■エトヴィン・フィッシャー著「ベートーヴェンのピアノソナタ」 は必携中の必携の書■
~緑陰の読書:荷風先生は"蕩児"ならず、実は努力の人でした~
2025.8.31 中村洋子
茗荷の花
★酷暑の続く日本列島、クーラー全開で家にいます。
お陰で緑陰はなくとも、読書がすすみます。
感動した本は、
①ヴァンサン・ダンディ著「セザール・フランク」(アルファベータブックス)https://alphabetabooks.com/lineup/works-903/
②川本三郎著「荷風の昭和」(新潮選書)
③エトヴィン・フィッシャー著「ベートーヴェンのピアノソナタ」
(みすず書房)
★ヴァンサン・ダンディ著「セザール・フランク」佐藤浩訳の本の帯に
「フランクの高弟で作曲家のヴァンサン・ダンディが、敬愛する師の
ために筆をとった思い出の書。伝記としてだけではなく、優れた芸術論・教育論としても読める名著。
昭和28年刊行の音楽之友社版を復刊」
と、書かれています。
★セザール・フランク(1822-1890)の生誕200年(2022年)を
祝って復刊された本です。
大作曲ダンディ(1851-1931)によって書かれたこの本の特徴は、
フランクの生涯を、年代順に並べるだけの「伝記」ではなく、
本の帯にあるように、「優れた芸術論・教育論」としても
読めることにあります。
★特に私が感銘を受けたのは、第二部の三(85ぺージ~)、
「先生の作曲法 」(先生はフランクのこと)です。
ヴァンサン・ダンディは作曲について三段階ある、と書いています。
①その作品を初めて心に抱く「発想」の段階
②その発想に基づいて具体的に「構想」を練る段階
③練った構想に基づいて実際に「制作」する段階
①は「総合的発想」と「分析的発想」の二つの働きに分けられる、
としています。
★「総合的発想」とは、交響楽作曲家にとっては、曲の大体の
≪輪郭≫と≪全体の構造≫を定めることである。、
これに対して「分析的発想」とは曲の構成要素たる≪主題≫を
決めることである(あらゆる作曲も同じ、と思います。中村注)。
この二つの「発想」はお互いに関係があり、お互いに限定し合う。
楽想の性質如何によっては、予定した構造をも変更することがある。
また他方、曲の構造の性質如何によってはある特定の楽想だけが
要求され、ほかの楽想は除外されることがある。
藪蘭
★上記の部分は、分かり難い翻訳ですので、補足してみます。
原文がありませんので、「楽想」がどのような言葉の訳語なのか
不明ですが、大意はこのようでしょう。
「曲の形式と構造は、曲の主題やmotif(要素)と互いに影響し
合います。曲の主題やそこから派生するmotif(要素)によっては、
作曲家が初期に構想した「形式や構造」は変わることもあります。
その一方、「形式や構造」によっては、特定のmotifや旋律が
多用され、当初作曲家が思い描いていたmotifや旋律は
使われなくなります」
★ダンディの分析は、正鵠を射たものと思います。
私も作曲家ですので、時々「作曲はどのようにするのですか?
(発想が)天から降ってくるのでしょうか?」と
尋ねられることがありますが、そんなことはないのです。
ダンディはそれについて明確に回答しています。
★発想とはこのように不思議なものであるが、この発想の期間は
ときによって長く続くことがある。ことにベートーヴェンの覚え書き
などを見ても分かるように、大作曲家の場合は特にこのことが言われる。・・・略・・・それに反して、二流音楽家あるいは自分の才能に
のぼせ上っている人たちは、最初に浮かんだ思い付きで満足してしまう。しかしそういう思いつきは低い価値しか持たない。だからこのような思いつきによって作られる曲は、脆(もろ)い儚(はかな)いものにすぎない
引用が長くなりましたが、この続きは是非本でお読みください。
★Beethoven ベートーヴェンが、両手を後ろ手にし、背中をやや
曲げて思索しながら散歩している姿は有名ですが、
彼の頭の中は、ダンディの①②③の内、特に①の二つの段階を
考えているのではないか、と私には思われます。
楽想を「練って煉って練り倒し」、その上で、曲の規模の大小に
かかわらず、その楽想にふさわしい形式(構造)を考えるのでしょう。
★アポロの肢体のように、惚れ惚れするような、美しい「細部」
(テーマとmotif)と「形式」の傑作《ピアノソナタ1番》を書いた
Beethovenは、それに続く31曲のピアノソナタでは、
ある意味で、「破天荒な形式」をとっていきます。
★これこそが、①の「総合的発想」と「分析的発想」がお互いに
関係しあい、限定し合った結果でしょう。
拙著《11人の大作曲家「自筆譜」で解明する音楽史》で書きました
「鳥の目」、「虫の目」です。
「鳥の目」で曲の全体構造を俯瞰し、「虫の目」で曲の「主題」が
どのように「生成発展」していくかを観察します。
