麻里布栄の生活と意見

小説『風景をまきとる人』の作者・麻里布栄の生活と意見、加えて短編小説。

風景をまきとる人(短編)

2023-12-13 23:39:25 | Weblog
 夜道の散歩は気持ちがいい。
 特に、水銀灯の冷たい光の中に、作りもののような桜の花びらが浮き立って見える、春の並木道なら最高だ。
 その道の途中には、いったいどこまで伸びているのかわからないくらいに高い赤レンガ造りの病院がある。
 月は三日月がいい。
 空は群青色がいい。
 もちろん、自分以外には誰もいない。
 理想的な風景にするなら、道はずっと向こうまでまっすぐに続き、その彼方の中空にはドッジボールくらいの大きさの惑星が浮かんで見えているべきだ。
 そして、その惑星が、生物の死滅してしまった地球であるならなおすばらしい。
 核分裂よりも大きなエネルギーを持った快感が僕をバラバラにしてくれることだろう。
 ――夢の中で、僕は、そんな風景の中を歩いていた。
 歌が自然に飛び出す。
 他に音をたてるものは何もないので、僕の歌声は宇宙中に響く。
 夜の壁がびりびりとふるえる。
 (ということは、夜はくもりガラスなのか?)
 その音が、僕の傷ついた鼓膜をつらくしたので、今度は口笛を吹いた。
 すると、夜が、ぴーんと張りつめるのが感じられた。
 (ということは、夜はセロハンなのか?)
 病院の建て物を右手に見ながら、僕が新しい曲を吹き始めようとした時、後の方でカサコソ音がした。
 ふりむいてみたが誰もいない。
 僕は再び前へ進もうとした。
 すると、やはり後でカサコソ音がする。
 が、すぐにふりむくと、どうせまた逃げられると思ったので、今度は心の中で、
「僕はふりむかない」
 と呟きながら、ゆっくりふりむいた。
 そのとたん、
「ひきょうもの!」
 と、すごく大きな声が宇宙中に響いた。
 その声の主は、僕の背後の風景を、絨毯をまくように、きれいにまきとっている大きな人だった。
「見られたからには生かしておけぬ」
 大きな人はそう言うと、風景といっしょに僕をまきとり始めた。
 ペラペラになってまきとられてゆく僕の目に風景はとてもおもしろく見える。
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