6月10日
立ち寄ってくださって、ありがとうございます。
東京では、お昼ころは、夏のにおいがしましたね。
いまから9年前の夏、私は約10年間勤めていた会社を辞めました。
自分の担当していた雑誌が廃刊になったからです。社長は、以前担当していた雑誌に戻ってやらないか、と言ってくれましたが、断って辞めました。その会社では、後半5年間は正社員だったので、退職金と失業保険が出ました。それで、私は、しばらくなまけることにしました。
1997年。あの、学校を卒業して以来10何年ぶりにやってきた夏休み。
一人暮らしに戻ってちょうど1年。家では誰に気兼ねすることもなく、外ではもちろん誰にも会わなくていい。まさに私にとっては天国のような生活。
なまけ始めると、あっという間に、社会人としての10数年は溶けて便器に流れ去り、表面の傷んだ「私」という着ぐるみの中にいるのは、ほとんど学生のころと変わらない自分という感じになってしまいました。37歳。まだ、若かったんだな、と思います。
そうして、ちょうどその休みの間に、私は小説『風景をまきとる人』の草稿を書き始め、1985年の出来事について調べ始めました。それは本当に、夏休みの自由課題を進めるような感じでゆっくり進んでいったのです。(いまでも手元にありますが、その草稿の最初の一行は「僕たちは彼を、いつも『センセー』と呼んでいた。」というのです。進行中の仮タイトルもずばり「こころ」でした)。
さて、いつも言い忘れていますが、長編小説『風景をまきとる人』は、書籍で読んでいただくほうが、読みやすいと思います。このブログに掲載しているのは、原文といってもいいもので、本のほうでは、出版社の編集さんが、表記の統一や、校正をものすごくていねいにやってくださったからです。
よかったら、ぜひ本でも読んでみてもらいたいです。あらためてよろしくお願いします。
今週の短編は、「頭」(前編)です。
では、また来週。
立ち寄ってくださって、ありがとうございます。
東京では、お昼ころは、夏のにおいがしましたね。
いまから9年前の夏、私は約10年間勤めていた会社を辞めました。
自分の担当していた雑誌が廃刊になったからです。社長は、以前担当していた雑誌に戻ってやらないか、と言ってくれましたが、断って辞めました。その会社では、後半5年間は正社員だったので、退職金と失業保険が出ました。それで、私は、しばらくなまけることにしました。
1997年。あの、学校を卒業して以来10何年ぶりにやってきた夏休み。
一人暮らしに戻ってちょうど1年。家では誰に気兼ねすることもなく、外ではもちろん誰にも会わなくていい。まさに私にとっては天国のような生活。
なまけ始めると、あっという間に、社会人としての10数年は溶けて便器に流れ去り、表面の傷んだ「私」という着ぐるみの中にいるのは、ほとんど学生のころと変わらない自分という感じになってしまいました。37歳。まだ、若かったんだな、と思います。
そうして、ちょうどその休みの間に、私は小説『風景をまきとる人』の草稿を書き始め、1985年の出来事について調べ始めました。それは本当に、夏休みの自由課題を進めるような感じでゆっくり進んでいったのです。(いまでも手元にありますが、その草稿の最初の一行は「僕たちは彼を、いつも『センセー』と呼んでいた。」というのです。進行中の仮タイトルもずばり「こころ」でした)。
さて、いつも言い忘れていますが、長編小説『風景をまきとる人』は、書籍で読んでいただくほうが、読みやすいと思います。このブログに掲載しているのは、原文といってもいいもので、本のほうでは、出版社の編集さんが、表記の統一や、校正をものすごくていねいにやってくださったからです。
よかったら、ぜひ本でも読んでみてもらいたいです。あらためてよろしくお願いします。
今週の短編は、「頭」(前編)です。
では、また来週。
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