鈍想愚感

何にでも興味を持つ一介の市井人。40年間をサラリーマンとして過ごしてきた経験を元に身の回りの出来事を勝手気ままに切る

初めての成田山参り

2007-05-21 | Weblog
 雲ひとつなく晴れわたった20日、中学校時代の同級生3人と連れ立って、成田山詣でをした。恒例の東京での中学同窓会で、今回は千葉県在住者の計画によるものである。東京を横断して、北千住から常磐線で成田行きの快速に乗り、結局2時間半かかって、成田駅へ到着した。東我孫子から単線になっているので、快速といっても対抗列車とすれ違うため、各駅で待機するため、時間がかかるわけだ。それにしても5月の新緑のせいか、ここまで来ると、緑が多く、都会を離れて田舎に来たのだ、という感が深くなる。
 午前10時40分に成田駅改札で待ち合わせし、集合したところで、成田山の参道を新勝寺の方へ向かう。参道は両側にみやげ物店が立ち並ぶが、真ん中を自動車が通る車道なので、そんなにのんびりとは歩けない。お正月や、節分の時にはさぞかし人がいっぱいだろう、と思わせる。名物であるという米屋の栗蒸し羊羹とぬれ煎餅を買って、まずはお参りした。本堂は毎時定時に祈祷があるとのことで、丁度午前11時からの祈祷をする信者の人で伽藍にはぎっしりと人が座っていた。それほどの信者でもないので、本堂を通り越して、裏手の成田山公園を散策し、入場料300円也を払い、歴史博物館の霊光館を見学した。全体の広さには驚いたが、川崎大師と浅草観音を合わせたような感じのお寺だな、と思った。
 で、ランチは近くのショッピングセンターにあるヘルシーなバイキング料理をとった。中へ入ると、すでに7、8組待っており、さすがにこの辺りにレストランは少ないのだ、と思われた。順番が来て、席に着いて、初めてバイキング方式だ、とわかったが、食べてみておかずのいずれもが地元の野菜中心にヘルシーな味を出しており、はやる理由が理解できた。
 満腹になったところで、印旛郡栄町にある千葉県の博物館「房総のむら」に赴いた。入場料300円は払い、まず入口にお近くには江戸時代の街並みが復元されており、菓子屋、魚屋、鍛冶屋さんなどがあり、休日とあって、いずれも実演していた。鍛冶屋を覗くと、植木鋏の工程が実物で示されており、1本の鉄の棒から15くらいの工程を経て、完成品となるのがよくわかる。これを2時間くらいで仕上げる、という。聞けば、4代目の鍛冶屋だが、もう跡継ぎはいない、という。修行に10年かかるので、「いまの若い人はそこまで辛抱できない」と4代目が嘆いていたのが印象的だった。木屋にも品物を納めている、という。京都の有次を知らなかったのには驚いたが、帰りにおみやげ店で売っているという植木鋏を見たら、5000円くらいしたので、買うのを止めてしまい、家に帰ってから買えばよかったとちょっぴり後悔した。
 房総のむらはこのほか、千葉周辺で発掘した土器などを展示している「風土記の丘」や、民家、武家屋敷が再現してあり、なかなかの施設で、まさに一見の価値がある立派なものだった。民家では昔懐かしい竹馬や、独楽回しも体験できるし、子供が喜ぶ凧つくりの催しもしていた。車やバスでしか来られないのが残念であるが、もっと一般に知られていい施設だ、と思った。
 帰りは安食駅からざっと2時間で帰れた。総歩行数は1万4000歩で、春の爽やかな房総散策であった。 
 
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