■Boettcherベッチャー先生の演奏と、インヴェンションの弾き方■
2012.8.17 中村洋子
★猛暑が、続いています。
何枚かの、大好きな CDを聴き、涼感を得ています。
少しずつ、ご紹介していきたいと思いますが、
最初は( 残念ながら、市販されていませんが )、
ことし 4月 1日、Mannheim ドイツ・マンハイムで、
Wolfgang Boettcher ベッチャー先生が、
お姉さまの Ursula Trede-Boettcher
ウルズラ・トレーデ・ベッチャー先生と、開かれました
「 Duo Abend デュオの夕べ 」 のライブ録音です。
★先生から送られてきました CDの盤面には、
コンサートの曲目が、先生の字で書かれていました。
先生の演奏の素晴らしさは、いうまでもありませんが、
Tredeトレーデさんの演奏は、ピアノ音、一音一音が、
モティーフのなかで、どのような意味をもつ音なのか、
どのような和声音、あるいは非和声音であるのか、
それが、くっきりと読み取れます。
★その結果、一音ずつ意味のある音を、
連続させることにより、本当のリズムが、
生まれてくるのが、分かります。
これにより、Edwin Fischer エドウィン・フィッシャーや、
Wilhelm Kempff ヴィルヘルム・ケンプ など、
本当のマエストロの系列に、端然と、
位置している、と言えるのです。
★先生たちにとっては、当然のことが、この日本では、
なんと稀有に聴こえることなのでしょうと、感嘆しつつも、
複雑な思いに、駆られています。
★2枚目は、Myra Hess マイラ・ヘス (1890~1965) の CDです。
この CDには、Franz Schubert
フランツ・シューベルト(1797~1828) の
Piano Trio B-Dur D898 や、Piano Sonata A-Dur D664
さらに、 Hess が Piano用に編曲した、Bach の
「 Jesus, Joy of Man's Desiring
from Cantata No. 147 、 主よ 人の望みの喜びよ 」 が、
収録されています。
( この編曲は、大変に有名で、これにより、Hess の名前が、
語り継がれています )
★「 Jesus, Joy of Man's Desiring 」 は、 Hess による、
1928年と、1940年の録音が、 2回入っています。
この 2回の演奏は、テンポもエスプレッションも、
大きく、違っています。
自分で編曲した作品であっても、演奏の時期によって、
テンポが変化するのは、当然です。
何回弾いても、機械的に同じ形になるのは、
不自然で、おかしいのです。
★Invention を例に取りましても、一曲の中に現れるテーマは、
違う相貌を見せるのが、当然なのです。
それが、音楽の本来の姿で、 1曲の中で、テーマはいつも同じ
奏法で弾かねばいけない、という考えが、
いまだに ピアノ教師のなかで、はびこっているのは、
嘆かわしいことです。
★Edwin Fischer エドウィン・フィッシャーが、
≪ every voice has its melodic life ≫ と、言っていますように
すべてのモティーフ、テーマ、そしてすべての声部には、
おのおの独自のライフ 個性 がある、ということになるのです。
★ですから、Hess は演奏のたびに、新しい 「 life 」 を、
見出していったのしょう。
★6月の、金沢でのアナリーゼ講座の後、ピアノの先生から、
次のような、ご相談を受けました。
その先生の生徒さんが、子供向けのコンクールで、
Bach のシンフォニア 12番 A-Dur を弾きましたところ、
審査員の先生から、講評で、 “ もっと、キラキラした音で、
弾きなさい ” と書かれ、生徒がショックを受けました。
どうも、強い音で弾かなかったことに対し、
クレームがついたようです。
★Edwin Fischer エドウィン・フィッシャーは、
この曲には、二つの解釈があり、1番目は、やさしく子守歌のように、
もう一つは、騒々しいくらいにエネルギッシュで、と書いています。
しかし、最初に 「 子守歌のように 」 、という解釈を示しています。
★「 子守歌 」 とは、何でしょうか、
日本の 「 子守唄 」 は、年端も行かない子供が、
赤ちゃんの世話をする、つらい労働歌の側面をもっていますが、
ヨーロッパの子守歌は、Wiegenlied 、
母親がやさしく赤ちゃんを寝かす、すなわち、
聖母マリアが、幼子イエスをやさしく寝かす、
というイメージが、強くあるのです。
★コンクールを受けた生徒さんは、この曲が大好きで、
直感的に、それを感じ取り、やさしく弾いた、と思います。
それを、演奏効果のみ追及し、華やかなものをよしとする、
勉強不足のピアノ審査員に、 「 もっと、キラキラ 」 つまり、
“ 大きく、強く弾きなさい ” と、文句をいわれ、
音楽への直観力を、否定されてしまったのです。
どれだけ、子供を傷つけ、自信を失くさせ、
音楽への熱意を損なうか、察するに余りあります。
★ピアノ教師には、このような、勉強不足の “ Pianoムラ ” の、
住民が多すぎるのです。
★私は、日本で出版されている Invention の楽譜は、
ほとんど、もっていません。
ご相談された、そのピアノの先生から、たまたま、
日本の、くどすぎるほど指示が書き込まれている楽譜を、
見せてもらいました。
★最も重要な、冒頭 6小節過ぎまで、なんと、
Edwin Fischer エドウィン・フィッシャー版の、
そのまま、引き写しでした。
驚愕しました。
Edwin Fischer エドウィン・フィッシャー版は、
Edition Wilhelm Hansen からの、オンデマンド出版により、
日本でかろうじて、入手可能です。
★つまり、通常では、ほとんど人の目に触れない存在です。
その見せていただきました日本の楽譜の、
「 フィッシャー版そっくりさん 」 以降は、極めて、
チェンバロ的な fingering が、付けられていました。
このため、フィッシャー版とそれ以降が、理論的統一がとれません。
まるで、パッチワークのキルトを、見る思いがしました。
これでは、一体、どのように全体を弾いてよいのか、
購入者は、戸惑うだけでしょう。
★さらに、そのほか、日本の別の有名な版で、
シンフォニア 1番 を、見ましたが、
この校訂者は、 Bach のオクターブが、どのような意味を、
もっているか、全く理解していないことが、分かります。
Bach のオクターブ音階を、Hanon の練習曲のオクターブ音階と、
なんら変わらないものと、とらえているようです。
★このように、くれぐれも、日本の校訂版にはお気をつけください。
せっかく、Bach の世界、喜びに満ちた真の音楽の世界の、
門口へとたどり着いた、純粋無垢な子供たちが、
Bach を学んでいくことを、逆に、妨害してしまうという、
悪い結果に、なりがちです。
★勉強不足のピアノ教師から、可笑しな指摘をされても、
Bach が好きであれば、現在は、自筆譜を購入することが、
できます。
くじけることなく、 「 Bach が好きである 」 という気持ちを、
忘れず、倦まず弛まず、勉強してください。
Bach 先生は、このうえなく親切な先生です。
「 自分の曲を理解して欲しい、理解できますよ 」
というメッセージが、自筆譜の譜面に、横溢しているのです。
★冒頭のCDは、市販されていませんが、
私のチェロ組曲 4、 5、 6番の CDを、ただいま、製作中です。
Victor studio で、先日、杉本一家さんと、
マスタリングなどの仕事を、いたしました。
https://www.academia-music.com/academia/s.php?mode=list&author=Nakamura,Y.&gname=%A5%C1%A5%A7%A5%ED
http://www.rieserler.de/index.php?manufacturers_id=729
http://www.rieserler.de/product_info.php?products_id=2529
http://www.rieserler.de/product_info.php?products_id=2635
http://hauke-hack.de/page4.php
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