ねこ庭の独り言

ちいさな猫庭で、風にそよぐ雑草の繰り言

予定変更 ( 日本国憲法)

2021-08-09 18:26:17 | 徒然の記

 8月2日の千葉日報に、共同通信社が「憲法発布直後の芦部論発見」と言う記事を配信しました。発見された論文の写真を入れた、5段組の大きな記事です。書き出しの12行を転記します。

 「戦後日本を代表する憲法学の権威で、多くの大学で教科書として使われる、」「『憲法』(岩波書店) の著者、故芦部信喜東大名誉教授が、日本国憲法発布直後の1946年11月15日、」「23才で書いた論考の存在が、今年6月明らかになった。」

 憲法学の権威は、宮沢俊義教授しか知らない私なので、そんな名前の教授がいたのかと思いました。憲法改正が語られている今、共同通信社はなぜこのような記事を全国に配信するのか。

 論考が発見されたのは、芦部氏の出身地長野にある土蔵からだと言います。氏の自宅でなく、どうやら氏が発行していた『伊那春秋』の読者の蔵の中だったようです。ガリ版刷りの小冊子に「新憲法とわれらの覚悟」と言う題で書かれています。

 「新憲法ができても、国民自身が主体となる意識を持たなければ、国は変わらず、」「権力に支配されない主体である自覚を持つことが重要だ。」

 これを読んだ専門家が、「現代への問いかけにもなっている」と話している・・と言うのが、記事の書き出し部分です。

 東大入学直後に学徒動員された氏が、敗戦後に自宅へ戻った昭和46年に書いた論考だそうです。個人の自由と権利を主張する23才の氏が、マルキストだったのかリベラリストだったのか、私には分かりません。

 大学者だったとしても、23才の学生時の、しかも発布されたばかりの憲法への意見を、なぜここまで持ち上げのるかと、不思議でなりません。「日本国憲法」が、戦後の日本を歪なものにした元凶と考えている私にすれば、共同通信社の記事自体が、不快感を覚えさせます。

 「論考の冒頭で芦部氏は、個人の自由・権利よりも、」「権力を持つものに従うという封建的心情を、国民自らが改める必要性を述べた上で、」「封建時代から継承された、他力本願的な気持ちを清算できないなら、」「明治憲法に比べ、飛躍的に近代的な内容を持つ新憲法を、」「時の経過とともに、空文に葬り去ってしまうと、指摘している。」

 マッカーサーにより強要された現行憲法が、当時の学生にどのように受け止められていたかを知る、参考資料にはなりますが、75年経ち、国際情勢が変化した今になって、共同通信社は何を考え芦部氏の論考を評価するのでしょう。

 特に憲法九条は、日本人の精神を崩壊させた元凶ですから、学徒兵帰りで、反軍思想の学生の意見をここまで誉められると、時代錯誤の印象を受けます。長いので記事の途中を省略し、最後の叙述を紹介します。氏の教え子で、北海道大学で憲法学を教えている高見勝利名誉教授の談話です。

 「新憲法を受けて、先生が一国民として、どういった自覚が必要なのか、」「自分を納得させる、覚悟のようなものだったのではないか。」「芦部憲法学の、原点とも言える。」

 「日本だけが間違った戦争をした」「日本だけが悪かった」と述べ、国を守る軍隊を否定したのが現行憲法です。敗戦直後の混乱した時代には、美しい言葉で書かれた憲法に、魅了された国民が少なからずいたのは事実だと思います。しかし75年が経過し、さまざまな矛盾と、国論を二分する不幸の種となっている憲法は、その役目を終えました。

 菅総理は、「憲法改正」の旗を掲げた安倍氏の後継と公言しながら、ほとんどこれについて言及していません。「武漢コロナ」への対応と、オリンピックの開催について、マスコミに批判ばかりされているせいもあったと思いますが、本当に自民党の総理なのかと、私は首を傾げています。

 スクラップ帳を見ますと、7月27日の切り抜きがありました。共同通信社の配信記事で、「首相、コロナ収束後に」「憲法改正、挑戦したい」と言う見出しがついています。月刊誌の記者にインタビューされ、答えたものです。

 「新型コロナウイルスに打ち勝った後、国民的な議論と理解が深まるよう、」「環境を整備し、しっかり挑戦したい。」

 国民的議論などと言う前に、改正に反対する公明党と党内で邪魔する議員の掃除が先でないのかと、菅氏の本気度の無さに怒りを感じます。

  総理に就任した時、菅氏は反日左翼の筆頭である共同通信社から、首相補佐官として前論説副委員長の柿崎明二氏を起用しました。共同通信社への働きかけの一環かと、期待するところもありましたが、こうしてみますと、逆に取り込まれているようで、自民党への信頼が、さらにダウンします。

 本棚を見て、驚きました。なんと芦部信喜教授の著書、『憲法』(岩波書店) が、未読の書の中にありました。本をめくりますと、55ページに次のような叙述がありました。

 「憲法成立の経緯には、アメリカを中心とする連合国側の動きもあるが、」「当時の幣原首相の平和主義思想が、マッカーサー・ノートの一つのきっかけとなっていたと考えられる。」

 「幣原首相はマッカーサ元帥を訪問し、戦争放棄という考えを示唆したとも、伝えられている。」

 ずっと以前から、『宰相 幣原喜重郎 最後のご奉公』という未読の書があります。重要視する人物と思わなかったため、そのままにしていましたが、こうなりますと話は別です。ざっと目を通しますと、憲法改正時の事情が詳しく書かれていました。

 ということで、私の読書計画予定が、大きく変わります。『近代の戦争』〈全8 巻〉を読むことにし、一巻目の「日清戦争」を手にしていましたが、中断します。

  1.  塩田潮氏著『宰相 幣原喜重郎 最後のご奉公』( 平成4年刊  文芸春秋社 )

    2.  芦部信喜氏著『憲法・新版』( 平成11年刊  岩波書店 ) 

 真剣さが見られない菅総理と、日本を取り戻す気概のない自民党内の媚中、媚韓議員諸氏の顔を思い浮かべながら、本日から「温故知新」の学徒に戻ります。台風が近づいているのか、通過しているのか、激しい風が「ねこ庭」で吹き荒れています。まるで私の心のようです。

コメント (4)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする