸血鬼テーマーの怪奇伝記小説を書いています。

超短編 22 「でるな」 telephonephobia

2012-10-23 10:48:21 | 超短編小説
「でるな! 」☎恐怖症 telephonephobia

テレフォンがケタタマシク鳴った。
どうせ、勧誘電話だろう。
でもいつもちがったひびきだ。
過去のいやな記憶をよみがえらせるような音。
カゲキだ。
電子音ではない。
存続が危ぶまれている国立博物館ならあるかもしれない。
壁付け式の古い電話機。
正面にベルが二個、両眼のようについている。
それがたたかれる。
振動音だ。
ベルの音と眼でにらまれているようでこころがふるえた。
21世紀だ。
そんなベルを叩くような音のする電話機があるわけがない。

「でるな! 」

彼は妻に叫んだ。
だが遅かった。
彼女は頭を軽くかしげた。
髪をかきあげるような若やいだ動きをみせた。
とりあげた。
耳にあてた。
受話器からは――。

妻の顔が恐怖にひきつった。
真っ青だ。
受話器を耳にあてた姿勢で金縛りになっている。

……ことばにならない言葉。
呪いの声が彼の耳元までひびいてきた。
彼は必死で妻のもとへ走った。
後ろでいままで彼がすわっていた椅子がたおれた。
机の上の原稿用紙が虚空に舞いあがった。
そんなバカな。
いまどき、万年筆で原稿を紙に書いていたわけがない。
paperlessの時代だぞ。
郵便局に速達で原稿を送りにいくこともない。
ポンとkeyをたたくだけですむ。

彼女の目が光っている。
真っ赤な両眼が彼をにらんでいる。
そこにいるのは、愛する妻ではなかった。
man in black だった。
ソンナ。
バカな。
黒服の男だった。
真紅の目をした不吉な男だった。

「おまえは、呪われる。呪われる」

いままでもなんども聞こえてきた声だ。
遠い記憶の果てから聴こえてくる禍々しい声。
幾重にも重なり合った記憶の底のほうからある光景が浮かびあがってきた。

「見ないで!! 」
上のほうで母の声がする。
ふりむこうとするのを金切声でとどめている。
病院のフロントだった。
彼の顔は母の胸にだきしめられていた。
だが、そのほんの一瞬に、彼はみてしまった。
黒服の男が担架の脇につきそっているのを。
にやにや満足そうに笑いながら瀕死の怪我人のそばに。
へばりついているのを見てしまった。
担架とともに、廊下を移動していくのを見てしまった。

「見たな。おまえには見えたのだな。そのうち、また会いにくるからな……」

非日常的に暗い。
遠近法を無視している
先にいくほど極端に狭くなっている廊下。
男と担架は遠ざかっていった。

「わたしたちには、見てはいけない死神が見えてしまうの。聞いてはいけない死神の声が聞こえてしまうの。だから呪われるの」

悲しい母の声がする。

「めだたないように……静かな生き方をしてね。見つかると……」

母の声そこでとぎれてしまう。
 
妻が受話器をもったまま動かない。
動けないのだ。
不動の姿勢。
いつになったら金縛りはとけるのだろうか。

「収穫だ。収穫だ」

受話器をもった妻の口から死神の陰気な声がする。

だから、でるな、といったのだ。電話はきらいだ。




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コメント (2)
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