■名曲の学び方:先ず源流の自筆譜を、次いで大作曲家による校訂版■
~アカデミアミュージックで、私の推薦楽譜特集を開催中~
2020.11.29 中村洋子
★散歩の小径はモミジの絨毯です。
この絨毯が消えると冬本番です。
≪黒猫の影は動かず紅葉散る≫ 岸田今日子
岸田今日子さん(1930-2006)は、私の好きな女優さん。
★「動物」ですから動くはずの猫がじっと動かず、
動かないはずの「植物」である紅葉の木が、
ハラハラと葉を落としているという逆説の妙。
速水御舟の日本画「名樹散椿」の、散っている椿の花びらを
紅葉に置きかえ、大木の根っ子のあたりに、黒猫がうずくまって
いたら、きっと岸田今日子さんのこの句にようになりますね。
★10月31日、Beethovenの「悲愴ソナタ第2楽章」アナリーゼ講座を
オンラインで開催しましてから、あっという間に一ヵ月たちました。
今回はいつにもまして全国の遠隔地や、海外からも参加して
下さった方がたくさんおいでになり、ありがとうございました。
★講座後に頂きましたアンケートも、嬉しい御回答が多く、
喜んでおります。
講座は、私の家のピアノ室から送信しました。
いつもの広いホールとは趣が全く異なります。
★悲愴ソナタ第2楽章は、三部形式です。
「A - B - A ’」の「A’」の部分を説明している頃、
ピアノ室の窓から、晩秋の早い夕暮れが見え、
刻一刻、風景が夕闇に沈んでいく様と、
「A’」の曲想が次第に幻想味を増していく様を、重ね合わせ、
不思議な感慨をもって試聴された方が、複数おられたことを、
講座後のアンケートでやお便りで知りました。
★Beethovenの Piano Sonataは、「絶対音楽」(今はもう殆ど
使われない言葉ですね)で、音そのものによって構成される
独立した世界です。
ですから、周囲の風景に左右されるものではない筈ですが、
暮れなずむ夕刻と第2楽章の第3部分「A’」との、不思議な諧調は、
心地よい時間でした。
★お知らせが大変遅くなってしまいましたが、
11月11日から12月1日まで、「アカデミアミュージック」で、
私が皆さまに是非手に取り、勉強して欲しいと願っている楽譜を、
ピアノを中心に集め、ご紹介しております。
https://www.academia-music.com/user_data/sale_pf_nakamura_index
★大作曲家Gabriel Fauré ガブリエル・フォーレ(1845-1924)
が、Robert Schumann ロベルト・シューマン(1810-1856)
の主要ピアノ作品を網羅して校訂した楽譜や、
Claude Debussy クロード・ドビュッシー(1862-1918)が
Frederic Chopin ショパン(1810-1849)の主要ピアノ作品の
ほぼすべてを校訂した楽譜が、現在では全く顧みられないのは、
それが「昔の楽譜」だからなのでしょうか?
本当に残念な、悲しむべき現実です。
★日本でよく知られている Alfred Cortot アルフレッド・コルトー
(1877-1962)が校訂したショパンの楽譜は、このドビュッシー
校訂版を下敷きにしています。
同様に、Bartók Béla バルトーク(1881-1945)が校訂した
Johann Sebastian Bach バッハ (1685-1750)や、
Domenico Scarlatti ドメニコ・スカルラッティ(1685-1757)の
楽譜も、目を見張る素晴らしさです。
★Bartók版 Bachと Scarlatti は、まだ入手可能ですが、
Bartók校訂の Wolfgang Amadeus Mozart
ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト(1756~1791)
Piano Sonata集や、Beethoven Piano Sonata集は、
とうとう姿を消してしまいました。
★大作曲家だけではなく、大マエストロの Edwin Fischer
エトヴィン・フィッシャー(1886-1960)校訂の
BachやMozart も、極めて重要です。
★実は、BartókやEdwin Fischer エトヴィン・フィッシャー校訂版
Bachの《下敷き》になっているのは、Johannes Brahms
ブラームス (1833-1897) 晩年の友人であった作曲家
Julius Röntgen ユリウス・レントゲン (1855-1932)が
校訂したBachの楽譜なのです。
★BartókやFischerが、この Röntgen レントゲン版の上に、
自分の“創意”を付け加えようと、努力した場所をレントゲン版と
見比べるのは、とても楽しいものです。
あの天才Bartókと大Fischerが、“書かずもがな”のことを、
レントゲン版の上に、わざわざ加えているのを見ますと、
思わずクスッと笑えます、本当に楽しいですよ。
