■私の無伴奏チェロ組曲3番が完全初演、「ペレアスとメリザンド」スゼーの名演■
~ KAWAI 金沢アナリーゼ講座「月光ソナタ」~
2016.1.18 中村洋子
★ Wolfgang Boettcher ヴォルフガング・ベッチャー先生から、
クリスマスやお正月に、何度もお手紙をいただきました。
ベルリンの暖冬は大変なもので、お孫さんがクリスマスに、
川で水浴びをしてはしゃいでいたと、書かれていました。
しかし、それもいよいよ終わり、
日本もいよいよ厳しい冬に入ってきました。
★Boettcher ベッチャー先生が、3月21日に、
ドイツの Wittenヴィッテンで、
私の「Suite für Violoncello solo Nr.3
無伴奏チェロ組曲 第3番」を、弾いてくださることになったそうです。
★この曲は、技巧的に大変難しく、
これまで、先生は何度か、いくつかの楽章を弾いてくださいましたが、
全曲を通しての演奏は、今回が初めてとなります。
その意味で、本当の「premiere 初演」ということになります。
★「いま、練習を重ねている」と書かれていましたので、
これから二ヶ月の間、練習を積み重ね、
気力、技術、自信が頂点に達した時に演奏となるよう、
入念に準備されています。
その努力に頭が下がる思いです。
「übent und übent、practice and practice 練習また練習」と、
いつもおっしゃっていたことを、思い起こしました。
★「3月21日は、Bachの誕生日だよ」とも、書かれていました。
もちろん、私も承知していますが、
それにしてもやはり、とても嬉しいですね。
http://shop.rieserler.de/product_info.php?info=p2840_suite-nr--3-fuer-violoncello-solo.html
★以前、当ブログで書いたことがありますが、
10弦ギターは、チェロの曲をそのまま弾くことが可能です。
音を省いたり、変えたりすることはしなくても済みます。
即ち、Bachの 「6 Suiten für Violoncello solo
無伴奏チェロ組曲 全 6曲」は、10弦ギターで、
原曲そのまま、演奏できるということです。
★ギタリストの斎藤明子さんも、10弦ギターで、
Boettcher ベッチャー先生と同じように、
私の「 Suite für Violoncello solo Nr.3無伴奏チェロ組曲第3番」を、
以下のコンサートで演奏されます。
■日時:1月24日午後2時
■会場:ロイヤルヒルズ木更津ビューホテル「ロイヤルホール」
■主催:木更津音楽協会
少々遠い所ですが、当日入場も可能だそうです。
★最近は、作曲やアナリーゼ講座の準備などで多忙ですが、
就寝時に、Bach 「ゴルトベルク変奏曲」をよく聴くようになりました。
Wilhelm Kempff ヴィルヘルム・ケンプ(1895-1991)の演奏です。
★カイザーリンク伯爵の不眠症退治のための曲であった、
という有名な逸話の真偽はさておき、
若いころの私は、この曲を深夜に聴きますと、
“なんという素晴らしい曲であることか”と、興奮し、
あまり眠れなくなりました。
しかし、いまは“なんていい曲”と、包み込まれるような幸福感に
満たされ、途中で知らないうちに寝入ってしまいます。
★Bachが、カイザーリンク伯爵のために書いたのではない証拠は、
初版楽譜の扉に、「カイザーリンク伯爵に献呈」とは書かれていないことが、
決定的なことのようです。
★20日のKAWAI 金沢「アナリーゼ講座」は、
Beethoven ベートーヴェン(1770-1827) の「月光ソナタ」ですが、
その「月光ソナタ」(1801年作曲)の初版楽譜の表紙には、
とても大きな文字で、作曲家Beethoven の名前を凌ぐほどの大きな字で、
献呈された女性の名前が、記されています。
伯爵令嬢 Giulietta Guicciardi ジュリエッタ・グイチャルディ。
★「ベートーヴェンの手紙」(上)岩波文庫によりますと、
