■フリーデマン・バッハのためのクラヴィーア小曲集は、平均律の初稿であると同時に、独立した作品でもある■
2019.2.19 中村洋子
★2月19日は「雨水」。
立春から数えて15日目です。
雪が雨に変わり、氷が水になります。
これから降る雪は、春の雪。
梅の花も咲いています。
★≪二もと(ふたもと)の梅に遅速を愛す哉≫蕪村
早咲き、遅咲きの梅二本。
順に咲くので、長く花と香りを愛せます。
蕪村の愛した梅は、どのような木だったのでしょう。
富貴な門人のお庭に咲く、手入れの行き届いた樹木?
それとも京の裏町、蕪村が住む長屋の僅かな庭の梅、
案外、お弟子さん差し入れの鉢植えかもしれません。
★≪我を厭ふ隣家寒夜に鍋を鳴らす≫ 蕪村
蕪村と仲の悪い長屋のお隣さん、嫌がらせです。
ピアノを弾いている皆さまも、思い当たる節があるかもしれません。
現代的な句。
★≪歯あらはに筆の氷を嚙む夜かな≫ 蕪村
炭も乏しく、筆先が凍ってしまう程寒い冬を過ごした蕪村には、
心底、喜ばしい春の訪れです。
★新聞によりますと、先ごろ来日したドイツのメルケル首相が、
日本の大学生と討論会をしました。
AIの活用について問われた際の、メルケルさんの答えは、
《AI活用について問われたメルケル氏の答えは「どこまで人は、
その人らしさを保てるか」という問い掛けで始まった。彼女はこう説く。「義足をつけたり臓器移植を受けたりしても、同じ人間のままだ。しかし、私が脳にチップを埋め込み、より早くうまく考えられるようになっても、同じ私と言えるだろうか。私の人間性はどこで終わるのか。AIのおかげで遅かれ早かれ、他人の考えていることを読み取れるようになるだろう。しかし、誰にでも人に言えないことはある。他人とすべてを知り合ってしまうことで、殴り合いや殺し合いが増えるかもしれない。AIに倫理的な歯止めをかけなければならない」。(2019.2.11 東京新聞社説)
★AIなど、今後の社会のあり方に大きな影響を及ぼす問題について、
外国の若い学生さんと率直に、知的な討論会をするメルケルさんの
態度に感心します。
★私の家にテレビはありませんので、時々ラジオを聴きますが、
ニュースが始まって暫くしますと、いつも野球やらテニスやら、
スケート、相撲など、スポーツの話が、割り込んできます。
本来、メルケルさんの発言のように深く、重く、考えさせられる話は、
まず、流れてきません。
こういうお話こそ、ニュースで流すべきと思います。
★日々劣化しています日本の現状をみますと、
立派な音楽を聴くことに、人間の最も尊い感情と思考が求められる
クラシック音楽が、日本で下火になっていくことが、納得させられます。
しかし、諦めずに一歩一歩、勉強と探求を続けて参りましょう。
★前回ブログの宿題です。
「teldec」の「The Complete Bach Edition(154 CDs)」の
Nr.127収録の「Preludes BWV846a、847a、851a、855a」
について、
★846a=平均律1巻1番 C-Dur Prelude の初期稿
847a=平均律1巻2番 c-Moll Prelude の初期稿
851a=平均律1巻4番 d-Moll Prelude の初期稿
855a=平均律1巻9番 e-Moll Prelude の初期稿 です。
★4曲とも、Klavierbüchlein für Wilhelm Friedemann Bach
ヴィルヘルム・フリーデマン・バッハのための
クラヴィーア小曲集の中の曲です。
★表題ページの日付は、1720年1月22日です。
平均律クラヴィーア曲集1巻序文の日付は、1722年です。
上記4曲の他に、平均律第1巻の1番から12番のうち、
7番 Es-Dur を除く11曲の前奏曲が、この曲集に含まれています。
★私は、この11曲を平均律第1巻の「初稿」としての位置付けで
勉強してきました。
Bachがそれをどう推敲し、平均律第1巻の空前の曲集に
昇華させたか、という興味からでした。
★しかし、Olivier Baumont オリヴィエ・ボーモン(1960-)の、
846a、847a、851a、855a の演奏を聴きますと、これらはまた、
別の魅力をもった独立した作品として、成立していることに
驚きました。
★例えば、BWV855a、Praeludium 5 は、
平均律第1巻10番 e-Moll の、前奏曲Praeludium の初稿です。
フリーデマン・バッハのためのクラヴィーア小曲集のe-Moll
プレリュードが、5番で、平均律第1巻が10番となっていますのは、
平均律が「C-c-Cis-cis D-d」と、調性を「C」から半音ずつ上げていく
配列なのに対し、フリーデマン・バッハのほうは、異なる配列
「C-c-d-D-e・・・」だからです。
★平均律BWV855 の、上声の旋律は、このように典雅に装飾されて
います。
★それに対し、フリーデマン・バッハのためのクラヴィーア小曲集
(BWV855a)の上声は、平均律第1巻10番の装飾された旋律の
基となる、和音が、各小節1、3拍目のみにポツンポツンと、
奏されます。
★Bachの頭の中には、当然、平均律第1巻の装飾された旋律が
あった筈ですが、長男フリーデマンに『様々な装飾』をさせて
弾かせていたと思われます。
この和音のみが1、3拍目に配置される、というパターンは、
21小節目まで続きます。
その後、22、23小節で、このようにあっさりと曲を閉じます。
★平均律第1巻10番は、23小節からテンポが「Presto プレスト
(急速に)」と表示され、41小節目まで、上、下声ともに、
絶え間ない16分音符で疾風のように、駆け抜けていきます。
★曲の長さも、BWV 855a は23小節、BWV 855 は41小節ですので、
倍近く長く、上声も、BWV855a のものは、単純な三和音に対し、
平均律の方は、典雅な旋律であるというように、
その個性は全く異なります。
★BWV855a を、ボーモンの演奏で聴きますと、とても魅力的で、
こちらも一つの独立した作品として、味わうことができました。
★皆さまも、是非このフリーデマン・バッハのためのクラヴィーア小曲集
の楽譜を、勉強なさって下さい。
小さなお弟子さんには、大バッハの顰に倣って、この曲集を
レッスンに取り入れてください。
大バッハは、インヴェンションとシンフォニアの前に、
この11曲の平均律第1巻前半の Prelude を、長男フリーデマンに
レッスンしています。
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