■ショパン「ノクターン第1番」Op.9-1の魅力は、その対位法にあり■
~ドビュッシー校訂の「ショパンピアノ作品」は、その最良の導き~
2019.8.16 中村洋子
★この夏は、記録的酷暑、お盆の台風襲来。
異例な夏ですが、これが恒例とならないといいですね。
★≪野分して盥(たらい)に雨を聞(きく)夜(よ)哉≫
芭蕉(1644-1694)
深川の芭蕉庵のお庭には、お弟子さんから贈られた芭蕉が
植えられていたそうです。
★野分(台風)の大風に、芭蕉の葉が大きく吹きなびき、
座敷の盥に落ちる雨漏りの音、ポツンポツンと聞こえる。
田中一村の絵のように、大きく揺れる芭蕉の葉の絵画的情景、
それに対する、雨粒の音の対比。
雨粒の一音一音が、風にザワザワ揺れる芭蕉の葉と、
交感し合っています。
★酷暑のため、外出も億劫になり、クーラーの効いたピアノ室に
籠っています。勉強もはかどります。
★今日は、二十歳のFrederic Chopin ショパン(1810-1849)の天才に、
改めて驚いている、という話です。
ChopinのNocturne ノクターン第1番 Op.9 Nr 1 b-Moll 変ロ短調です。
この曲は、1830~31年に作曲され、1832~33年に出版されています。
★そのショパンの天才を知るための、何よりの手引きは、
天才Claude Debussy クロード・ドビュッシー(1862-1918)の
晩年の仕事である、ショパンのほぼ全ピアノ作品の校訂版楽譜です。
https://www.academia-music.com/products/detail/128639
★まず、アウフタクト小節の6個の8分音符と、 1小節目、そして
2小節目前半まで、ドビュッシーの Fingering を見てみましょう。
★上声冒頭音「b²」について、ドビュッシーは「2指」を指定しました。
当然、「b²」に続く「c³-des³」は、「3-4」となります。
4の指(薬指)は、5本の指の中では、最も扱いにくい指であると同時に、
繊細なニュアンスを表現するにも適した指であることは、
ピアノを弾く方には、よくお分かりと思います。
★このため、冒頭のモティーフ「b²-c³-des³」は、弾く人、聴く人の
脳裏に強く焼き付きます。
そして、その繊細な4指で奏された「des³」は、その次の4指で
弾かれる音「b²」とつながり、新しいモティーフ「des³-b²」を形成します。
★この新しいmotif モティーフ「des³-b²」は、何を意味するかと申しますと、
冒頭音「b²-c³-des³」の「b²-des³」の逆行形なのです。
★さあ、それではこの二つのモティーフは、どこに展開していくのでしょう。
もう一度、最初の掲載しました譜例の、上声2小節目冒頭を、ご覧下さい。
そうです、上声2小節目冒頭は「des²-b¹」です。
★おさらいですが、上声は、曲冒頭から2小節目の3拍目まで
(最初の譜例)で、一つの大きなフレーズを形作っています。
そのフレーズの冒頭「b²-c³-des³」と、それに続く「des³-b²」と、
フレーズ最後2小節目の冒頭「des²-b¹」は、
見事な有機的展開をみせています。
★この有機的展開が、ショパンの「counterpoint 対位法」です。
それを、ドビュッシーが見事に Fingering で指し示しています。
日本で人気のコルトー(1877- 1962)版も、ドビュッシー版の影響を
強く受けています。
私は、校訂版を学ぶ際には、まずドビュッシー版を勉強すべきと思います。
お歯黒蜻蛉
★コルトー版の冒頭 Fingering は、このようになっています。
★ドビュッシー版の分析に話を戻しますが、Chopinの天才、
Debussyの炯眼は、次にようなところにも現れています。
上声アウフタクト小節最後の「ges²」を、ドビュッシーは「2指」を指定。
そして、この「ges²」は、1小節目冒頭の「f²」の「1指」につながります。
この場合、「ges²」の直前の音「b²」を、ドビュッシーは「4指」に
指定していますので、「ges²」の「2指」、「f²」の「1指」は、言わずもがな、
書く必要もないはずです。
★ところが、この「ges²-f²」も、その後、1小節目後半の「ges²-f²」に
展開していきます。
ドビュッシーの “見落とさないで!” という声が、聴こえてきそうです。
★今回は、上声部分のみ少しご説明しましたが、
この部分の下声の「f」に何故、必ず注意喚起のFingeringが
なされているのか、是非、皆さまで探求して下さい。
★全85小節のノクチュルヌ(ノクターン)第1番は、
若いChopinの天才が横溢しています。
当時、Chopinの作品と同工異曲の曲も数多くあったと、
思われますが、Chopinの作品のみが生き延び、21世紀の現代まで
愛され、尊敬と感嘆の的となっている理由は、彼の作品に息づく
「counterpoint 対位法」にあります。
Chopinは、Bachから counterpoint 対位法 を生涯にわたって
学び続けました。
https://www.academia-music.com/user_data/analyzation_lecture
https://www.academia-music.com/images/pc/images/2019-3_Analyse.pdf
※copyright © Yoko Nakamura
All Rights Reserved
▼▲▽△無断での転載、引用は固くお断りいたします▽△▼▲