麻里布栄の生活と意見

小説『風景をまきとる人』の作者・麻里布栄の生活と意見、加えて短編小説。

生活と意見 (第164回)

2009-03-29 17:54:00 | Weblog
3月29日


立ち寄ってくださって、ありがとうございます。

35年ぶりという「ナイン・ストーリーズ」の新訳が出ました。
何編か読みましたが、さすがにわかりやすくていいですね。
わかりやすい、というのは、つまり、ディテールがこれまでの訳よりはっきりと理解できるという意味です。

でも、基本的には、先行の野崎孝訳から受け取った印象と、ほぼなにも変わりません。ディテールがはっきりしたせいで、より笑えるようになった、という感じはありますが。それだけ野崎訳がすぐれていたということでしょう。

私はこの短編集を大げさでなく何十回読んだかわかりません。
もっとも好きなのは「エズメ(エズミ)に~」です。「笑い男」も好きです。また、「コネチカット~」も「エスキモー~」も好きですが、その二つについては、なぜこのようなシチュエーションを組み立てたのか、作者の意図はわかりません。(前のふたつについてはわかります。)ということは、理解できていないということなのかもしれません。極端に言うとそのふたつは私には、「若者たち」のころの「しゃれた短編」を発展させただけのようにも感じられます。

サリンジャーについてもう少し。

研究者ではないので、「グラースサーガ」がいいのか悪いのか、そんなことはわかりませんが、グラースサーガが意図されたからこそ生まれてきた「ゾーイー」も「シーモア序章」も私は大好きです。偏愛しているといってもいいでしょう。いずれもサリンジャーにしては思い切りブサイクな作品であり、読者をうんざりさせるようなくどいページが延々と続いたりします。でも、ハンサムで都会の子であるサリンジャーが、なりふりかまわず「文学むき出し」で描いたそれらの作品は、ベケットやロブ・グリエ、またル・クレジオの作品と比べてもより実験的であると同時に、彼らのようなメタ的文学だけには終わらず、人生の書になっていると思います。

その味わいは、「誠実さ」の味だと思います。同じ味はカミュの作品に感じられます。誠実な人間とは「ヒヒヒ笑い」をしない人間のことです。

サリンジャーは現在90歳。直系の後輩といっていいジョン・アップダイクが先日なくなったことを考えると長生きですね。さすが老子好きというか。いや、揶揄しているわけではありません。ヒヒヒ。でなく、ハハハ。



昨日、歯医者の帰りに通りかかった花園神社で、桜が六分咲きくらい咲いていました。でも、寒くて関節が痛いです。



では、また来週。

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