バラの香りにいやされて
ぼくは匂いにすごく敏感だ。
嗅覚過敏といってもいい。
そのぼくの、このところの悩みは、玄関をでると隣家の一階から『お焦げ』のニオイがすることだ。
すごく焦げ臭いにおだ。
小さな換気扇からにおいはただよってくる。
換気扇のまわりの壁には黒い油脂がこびりついている。
銀蠅が群れをなしてうるさくとんでいた。
火事にでもなったらたいへんだ。
ぼくは三階建の隣家をみあげる。
隣家の玄関はこの一階にはない。
道路に面した三階にある。
だから、道路をあるくひとにはこのニオイはとどかないのだ。
ぼくはこの焦げ臭いニオイに、異常にこだわる。
学校のカウンセラーのせいせいにいわせれば、精神的なものらしい。
ぼくは小学校のときに母に死なれている。
それも目の前に母が三階から落ちてきたのだ。
父の遺影をしっかりと胸にだいていた。
きゅうに、こんなふうに語りだされてもとまどってしまうでしょうね。
すこし説明します。
わたしの住む街は舟形盆地にある。
したがって、斜面に建っている家が多い。
道路に面した玄関が三階だったりする家がある。
隣の家がそうだ。
吉野地方にそうした家があることから『吉野建て』というらしいですね。
ぼくの近所には、そういった家が立ち並んでいる。
父はぼくがまだ小さなときに交通事故で死んでしまっていた。
だからぼくは、母が焼失するのを必死で守った、たった一枚の写真でしか父の面影をしらない。
あの火事のとき「お父さんの写真とってくる」
とぼくを下の庭にのこして三階にかけもどった母。
煙に巻かれて三階の窓から転落死した母。
あのときからぼくは火事のにおい。
ものの焼け焦げるにおいになやまされている。
運動部にもはいれない。
だって、汗のにおいがコゲクサク感じられる。
吐き気がしてしまうのだ。
というわけで、嗅覚過敏症のぼくは隣家からにおってくるお焦げのにおいに恐怖すらかんじている。
もし……ぼくが学校からもどったときに、辺一地帯が焼け野が原になっていたらどうしよう。
どうしょう。
もう……こうなると病気ですよね。
相手にされないとはおもったが、ぼくは学校の帰りに、交番によってみた。
ぼくの心配をお巡りさんにはなしてみた。
親切なおまわりさんは、ぼくのいうことに耳を傾けれてくれた。
耳をかたむけただけではなく、ぼくについてきてくれた。
「これは焦げくさいにおいじやないぞ。腐臭だ。ものの腐ったにおいだ」
隣のオバサンはたすかった。
老人夫婦だった。
オジサンの腐乱死体のかたわらで添い寝して、オバサンはまだ虫の息で……死なずにいた。
女の人の愛の深さってすごいなとおもった。
くさくて、ぼくだったら逃げだしていたろう。
衰弱死した夫の傍らでオバサンは生きていたのだ。
ぼくは母のことをおもいだしていた。
いつも父の遺影にはなしかけていた母。
そしてバラの花をまいにち仏前に供えていた母。
「バラの花は仏前にそなえてはいけない」
と、いうひともいるのよ、とつぶやいていた母。
おもうに母も父も匂いには敏感だったのではないだろうか。
それとも、バラの花に特別なふたりだけのおもいでがあったのかもしれない。
ぼくは、母の残してくれたプチバラ園のアイスパークやゴールド・バニーにジョウロで水をやっていた。
隣の家からは焦げくさいにおいはしていない。
いや、ぼくの嗅覚はバラの匂いでみたされている。
ふりかえると、そこからもバラの匂いがしていた。
「救急車がタカシクンの家のほうにいったっていうから。心配で……」
バラの匂いがする。クラスメイトの女の子がいる。
お焦げの臭いはしなくなった。
アイスバーグ
ゴールドバニー
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ぼくは匂いにすごく敏感だ。
嗅覚過敏といってもいい。
そのぼくの、このところの悩みは、玄関をでると隣家の一階から『お焦げ』のニオイがすることだ。
すごく焦げ臭いにおだ。
小さな換気扇からにおいはただよってくる。
換気扇のまわりの壁には黒い油脂がこびりついている。
銀蠅が群れをなしてうるさくとんでいた。
火事にでもなったらたいへんだ。
ぼくは三階建の隣家をみあげる。
隣家の玄関はこの一階にはない。
道路に面した三階にある。
だから、道路をあるくひとにはこのニオイはとどかないのだ。
ぼくはこの焦げ臭いニオイに、異常にこだわる。
学校のカウンセラーのせいせいにいわせれば、精神的なものらしい。
ぼくは小学校のときに母に死なれている。
それも目の前に母が三階から落ちてきたのだ。
父の遺影をしっかりと胸にだいていた。
きゅうに、こんなふうに語りだされてもとまどってしまうでしょうね。
すこし説明します。
わたしの住む街は舟形盆地にある。
したがって、斜面に建っている家が多い。
道路に面した玄関が三階だったりする家がある。
隣の家がそうだ。
吉野地方にそうした家があることから『吉野建て』というらしいですね。
ぼくの近所には、そういった家が立ち並んでいる。
父はぼくがまだ小さなときに交通事故で死んでしまっていた。
だからぼくは、母が焼失するのを必死で守った、たった一枚の写真でしか父の面影をしらない。
あの火事のとき「お父さんの写真とってくる」
とぼくを下の庭にのこして三階にかけもどった母。
煙に巻かれて三階の窓から転落死した母。
あのときからぼくは火事のにおい。
ものの焼け焦げるにおいになやまされている。
運動部にもはいれない。
だって、汗のにおいがコゲクサク感じられる。
吐き気がしてしまうのだ。
というわけで、嗅覚過敏症のぼくは隣家からにおってくるお焦げのにおいに恐怖すらかんじている。
もし……ぼくが学校からもどったときに、辺一地帯が焼け野が原になっていたらどうしよう。
どうしょう。
もう……こうなると病気ですよね。
相手にされないとはおもったが、ぼくは学校の帰りに、交番によってみた。
ぼくの心配をお巡りさんにはなしてみた。
親切なおまわりさんは、ぼくのいうことに耳を傾けれてくれた。
耳をかたむけただけではなく、ぼくについてきてくれた。
「これは焦げくさいにおいじやないぞ。腐臭だ。ものの腐ったにおいだ」
隣のオバサンはたすかった。
老人夫婦だった。
オジサンの腐乱死体のかたわらで添い寝して、オバサンはまだ虫の息で……死なずにいた。
女の人の愛の深さってすごいなとおもった。
くさくて、ぼくだったら逃げだしていたろう。
衰弱死した夫の傍らでオバサンは生きていたのだ。
ぼくは母のことをおもいだしていた。
いつも父の遺影にはなしかけていた母。
そしてバラの花をまいにち仏前に供えていた母。
「バラの花は仏前にそなえてはいけない」
と、いうひともいるのよ、とつぶやいていた母。
おもうに母も父も匂いには敏感だったのではないだろうか。
それとも、バラの花に特別なふたりだけのおもいでがあったのかもしれない。
ぼくは、母の残してくれたプチバラ園のアイスパークやゴールド・バニーにジョウロで水をやっていた。
隣の家からは焦げくさいにおいはしていない。
いや、ぼくの嗅覚はバラの匂いでみたされている。
ふりかえると、そこからもバラの匂いがしていた。
「救急車がタカシクンの家のほうにいったっていうから。心配で……」
バラの匂いがする。クラスメイトの女の子がいる。
お焦げの臭いはしなくなった。
アイスバーグ
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