Beethoven が、幼馴染の医師 Franz Gerhard Wegeler
フランツ・ゲルハルト・ヴェーゲラーにあてた手紙で
ジュリエッタ・グイチャルディ(1782- 1856)について、次のように書いています。
≪彼女は僕を愛してくれ、僕もまた愛している。二年ぶりでまた幾らかの
幸福な瞬間を楽しんでいる。結婚して幸福になれるだろうと考えたのは、
今度初めてだ。ただ遺憾なことは、身分が違うのだ。―で今は―結婚なんか
もちろんできないだろう。≫
この本の注に、次のように書いてあります。
≪彼女は、月光を捧げられその名を不朽たらしめた。彼女はコケティッシュに
一時ベートーヴェンの気をひいただけで、凡庸な音楽家ガーレンベルク伯爵と
1803年に結婚する≫
「月光ソナタ」を書いた時、ベートーヴェンは三十歳、
彼女はまだ二十歳にもなっていません。
★Beethoven のPianoSonataの扉に自分の名前が載ることは、
自分の名前が不滅に残るという栄誉を獲得した、ということになります。
献呈された曲をどれだけ理解していたかは、別のことでしょうね。
献呈により名前を残したいがため、女性たちの間で
しのぎを削ることもあったようです。
★Beethoven と女性がどんなに心を通わせ合っても、
当時の身分制度は、現代では想像もできないほど厳しく、
貴族との結婚は不可能でした。
★「ベートーヴェンの手紙」(下)岩波文庫には、
Beethoven の埋葬式に、二万人もの人々が参加しましたが、
≪これまでベートーヴェンと関係のあった貴族の名が誰一人として
見られなかった≫と記されています。
★また、Beethoven は死の床に際しても、知人から送られた
Georg Friedrich Handel ヘンデル(1685-1759)の
40巻に上る作品集を広げ、学んでいたと書かれています。
★さらに、死の間際まで経済的に困窮していた様子も、
生々しく書かれています。
≪私の年金では、半年分の家賃を償って余すところわずかの
ヴィーン通貨あるのみにすぎません。病気はまだいつ治るか全く
見通しもなく(略)、お察し頂きたく存じます!。内科医、外科医と
一切を支弁しなければなりません。≫
≪ヴィーンの楽友協会も、ルードルフ大公も、名誉市民に祭り上げた
ヴィーンも、ベートーヴェンの窮境に対して、何一つしなかったようである。
これまでに明らかになった資料のなかには、支援の痕跡すらない。
《第九交響曲》の初演をヴィーンでと連署して要請した人々は、
今どうしているのかと問いたい。》
★Bach にお話を戻しますと、Bach の高弟のゲルバーが、
バッハのレッスンについて、書いています。
あの親切なBachも「今日は教える気がしないからと、平均律を全曲
弾いてくれたことが、何度かあった」そうです。
この上ない幸せなことであったとは思いますが、
もし、その“録音”を現代の私たちが聴くことができましたら、
日本の家元制度のように、≪バッハはこう弾いた、こうしなければならぬ≫
という人たちが輩出することでしょう。
★それをBachは望んだのでしょうか?
大ピアニスト Kempff の言葉、
「私の生徒にお願いするのは、私の真似をすることなく弾くことです」
と同じことを、Bachは思っていたのではないでしょうか。
自分の作品を弾く人に、多様性を求めているはずです。
Bachの珠玉の平均律演奏を聴いたのが、
ゲルバーだけであったことが、かえって良かったかもしれません。
★就寝時は「ゴルトベルク変奏曲」ですが、
先日お昼間に、 Claude Debussy クロード・ドビュッシー (1862-1918)の、
「Pélleas et Mélisande」 を聴き、大いに楽しみました。
Andé Cluytens 指揮、Orchestra National de la Radiofdifusion Française
Mélisande を Victoria de los Angeles、
Pélleas を Jaques Jansen、
Golaud が Gérard Souzayです。
★「Pélleas et Mélisande」 の歴史的名演です。