これなくして、Beethovenをはじめ大作曲家の音楽を真に理解し、
よき演奏や鑑賞に到達することは、できないでしょう。
レインリリー
★川本三郎著「昭和の荷風」(新潮選書)は、新潮社の
「波」に毎月連載され、私は楽しみに読んできました。
今回それが前編、後編の2冊となり書籍化されました。
永井荷風(明治12年-昭和34年 1879-1959)の生涯を丹念に
つづった本で、とても読みやすく、興味津々で再読しています。
https://www.shinchosha.co.jp/book/603927/
https://www.shinchosha.co.jp/book/603928/
★私が特に感銘を受けたのは、荷風の日記文学
「断腸亭日乗」などの文体が、どのようにして育まれたか、
それが分かってくることです。
荷風は、敬愛してやまなかった江戸の文人成島柳北
(なるしまりゅうほく1837-1884)の、若い頃から最晩年までの
貴重な日記を、柳北の孫から借り受けます。
★荷風は、柳北の日記に熱中します。
「断腸亭日乗」には、
≪柳北の硯北日録を読みて深更に至る≫、≪終日柳北の
日記を読む≫、≪夜半帰宅の後柳北が濹上日乗を読み畢
(おわ)りぬ。東の窗(まど)既に明く、鷄(とり)鳴きて電車の響
聞え出しぬ≫、
そして荷風は、全てを筆写する、という大作業に取り組みます。
≪終日硯北日録を写す≫、≪燈火硯北日録筆写≫、
≪筆写すること毎日の如し≫、≪柳北の日誌を写して暁明に
至る≫・・・
なんと約一年半もかけ、遂に成し遂げました。
★その時昭和3年、荷風は48歳、名作『腕くらべ』、
『おかめ笹』などを著し、既に一流作家でした。
その荷風をそこまで努力させた根源は、何だったのでしょうか?
それは、やはり柳北の文章、文体にあるのでしょう。
作家荷風に、それを吸収し尽くしたいと渇望させるような魅力、
美しさ、力が、秘められていたことでしょう。
彼は努力の人でした。
「本物」を、とことん学び吸い尽くす、それが彼の本質でしょう。
★荷風さんは、巷間言われるように"蕩児”かもしれません。
"放蕩" を飽くことなく続けることで、実は、底辺社会の人々に
直に接触し、その実態をじっと観察し続けた人でしょう。
学者の空論ではなく、まさに「虫の目」で、這うように
現実社会を、人間を深く知ろうと、追究し続けた人でしょう。
★Bach バッハも幼い頃、兄が持っている楽譜を、夜中、
こっそり写譜した、というよく知られたエピソードがあります。
文学でも、音楽でも、自分の手で筆写してこそ、
真に「身につく」ということは、真実でしょう。
★私も、Bach 「平均律1、2巻全48曲」のアナリーゼ講座を
東京で開催した際、Bach 「自筆譜」を写譜し、その都度
参加される皆様に、テキストとしてお渡ししました。
さらに、名古屋や横浜、東京の2回目の講座と、何度も
写譜を続けました。
微々たるものですが、少しは Bach先生の音楽が身についた
かもしれません。
天日干し梅
★Edwin Fischer エトヴィン・フィッシャー著「ベートーヴェンのピアノソナタ」 Insel Verlag (ドイツ インゼル出版)より1956年刊。
日本は1958年初版(みすず書房)、1978年に、新装版。
Edwin Fischer エトヴィン・フィッシャー(1886-1960)の、
お弟子さん達への講義録です。
Beethoven ベートーヴェンのピアノソナタ全32曲を各曲ごとに詳細に
解説しています。
ウィットとユーモア、そして皮肉にも溢れる語り口で、Beethoven の
ピアノソナタの本質を、具体的に、見事に解きほぐしていきます。
その分析の深さに、溜息が出るほど感動的な本です。
★日本語版は160数ぺージですが、訳文が日本語としては生硬さが
目立ち、判読しながら読まざるを得ず、さっさと読み飛ばせません。
私は、「ピアノソナタ1番」の5ページを、考え考え読むだけで、
数日を要しました。
ベートーヴェン「ピアノソナタ」理解のために、唯一無二ともいえる
この書籍を、気骨ある出版社が、分かり易い日本語で
「セザール・フランク」のように復刊してくださることを
希求しています。
★Beethoven 「ピアノソナタ1番」について、フィッシャーは
こう書いています。
《第1楽章は、簡素な形式の良い例だと言うことができる。
第1主題(第1~9小節)は、Mozartの小さい方のト短調交響曲
(K119※現在の183のことです~中村注)から書き写された。
同じくMozartの大きい方のト短調交響曲(K550)の終楽章も、
この第一主題に似通っている。》
(読みやすいよう、平仮名を漢字に替えています:中村)
ベートーヴェンが、 Mozartの交響曲を「筆写」したかは、
不明ですが、
交響曲ト短調(K183)とBeethoven 「ピアノソナタ1番」1楽章の
