柳蔭書翰

徒然なるままに、音楽関連の話題に拘らず、常ならんこの世の事々書き散らし諸兄のお耳汚しに供したく思います。

憲法

2013-04-15 08:16:51 | Weblog
憲法とは何か。通説的な答えはこうだそうです、憲法というのは権力の乱用を防ぐもの、国家権力を縛るもの、国民の権利を権力から守るもの。ううむ、いかにも教科書的、教条的、左翼の匂いがぷんぷんしてます。法律家はこうやって教育を受けてくるのでしょう、憲法の教科書にはこう書いてあるのでしょう、橋下さんの言を天声人語が引いてました。警察を公認された暴力装置と評価するのもこういう立ち位置からです。統治とは逆向きの視点。社会生活の維持や社会秩序の維持とは無関係な、「個人」の保護論。あのサッチャーさんは社会などない、個人があるのみと言ったそうです、自助努力こそが全てであると。ここは異論の多い所でしょう、少なくとも二つはあります、個人があればこその集団である、個人の集まりが社会生活であるとの考え方と、確たる社会秩序がありそれを各人が遵守して初めて個人の安全な生活や活動が保障される、まず全体構造あってのその後の個人の言い分だという考え方と。個人が先か社会(秩序)が先か。私は後者に与するものですが、さりとて突き詰めれば個人に行きつきます、社会秩序を受け容れて認識して遵守するのはもちろん社会の構成員銘々です、個人の問題ですから。個人の生存なり暮らしなりが成立して初めて全体の秩序でしょうね、フランス革命などの世界史はそれを教えてくれますから。アンシャンレジームを壊すのですが、その前はそのレジームで人々は生きてきたのです。被統治側からの理屈(これが冒頭の憲法定義です)があれば統治側の解釈もある筈です。憲法や法律で縛らねばならぬは人間の性悪性の為せるところです。が、そういう条文を大きく覆う社会通念(徳義、道徳と呼ばれるもの)の存在を忘れてはならぬと思うのです。こういう定義を天声人語で読んだ日にはまたまたイデオロギーを感じてしまいます。
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