ゴロ―のスゼーが、殊の外素晴らしく、
スゼーのための「Pélleas et Mélisande」 と言っていいほどです。
幕開きが、ゴロ―とメリザンドの森の中での出会い。
幕切れも、死にゆくメリザンドをゴロ―との対話です。
★スゼーの存在感が素晴らしく、Pélleas と Mélisandeの恋愛より、
ゴロ―との夫婦の葛藤、対話劇のほうに興味が移ってしまいます。
夫のゴロ―がこれだけ魅力的ならば、
「ペレアスに心を動かすのもどうか」と思わせるほどのスゼーです。
★このCDは、「Testament」SBT 3051。
「Testament」は、過去の名演を発掘し、
良い音に再生して発表している立派なレーベルです。
★いつものことながら、日本語解説のないブックレットは、
読み応えがあります。
なかでも、スゼーへのインタビューが面白いです。
★≪小さなエピソードを付け加えさせてください。
1902年、アンドレ・メサジェ指揮によるペレアスの初演の時、
若い男性と女性がバルコニーに並んで座っていました。
彼らはお互い知人ではありませんでしたが、話し始めるとすぐに、
芸術の好みが同じであることが分かりました。
演奏が終わる時、大半の聴衆がドビュッシーとメーテルリンクを
怒鳴ったり、口笛を吹いたり、わめき叫んだりしました。
少数の人々がすぐにこの作品の偉大さを認め、すっくと立ち上がり、
誹謗する叫び声に対し、大声で作品を支援しました。
その小数の中に、その若い男女も含まれていました。
それによって、二人は親密に知り合うようになり、
遂には、結婚しました。
彼らは、私の父と母です。≫
《André Messagerアンドレ・メサジェ(1853-1929)》
★スゼーの微笑ましい思い出話ですが、実際のところは、
主演のメリザンドを誰が演じるかについて、作曲家ドビュッシーと
戯曲の作者Maurice Maeterlinck メーテルリンク (1862-1949) との間で、
熾烈な争いがあったのが、混乱の原因だったそうです。
メーテルリンクは自分の愛人に、ドビュッシーはイギリス人歌手に、
歌わせたかったため、裁判沙汰にまでなりましたが、
ドビュッシーの意向通りに初演されたため、
メーテルリンク派が、会場で騒動を起こしたとも言われています。
★真偽はともあれ、スゼーのお父さんとお母さんがどのように出逢い、
愛を育んでいったか、その一部始終を、スゼーは幼い時から、
たびたび、聴いて育ったのでしょうね。
スゼーの心の中で、このオペラは格別の存在であり、
本当の芸術を理解できず、敵対する俗物聴衆に、
敢然と立ち向かっていった両親を誇りに思い、
それが映像のように、焼き付いていたのでしょう。
いいお話です。
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KAWAI 金沢アナリーゼ講座
■日 時 : 2016年 1月20日(水) 午前 10時 ~ 12時 30分
■会 場 : カワイ金沢ショップ 金沢市南町5-9
( 尾山神社前 南町バス停より徒歩3分 )
■予 約 : Tel.076-262-8236 金沢ショップ
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■Beethoven≪月光ソナタ≫・アナリーゼ講座
~Bachを源泉とし、Chopinへの“架け橋”となった「月光ソナタ」~
★2014年秋から15年末まで、金沢で「Inventionen und Sinfonien
インヴェンションとシンフォニア」の全曲アナリーゼ講座を開催しました。
毎回、濃密な講座でしたので、2016年1&2月は、2回にわたり
「Beethoven Klaviersonate Op.27-2 月光ソナタ」を、じっくりと
勉強したいと思います。
★Beethovenの32のピアノソナタの中でも、「12番 Op.26」の
第1楽章変奏曲とともに、月光の第1楽章はソナタ形式ではない、
特殊な曲といえます。
なぜ、Beethovenがこの曲を「ソナタ」としたのでしょうか?