冒頭は、似ていると、言えなくもありません。
★MozartとBeethoven のこの二曲、いずれも独創的かつ
個性的です。
Beethoven がMozart を勉強し抜き、Mozart の音楽が
Beethoven の心身に沁み込んだ結果としての、発露でしょう。
Mozart のト短調交響曲(K183)の冒頭はこうなっています。
★Beethoven「ピアノソナタ1番」の冒頭はこうです。
★Beethoven「ピアノソナタ1番」は「ヘ短調」ですので、
これを「ト短調」に移調してみます。
なんと本当に、そっくりですね、Fischer先生の指摘通りです。
素晴らしい音楽の「真髄」が、このように発展継続していく、
という良い例であると、思います。
青柚子
★Fischerは、「ピアノソナタ1番」の演奏についても、
こう講義しています。
《すでにこのソナタにおいて、ベートーヴェン的な表現法の際立った
独自性が見られる。それはスフォルツァンド(特定の音符を強調
する事)と、突然現れるピアニッシモとである。スフォルツァンドというものは、いつもその作品の全体としての強さと正確との関連において付けられるものであって、繊細なアンダンテの中で英雄的な曲の中
と同じスフォルツァンドが付けられて、激しい音をたてるのはよろしくない。ベートーヴェンはしばしばこのようなスフォルツァンドを、
リズムをすこし引きのばすことによってはっきり表したといわれる。
また、よくスフォルツァンドの記号が和音全体にではなく、単に一個
の、大抵の場合不協な音に付けられたり、或はまたずっと持続する
一つの低音に付けられたりもしている。》
とても含蓄のある発言です。
特に、≪ベートーヴェンはしばしばこのようなスフォルツァンドを、
リズムをすこし引きのばすことによってはっきり表したといわれる≫
は、演奏家にとって、金言のような教えでしょう。
★なお、前回ブログのBach「Inventio 1インヴェンション1番」の
最後の和音についての補足です。
《フィッシャーはBWV772、即ち三連符版ではない版を用いて
いますが、最後の和音は音が一音増えた(オクターブにしている)772aを採用しているのがご愛敬です。現代はその点は妙に厳密になっていて、772版を採用した場合は、後の和音の左手の追加音は、消去されています》
と、前回ブログで書きました。
★現代の実用譜はほとんどフリーデマンのクラヴィーア小曲集の
「Praeambulumプレアンブルム1番」を、「Inventio 1」として
採用しています。
それは、インヴェンション曲集に収められている「三連符版」は、
とても、演奏が難しいからです。
しかし、フィッシャーは本当に≪ご愛敬≫で、772と772aの三連符版を
混ぜこぜにしたのか、ずっと考えました。
そして私はやっと気が付きました。
薔薇・ダブルディライト
★フリーデマン・バッハの「クラヴィーア小曲集(1720年完成)」と、
「インヴェンション(1723年完成)」の間には、3年の歳月があります。
フリーデマン曲集の完成は、長男フリーデマンが10歳になる直前の
頃ですが、完成までに、彼はこの曲を弾いていたと思われます。
才能溢れる少年でしたので、数年前から弾いていたことでしょう。
とすれば左手のオクターブは、手が小さくて
届かなかったかもしれません。
★この様なケースはシューマンの「子供のためのアルバム」と、
その初稿の「小さなマリーの7回目のお誕生日に、パパが作曲
したピアノのための小品」との関係と同じです。
詳しくは拙著《11人の作曲家「自筆譜」で解明する音楽史》
chapter1 10~25ぺージをお読みください。
★そして、バッハは当時、「フリーデマン曲集」と「インヴェンション」
の曲集を、同時に所持していました。
決して「インヴェンション」が完成したから、「フリーデマン曲集は
もういらない」訳ではないのです。
私の推測では、子供達やお弟子さんに、まずフリーデマン曲集の772を
弾かせ、更に上達したらインヴェンション1番の772a三連符版を演奏
させたのではないでしょうか。
その場合、未だフリーデマン曲集を弾いている学習者でも、十分手が
大きい人には、左手の最後の音を、1オクターブで弾かせたのかも
しれません。
フィッシャーが、三連符版ではない「インヴェンション1番(772)」の
最後の左手の音を、772aの1オクターブにしたのは、
この様な深い分析があったことに、今更ながら気付きました。
★≪最後の和音は音が一音増えた(オクターブにしている)772aを
採用しているのがご愛敬です≫
と、書いた私は、「燕雀安くんぞ鴻鵠の志を知らんや」でした。
Fischer フィッシャーの深い思索を、ずっと学んでいきたいと
思います。
夏の終わり
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