柳蔭書翰

徒然なるままに、音楽関連の話題に拘らず、常ならんこの世の事々書き散らし諸兄のお耳汚しに供したく思います。

動機

2010-07-22 08:13:54 | Weblog
大きな地震が大きな被害を出す、中国の大地震で安普請の校舎が脆くも潰れて多くの学童が亡くなった事例を受けて、家屋の耐震具合が問題視されるようになって、そうなるとまず目の敵は公的施設、それも子供や年寄りといった社会弱者の集まるところからというお定まり、行政が先かマスコミが先かは知りませんが問題意識の高さとか社会正義感の高さの評価にすり替わって、各自治体の首長達の尻を叩いたことでしたが(当地柳井でも小学校の統合問題が耐震化目的の校舎作り替えの財源問題にリンクされて首長の交代によって白紙に戻った経緯があります)、その小中校の耐震化率というのが都道府県別に発表されてます、山口県は堂々の最下位53%だそうです(全国平均73%)。さてどう評価するかなのですが、もちろん正義感溢れる方々には憤慨以外のものではないでしょう、恥を知れ!でしょうか。子供たちが(罪なき、汚れなき、無垢の、日本の将来を担うべき・・と色々形容詞つけても構いません)校舎の下敷きになって多くが死んでしまうような事態をみすみす放置するとは何事っ?!うむ、中国はそうでしたね、ものすごい手抜き工事だったことを暴くという側面の方が強かったですが。阪神淡路や新潟の大地震は早朝とか夜間でしたから学校での惨事はなかったんでしたね。でもいつ起こるか分からない、もっと正確に言えば起こるか起こらないかわからない、つまり金輪際起こらないことかもしれない天災(地震)をそれほどに想定危惧することが、今流行りの(物事の評価としてよく持ち出される)費用対効果という意味でいかがなものでしょうかという話はいかがですか。人の命を対象にして費用対効果とは何事っ?!!とまた叱られそうですが、こういう見方は大事じゃないですかね。でもこれは地震の被害を受けたことのない土地に住んでいる者の感想でしょうね、神戸の人がこう言われるかどうかはわかりません。事実、当地柳井では何年か前に水害に会いましたがやはりあの記憶は強烈で、今次の梅雨の大雨では不安が湧きあがりました、水はけはどうなってる?満潮の時間は?と気になることでした、だから実際に被害を受けたことがあるなしは強い動機づけになるのでしょう。というか、要はこれでしょう、と言いたいのです。地震で怖い思いをしたらそれに備えようとする。水害ならそれに。火災なら火の用心。酷い地震が今までおこったことのない土地にまで均らしての制度化というのはどうかなと、天の邪鬼は思うのです。ですから堂々の最下位にも、へぇ、それだけ今まで地震の被害がなかったのね、そういう土地柄なのね、という考え方もできましょうかというへそ曲がりでした。いかがですか。ダメですか、やはり。
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