幸いなことに、Beethovenの自筆譜と初版譜が存在しますので、
それを基に、分かりやすく解説いたします。
★また、自筆譜の読み方に習熟できるよう、Beethovenの
「Für Elise エリーゼのために」の草稿(draft)をテキストとして
勉強いたします。
さらに、 Wilhelm Kempff ヴィルヘルム・ケンプ(1895-1991)の
「エリーゼのために」の演奏がどうして素晴らしいのか、
それをご自分の演奏にどう生かすかもお話いたします。
★Beethovenの「月光」から導かれたChopinの「Prelude 雨だれ」
についても、解説いたします。
この2回の講座を通して、上記3曲を幅広くご説明いたしますので、
ご自身の楽譜を持参してください。
次回は、2016年 2月17日(水)
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■講師 : 作曲家 中村 洋子 Yoko Nakamura
東京芸術大学作曲科卒。作曲を故池内友次郎氏などに師事。
日本作曲家協議会・会員。ピアノ、チェロ、室内楽など作品多数。
2003 ~ 05年:アリオン音楽財団 ≪東京の夏音楽祭≫で新作を発表。
07年:自作品 「 Suite Nr.1 für Violoncello
無伴奏チェロ組曲 第 1番 」 などをチェロの巨匠
Wolfgang Boettcher ヴォルフガング・ベッチャー氏が演奏した
CD 『 W.Boettcher Plays JAPAN
ヴォルフガング・ベッチャー日本を弾く 』 を発表。
08年: CD 『 龍笛 & ピアノのためのデュオ 』
CD 『 星の林に月の船 』 ( ソプラノとギター ) を発表。
08~09年: 「 Open seminar on Bach Inventionen und Sinfonien
Analysis インヴェンション・アナリーゼ講座 」
全 15回を、 KAWAI 表参道で開催。
09年: 「 Suite Nr.1 für Violoncello 無伴奏チェロ組曲 第 1番 」の楽譜を、
ベルリン・リース&エアラー社 「 Ries & Erler Berlin 」 から出版。
10~12年: 「 Open seminar on Bach Wohltemperirte Clavier Ⅰ
Analysis 平均律クラヴィーア曲集 第 1巻 アナリーゼ講座 」
全 24回を、 KAWAI 表参道で開催。
10年: CD 『 Suite Nr.3 & 2 für Violoncello
無伴奏チェロ組曲 第 3番、2番 』
Wolfgang Boettcher 演奏を発表 。
「 Regenbogen-Cellotrios 虹のチェロ三重奏曲集 」の楽譜を、
ドイツ・ドルトムントのハウケハック社
Musikverlag Hauke Hack Dortmund から出版。
11年: 「 10 Duette für 2 Violoncelli
チェロ二重奏のための 10の曲集 」の楽譜を、
ベルリン・リース&エアラー社 「 Ries & Erler Berlin 」 から出版。
12年: 「 Zehn Phantasien für Celloquartett (Band 1,Nr.1-5)
チェロ四重奏のための 10のファンタジー (第 1巻、1~5番)」の楽譜を、
Musikverlag Hauke Hack Dortmund 社から出版。
13年: CD 『 Suite Nr.4 & 5 & 6 für Violoncello
無伴奏チェロ組曲 第 4、5、6番 』
Wolfgang Boettcher 演奏を発表 。
「 Suite Nr.3 für Violoncello 無伴奏チェロ組曲 第 3番 」の楽譜を、
ベルリン・リース&エアラー社 「 Ries & Erler Berlin 」 から出版。
14年:「 Suite Nr.2、4、5、6 für Violoncello
無伴奏チェロ組曲 第 2、4、5、6番 」 の楽譜を、
ベルリン・リース&エアラー社 「 Ries & Erler Berlin 」 から出版。
SACD 『 Suite Nr.1、2、3、4、5、6 für Violoncello
無伴奏チェロ組曲 第 1, 2, 3, 4, 5, 6番 』 を、
「disk UNION 」社から、≪GOLDEN RULE≫ レーベルで発表。
スイス、ドイツ、トルコ、フランス、チリ、イタリアの音楽祭で、
自作品が演奏される。
★上記の 楽譜 & CDは、
「 カワイ・表参道 」 http://shop.kawai.co.jp/omotesando/
「アカデミア・ミュージック 」 https://www.academia-music.com/academia/s.php?mode=list&author=Nakamura,Y.&gname=%A5%C1%A5%A7%A5%ED
https://www.academia-music.com/ で販売中。
★私の作品の SACD 「 無伴奏チェロ組曲 第 1 ~ 6番 」
Wolfgang Boettcher ヴォルフガング・ベッチャー演奏は、
disk Union や全国のCDショップ、ネットショップで、購入できます。
http://blog-shinjuku-classic.diskunion.net/Entry/2208/
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