■Tchaikovskyアンダンテ・カンタービレは、「3度の関係」を織り込み、夢見る世界を創出■
2019.6.16 中村洋子
(私の掌で光る蛍)
★夏至まであとわずかです。
いつまでも暮れない夕日がとっぷり落ちた後、
川の草叢では、蛍が淡く緑色の神秘的な灯りを点しています。
偶然指にとまった蛍は、ほんの一瞬“光の指輪”となります。
六本の足がゴソゴソ、掌を歩き回るこそばゆさ。
★≪移す手に光る蛍や指のまた≫
炭 大祇(たん たいぎ 1709-1771)の、
何やらユーモラスな句。
蕪村さんの朋友です。
★辞書によりますと、大祇は「四十歳を過ぎてから、京都の大徳寺の
僧となり、後、島原遊郭に「不夜庵」を結び、島原の女性たちに俳諧など
を教えていた。与謝蕪村らと≪俳諧三昧≫の生活を送る」とあります。
「三昧」の意味を調べますと、「仏語。心を一つの対象に集中して、
動揺しない状態」と、定義していました。
≪俳諧三昧≫とは、これ以上ない贅沢な生き方のようですね。
★それでは、私たちも前回ブログで書きました
Tchaikovsky チャイコフスキー(1840-1893)の
Andante Cantabile アンダンテ・カンタービレ
(String Quartet No.1 D-Dur Op.11
弦楽四重奏 第1番 ニ長調 作品11 第2楽章)という対象に、
集中してもう少し、この曲から学んでみましょう。
★多くの人の心を捉えて止まないこの名曲の、名曲たる所以は、
その魅力的な和声にも起因しています。
冒頭、4小節はごく一般的な和声です。
和声を要約しますと、こうなります。
★主調 B-Dur のごく一般的な和声進行です。
5小節目はまた、B-Dur のⅠに戻ることが順当な和声進行です。
ところが、Tchaikovskyはそうしませんでした。
5小節目は一転して d-Moll に転調したのです。
d-Moll 二短調は、主調 B-Dur 変ロ長調の属調平行調
(属調である F-Dur の平行調)で、近親転調(近親調への転調)ですが、
主調 B-Dur の主音「B」と d-Moll の主音「d」は、長3度の関係にあり、
これも、前回ブログで書きました 「medianten」の一種とみることも
可能でしょう。
★この5小節目から6小節目1拍目の d-Moll 「Ⅰ- Ⅳ¹- Ⅰ」の和声は、
大変美しく、1~4小節目の淡い月の光のような響きに、
一瞬、陰が射すような美しさをもっています。
★6小節目2拍目から8小節目の終わりまでは、F-Dur です。
F-Durは、主調B-Dur の属調ですから、珍しくもない近親調なのですが、
1~4小節目のB-Dur、5~6小節目前半の d-Moll、そして、
このF-Durという調の変遷を見ますと、「3度」の階段を段々に
登っていくような設計です。
これも、この曲の魅力の一つです。
★F-Durは、6小節目2拍目のF-DurのドミナントⅤから始まりますが、
このドミナントは、主和音Ⅰに解決せず、
何とⅢの和音に進行してしまいます。
Ⅲの和音に進行せず、定石通りⅠに進行しましたら、こうなった筈です。
★皆さまも是非、この二つの譜を弾き比べて下さい。
Tchaikovskyが書いた属和音からⅢの和音に進行する
ビロードのようにデリケートな響きが、属和音から主和音Ⅰに
進行しますと、魔法が解けたかのように色褪せます。
★Ⅴから5度下のⅠではなく、Ⅴから3度下のⅢに
進行するのですから、大きく捉えれば、
これも、「3度の関係」と言えます。
★9小節目から16小節目までの第1Violinの旋律は、
1~8小節目と変わりません。
しかし、第2Violin、Viola、Celloは、この1~8小節目までと比べ、
和声が変化することに伴い、大きく、変わっていきます。
★まず、1~2小節目と9~10小節目を、比べて下さい。
第1Violin以外は、ガラリと変わっているのです。
1小節目は、B-Dur の主和音Ⅰをずっと1小節間保っていたのですが、
9小節目は、1拍目こそⅠの和音ですが、2拍目はⅥの和音、
このⅥの和音は、10小節目の2拍目にも現れます。
★Ⅵの和音の根音は、主和音Ⅰの根音より「3度下」です。
もう、お気づきと思いますが、Ⅲの和音の根音は、主和音Ⅰの
根音より「3度上」です。
Ⅵの和音の根音は、「3度下」。
Tchaikovskyは、この「3度の関係」を、巧みに処理しているのです。
★6小節目2拍目から7小節目冒頭にかけての和声進行について、
先ほどご説明しましたが、Ⅴから主和音Ⅰに本来進行すべき和音が、
ⅤからⅢの和音に進行しますと、どんな効果、あるいは変化があるか、
ご説明します。
★長調(この場合、B-Dur)の主和音Ⅰは長三和音です。
属和音Ⅴも長三和音ですので、Ⅰ→Ⅴの進行は、
長三和音が2回続く、明るい色彩の和声進行になります。
★これに対して長調のⅢの和音は、短三和音ですので、
主和音Ⅰの長三和音から短三和音Ⅲに進行しますと、
陰影に富んだ中間色の色彩になります。
★9小節目の2拍目Ⅵの和音は、短三和音ですから、
ⅠからⅥに進行しますと、ⅠからⅢの進行と同じように、
長三和音と短三和音の二つの和音の連結になります。
1小節目の1小節間は、Ⅰの主和音であったのに比べ、
この9小節は更に和音明度が低くなった、
とも言えるかもしれません。
★Tchaikovskyは、ⅢやⅥの和音を多用することにより、
このAndante Cantabile を夢見るような、霧に霞んだような
色彩にすることに、成功しました。
そのほとんどが「3度の関係」を、巧みに織り込むことによって
得られた効果でした。
★それでは、その「3度」とは、一体何なのでしょうか?
これこそ、Bachが「平均律第1巻」の序文に記した、
≪調性の正体を決定する≫ものなのです。
★私が解説を書きました【ベーレンライター原典版
バッハ 平均律クラヴィーア曲集 第1巻 日本語による詳細な解説付き楽譜】
http://www.academia-music.com/shopdetail/000000177122/
解説、2~8ページをお読み下さい。
https://www.academia-music.com/products/detail/159893
★「平均律第1巻」は、「長3度」即ち「ド レ ミ」と、
「短三度」即ち「レ ミ ファ」により、
1~6番の「6曲1組」を、構成しています。
それでは、7番 Es-Dur からどんな世界が広がったか・・・
それを7月20日にお話いたします。
https://www.academia-music.com/user_data/analyzation_lecture
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