麻里布栄の生活と意見

小説『風景をまきとる人』の作者・麻里布栄の生活と意見、加えて短編小説。

生活と意見 (第37回)

2006-10-15 00:56:08 | Weblog
10月15日


立ち寄ってくださって、ありがとうございます。

 みすず書房の「大人の本棚」シリーズで、ボードレールの「パリの憂鬱」の新訳が発売されたので、買って読みました。いまのところ、もっとも読みやすく、いい訳だと思います。そのことで、にわかに「悪の華」が読みたくなり、阿部良雄さんの訳文は私にはむずかしいので、安藤元雄訳を読もうと、古本屋の店頭のような私の部屋の本棚を探していたら、存在すら忘れていた「アラビアンナイト名詩選」という本が出てきました。

 アラビアンナイト、つまり千一夜物語は、マルドリュス版の佐藤正彰訳とバートン版の大場正史(名前が違うかも?)訳が有名ですよね。両方とも、現在はちくま文庫に入っています。大場訳は、読んだことがないのですが、佐藤正彰訳のマルドリュス版は読みました。(ご存知のように、別にふたつのものに大きな違いがあるわけではありません。マルドリュス版は、フランスのマルドリュスさんがアラビア語からフランス語に訳したのを、佐藤さんが重訳したもの、バートン版はイギリスのバートンさんが、アラビア語から英語に翻訳したのを大場さんが重訳したものです。大場さんのは、注釈が詳しいというので有名です)

 こういう長いものを読むきっかけとなったのは、やっぱりプルーストで、3年かかってプルーストを読み終えたとき、なにか「長編を読む勢い」のようなものがまだ残っていて、アラビアンナイトを読み始めました(結局その勢いは、旧約聖書を通読する、というところまで続きました)。全10巻のうち5巻くらいまではあっというまに読めましたが、そこからにわかに興味を失い、何年かほっといたあと、再びにわかに興味がわいて読み始め、読了しました(もっと若いとき、聊斎志異をそんな感じで読みました)。

 さてしかし、このとき、佐藤さんの訳文は、物語部分はとても簡潔で読みやすいのですが、けっこうたくさんある「詩」の部分は、どうもむずかしくて、あまりいいとは思えませんでした。「本当はもっと平明な詩なのではないか」という感じがしました。そう思った根拠が、このたび、ひさしぶりに目にとまった「アラビアンナイト名詩選」です。この本は、学生時代に高田馬場の古本屋で、50円で買ったもの。全13巻の最後の巻で、12巻中に出てきた詩の中からいいものを集めた、いわば付録のような本です(なんと、12巻までの本文の翻訳者は、大宅壮一さんです)。当時、アラビアンナイトを通読しようなどとは夢にも思っていなかった私がなぜ、この本を買ったかというと、それは、もう、収録してある詩そのものがおもしろかったからです。とくに、私が好きなのは「男色」の詩で、今回はそれを書き写したくて、この前フリを書いたといってもいいでしょう。



男のいちもつなめらかで
丸く作られ、ぴったりと
お尻の穴に合っている。
いちじくのため作られてたら
手おののかたちであったろう



おれはぞっこんおまえに参る
おれがおまえを選りぬいたのも
月のものなどありゃせぬし、
卵の巣などもないからさ。
もしも女とまじわるならば
がきをこしらえ、そいつのために
広い世界も狭くなり
おいらはやりきれないからさ



見どころのない
男だが
月の障(さわ)りも
妊娠の
うれいもないのが
何よりさ。


 すばらしい。平明で、リズムを持っています。これがアラビアンナイト本来の詩の姿のはず。それにしては佐藤さんの訳は、重すぎる、と思いました。それからは、いつか詩も本文も両方気に入るものをもう一度通読したい、と思うようになりました。
 それは意外とすぐに見つかりました。平凡社の東洋文庫の前嶋信次訳アラビアンナイトです。全17巻(?)、しかし前嶋さんが亡くなったので、たしか15巻あたりからは、別の人が訳しています。とにかくすごいのは、これはアラビア語からの直訳であることです。また、もうひとつすごいのは、やはり、その訳文の平明さです。ところが、この本には大きな欠点があって、それは、1冊が2500円かもっとすることです。全巻そろえてから読もうと思っているのですが、古本屋で少しずつ買いそろえて、いまようやく9巻というありさまです。
 読み終わるのはいったいいつになることやら。

 もし、まだアラビアンナイトを読まれていない方には、さまざまな点(定価とかも)で佐藤訳が一番いいと思います。秋の夜長、一巻でもいいから読んでみてはいかがでしょうか。


 では、また来週。
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