★Bartók、Fischerの偉大な校訂版の大元は、《Röntgen》。
よく知られている Cortot コルトー版のショパン楽譜は、
《Debussy》版が下敷き。
Debussyは、Chopinの自筆譜を綿密に勉強しています。
最も重要なことですが、必ず辿るべきはそれらの源流、
つまり、作曲家の「自筆譜」です。
★源流から下流、支流へと勉強を進めていくのが、
正しい方法であると、私は、思います。
支流のみに拘泥していますと、それが正統な支流ならまだしも、
源流の清流とは似ても似つかない、濁った流れでは、
困ります。
★学び方の一例を挙げますと、Robert Schumann ロベルト・
シューマン(1810-1856)の 「Album für die Jugend
こどものためのアルバム Op.68 1848年」を、ご自身で弾いたり、
教えたりする場合、
➀まずは、残っている初稿自筆譜=長女マリ-のために作曲した
「小さなマリーの7回目のお誕生日のためにパパが作曲したピアノの
ための小品」 Klavierbüchlein für Marie
②次に、Albüm für die Jugend Op.68 完成稿自筆譜
③大作曲家Gabriel Fauré ガブリエル・フォーレ(1845-1924)
校訂のユーゲントアルバム、タイトルはフランス語の
「Album à la Jeunesse」。
この三つは是非、目を通しておきたいですね。
★幸せなことに、この曲集は、初版譜ファクシミリも
出版されています。
その次に、現代の定評ある実用譜(Bärenreiter、Henle、
ヴィーン原典版)をご覧になれば、盤石です。
これらをどう勉強していくかは、いずれお話したいと思います。
★ここでほんの少し、「Klavierbüchlein für Marie
マリーのためのピアノ小曲集」のフィンガリングについて、
作曲者本人のフィンガリングと校訂者 Fauré フォーレの
フィンガリングについて、比べてみましょう。
★「Album für die Jugend こどものためのアルバムOp.68」
の自筆譜には、Schumann はフィンガリングを
書き込んでいません。
長女マリー(1841-1929)が弾きやすいように、
「マリーのためのピアノ小曲集」に、書き込んでいるのです。
この「マリーのためのピアノ小曲集」は、あくまで
家庭内での音楽帳で独立して出版されていませんが、
その曲はすべて「Album für die Jugend」に集録されています。
★ですから、SchumanとFauré のフィンガリングを比較する
ためには、「マリーのためのピアノ小曲集」を、
紐解く必要があるのです。
★ 「Album für die Jugend こどものためのアルバム」の3番
「Trällerliedchen ハミング」は、「マリーのためのピアノ小曲集」
では、1番「Schlafiedchen für Ludwig
ルートヴィヒのための子守歌」に相当します、
ルートヴィヒ(1844-1899)はマリーの弟です。
この二曲については、「Trällerliedchen ハミング」22小節目
4拍目と、24小節目2拍目は「ルートヴィヒのための子守歌」と
異なります。
★「ルートヴィヒのための子守歌」は、「A-B-A」の三部形式で、
1~8小節目の「A」の部分を、17~24小節目の二度目の「A」
の部分でも、Da Capo(ダ・カーポ)とFine(フィーネ)を用いて
完全に反復していますが、「Trällerliedchen ハミング」では、
「A-B-A’」となり、「A’」は「A」に比べて二か所の変更があります。
その二か所以外は、ほぼ同一の曲です。
★ここで「マリーのためのピアノ小曲集」の1番「ルートヴィヒの
ための子守歌」を写譜してみます。
★長女マリ―の下に、続々と弟や妹が生まれました。
「マリーのためのピアノ小曲集」のファクシミリ楽譜の巻末に
マリーが5人の弟や妹と一緒に写っている写真が、
掲載されています。
この他に更に弟と妹が一人ずついますので、マリーは忙しい
母クラーラに代わって、さながら「小さなお母さん」のような
表情をしています。
★「マリーのためのピアノ小曲集」1番が、
「ルートヴィヒのための子守歌」なのは、パパ・ロベルトが、
マリーちゃんに「弟をあやしながら、歌ってね」と、
語りかけているかのようです。
★次に、フランスで出版されFauré が校訂した楽譜を
写譜してみます。
SchumanとFauré のフィンガリングは、同じものもありますが、
一見かなり異なった印象も受けます。
二人のフィンガリングは、どちらも素晴らしい曲のアナリーゼと
なっていますが、この続きはまた次回で。
※copyright © Yoko Nakamura
All Rights Reserved
▼▲▽△無断での転載、引用は固くお断りいたします▽△▼▲