本日は、反日左翼の憲法学者たちが崇拝してやまない、「日本国憲法」の基となった「東京裁判」について、息子たちに伝えたいと思います。
「軍国主義の日本は、無謀な戦争で他国を侵略し、世界の平和を乱した憎むべき犯罪国家だ。」と、戦前の日本を断罪したのは「東京裁判」です。国民を不幸にした軍国主義を根絶やしにするため作られたのが、「日本国憲法」だったという経緯については、これまで述べてきました。
今回は、米国人がする「東京裁判」への、別の見方を紹介します。これから読もうとしている、芦部信喜氏の著『憲法・新版』に関する予備知識でもあります。氏は「日本国憲法」を信仰している東大教授で、反日変節学者・宮沢俊義氏の流れを汲む人物です。
日本の権威とされている憲法学者たちの間違いを、息子たちが知るには、「東京裁判」を批判する米国人の意見が、大切な役割をすると考えます。ネットで調べれば他にもありますが、今回は二人の人物、チャールズ・ウイロビー少将とジョージ・ケナン氏を紹介します。
マッカーサー元帥統治下のGHQで、辣腕を振るった二人の軍人高官がいたことは、多くの人が知っています。ウイロビー少将と、ホイットニー准将です。
ホイットニー准将は、ケーディス大佐とともに、日本共産党幹部の釈放や、組合活動の奨励をし、日本国憲法の作成を指導したことで有名です。それ以外に、皇室の崩壊を図るため、「11宮家の皇籍離脱」にも関与しています。芦田総理を動かし、皇室弱体化のため、宮内庁長官や次官、侍従長、女官長などに、キリスト教徒の送り込みもしています。上皇陛下の教育係だった、バイニング女史もそうです。
以前NHKが報道した『昭和天皇拝謁記』を、密かに記録していた宮内庁長官の田島氏が、キリスト教の信者だったことは既にブログで報告しましたが、ホイットニー准将は、数え上げればキリがないほど、日本の解体に尽力しています。
日本ではあまり語られませんが、一方のウイロビー少将は、G2と呼ばれた参謀第2部の部長でした。諜報、保安、検閲を管轄し、共産党嫌いの彼は、ホイットニー准将とケーディス大佐を敵視し、対立していました。対立の激しさから、当時「G1・G2戦争」とも呼ばれていたと、聞いています。
そのウイロビー少将が、東京裁判が終わった後、帰国の挨拶に来たオランダのレーリンク判事に語った言葉が、レーリンク氏の著書に残されています。
〈 1. ウイロビー少将の意見 〉
「この裁判は、史上最悪の偽善だった。」「こんな裁判が行われたので、自分は、息子には軍人になることを禁止するつもりだ。」
「なぜ不信をもったかと言うと、日本がおかれていた状況と、同じ状況に置かれたなら、」「アメリカも日本と同様に、戦争したに違いないと思うからだ」
今一人のジョージ・ケナン氏は、米国の外交官、政治学者、歴史家で、ソ連の封じ込めを柱とする、アメリカの冷戦政策を計画したことで知られています。
〈 2. ケナン氏の意見 〉
「この裁判には、法手続きの基盤になるような法律は、どこにもない。」「戦時中に、捕虜や非戦闘員に対する虐待を禁止する、人道的な法はあるが、」「公僕として、個人が国家のためにする仕事について、国際的な犯罪はない。」「国家自身は、その政策に責任があり、戦争の勝ち負けが、国家への裁判である。」
「戦勝国が、敗戦国を制裁する権利がないというわけではないが、」「そういう制裁は、戦争行為の一部としてなされるべきであり、正義とは関係がない。」「またそういう制裁を、いかさまな法手続きで装飾するべきではない。」
「この裁判は、国際司法の極致として賞賛されているが、」「そもそもの最初から、大きな考え違いがあり、」「敵の指導者の処罰は、不必要に手の込んだ司法手続きのまやかしや、」「ペテンにおおわれ、その本質がごまかされており、」「東京裁判は、政治裁判であって、法ではない。」
ただケナン氏の意見は、日本を理解する立場で述べられたものでなく、強い敵意から発せられており、次に続く言葉は怒りを誘います。
「余計な手続きをせず、処罰を決めたのなら、」「有無を言わせず、処刑してしまえば良かったのだ。」
ケナン氏の発言を知ってか知らずか、戦後の日本では、著名な氏を賞賛する、保守系の政治家や評論家たちがいますが、情けない話です。中国へ靡き、米国にへつらい、保守も左翼も戦後の日本には、愛国心を失った人間が横行しています。私がケナン氏の言葉を紹介するのは、氏が、米国政府の政策を指導した高名な学者だからではありません。
腹立たしいまでの傲慢さですが、「東京裁判」への指摘は核心をついていると、思うからです。
「東京裁判は、政治裁判であって、法ではない。」
息子たちだけでなく、変節漢だった宮沢氏にも、その後継者の芦部氏にも、日本学術会議に所属する左翼学者たちにも、ケナン氏の言葉を送り届けたいと思います。
昭和天皇の「憲法」へのお考えは、説明するスペースがなくなりました。陛下につきましては、項を改めて述べるのが礼に叶います。予定が少し変わりますが、次回が最終回となります。