田舎住まい

吸血鬼テーマーの怪奇伝記小説を書いています。

超短編 16 「鹿沼ぶっつけ秋祭り」 麻屋与志夫

2012-10-06 02:18:15 | 超短編小説
16 「鹿沼ぶっつけ秋祭り」

勇壮な鹿沼囃子の音色だ。
夕暮れの街にひびいていた。
神田明神の影響をうけているという。
ボコチャカ、ボコチャカ、ボコチャカ。
人呼んで。
バカ囃。
この場合、バカ、というのは愛敬をあらわしているのだ。

明日からいよいよ「鹿沼ぶっつけ秋祭り」だ。
いまは、宵祭り。
秀行はひさしぶりだった。
一年にいちどしかない。
故郷鹿沼への帰還。

なつかしいお囃子の音色に耳をかたむけた。
明日の本祭りのために。
練習しているのだ。
一年間。
鍛練した成果を町内ごとに競い合う。
明日こそは。
と。
お囃子衆は。
全身汗だくで。
太鼓をたたき。
笛を吹き。
カネをたたく。

街の駅「鹿沼宿」の木製のパークベンチに座っていた。
昨年はまだ、この広場は、できあがっていなかった、
秀行がすわって鹿沼のひとびとを見ているに。
だれも注目してくれない。
路傍の石を見るような眼差しでもいいのに。
祭りの準備にいそがしい。
ひとびとは、あわただしく彼の前を通り過ぎていく。

明日からは屋台が街中にくりだす。
その熱気は昔とすこしもかわりがない。
国指定重要無形民俗文化財になってからは。
屋台を引く熱情はむかしより盛んだ。
若い衆が木組みの仮門に提灯をともす予行練習をしている。
明日になれば、いよいよ街中が夜の更けるまで提灯の明かりだけになる。
若い男女が浴衣を着る。
『祭』
とか。
『囃』と染め抜いたかわいらしい半纏。
で。
つれだって屋台を見て歩く。
祭りの夜が初デイト。
そうした思い出ををもちつづけた。
子どもずれ。
親子代々うけつがれていくたのしいお祭りへの想い。
夜店でアイスクリームを買ってたべるだろう。
明日になれば……。

秀行はベンチから立ちあがった。
街の駅の広場を今宮神社のほうに歩く。
天然かき氷。日光製氷所製。
旗看板がはためいていた。

ここは「木村屋パン店」のあったところだ。
その横の路地に誘われた。
いくら探しても、見つからなかった。
あの、旗看板がでていたおかげた。
(ぼくが、帰っていくべき場所)
秀行が住んでいた場所だ。
どうして、いままで、みつからなかったのだ。

夕空が群青色に変わっていく。
このさきに恩師石島先生のお住まいがあった。
そして、そのさらに先にセンパイの恩田さんの家が石垣の塀の中に在った。
そして小藪川のせせらぎの音が聞こえる。
この辺だけは区画整理を免れている。
庭に白の秋明菊や赤い彼岸花がひっそりと咲いている。

(思い出した。ここがぼくの帰ってくるべき場所だ)

家々では夕餉の支度をしている。
食器類を食卓にならべる音。
ご飯の炊きあがったにおい。
みそ汁や納豆、煮魚のにおいまでしてくる。
なつかしい、家庭の団欒。

明日をまちきれず。
浴衣で庭先や路地を歩きまわる少女。
昭和初期にタイムスリップしたような裏路地。
ここだけは、昔のままかわっていない。
よかった。
なつかしい。

ほかの通りは、すっかりわってしまった。
昔の面影はのこっていない。
さびしい。
だれもこちらをみてくれない。
だれの注視もうけない。
さびしいな。
秀行は薄暗くなった路地をただよっていた。
泣き出したい。
いやほんとに泣いていた。
冷たい涙がほほを伝っていた。
(ここが……ここで、ぼくは死んでいた)

でも、彼はしらなかった。
セピア色に変わった写真を手にした老婆が。
つぶやいていることを。

「どうして、秀ちゃん交通事故なんかで死んじまったのよ。あれから何年、わたしは祭り囃をひとりで聞いたのかね」

祭りの日。
交通規制がひかれた。
そのためだった。
めったに車の通らない裏路地を車が驀進してきた。
はじめての出会い(デート)に胸をときめかせていた。
注意が散漫になっていた秀行は――明日になれば。
死をむかえることになっていた。

   

   



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