鈍想愚感

何にでも興味を持つ一介の市井人。40年間をサラリーマンとして過ごしてきた経験を元に身の回りの出来事を勝手気ままに切る

岸田首相が「渋谷サクラステージ」の開所式に出席したことを見て、センスのなさに驚いた

2024-07-26 | Weblog

 25日ちょっと旅行に出て先のホテルで、夕刻テレビを点けていたら、岸田首相が今日、渋谷にオープンした「渋谷サクラステージ」なるショッピング施設の開所式に出席して、挨拶した、と報じていた。鈍想愚感子もこの週初めにその「渋谷サクラステージ」の関係者披露会に参加して一覧してきたが、どこと言って特徴があるような施設でもなくて、単に渋谷の一角にレストランと物販店が軒をそろえたショッピング施設ができた、というだけで、それほど注目を集めるようなものでもなかった感想を持った。

 そんなどこにでもある商業施設ができたからと言って、一国の総理大臣がわざわざお出ましして、祝辞を述べるようなものなのか、と疑問が湧いた。どうせ、東急グループのお偉方の一人が知り合いの政治家を通じて、岸田首相のお出ましを画策しそれが通った、ということなのだろう。岸田首相が頭の上がらない筋の自民党の巨頭あたりへの伝手を頼ってのことなのだろう。そんなルートの経過を辿るような知り合いもいないので、あくまでも憶測に過ぎないが、今日26日の各紙の首相消息欄を見ると、確かに岸田首相は25日の9時11分に公邸を出て、渋谷に向かい、渋谷サクラステージ記念式典に出席と掲載されている。

 この程度のイベントに一国の総理大臣がお出ましになるということはお誘いさえあれば、どこにでも総理大臣が出席するということはなんの基準もない、ということなる。いやしくも公費を使ってお出ましになるのだから、出席の基準というものがあって然るべきなのに、ノーズロでは総理大臣の行動基準なるものがまるでない、ということになる。もともと岸田首相にはそうした基準らしきものはまるでない、という印象がある。これでは首相たる威厳があったものではないし、奉るような尊敬の気も起きてこないことだろう。

 しかも岸田首相がいまどういう状況に置かれているかは新聞、テレビがそろって9月の自民党総裁選に向けて必死の出馬情報を集め、自らも参戦する構えでいることは間違いない。そんなさなか、こんなありふれたショッピング施設の歓声披露式にお出ましになるというのはどう考えても合点がいかない。そんなことをしている状況にあるのか、これで岸田首相の周りには事の是非の判断が的確にできる御仁がいないということがはっきりと裏付けられたこととなる。

 岸田首相自身がそうした判断をするのに一番の責を負うのはもちろんであるが、その判断を行うのに適切なアドバイスする人がいない、ということが今後の岸田首相の動向に大きな影を落とすこととなるのは間違いないことだろう。それこそ、先の東京都知事選で小池百合子知事に次いで2位となった石丸伸二元安芸高田市長が広島一区に出馬し、岸田首相を追い落とすことを策略していると伝えられているが、そんなことも十分にありうることだ、と思えてくるのも無理のないところだろう。

 

 

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どう考えても違和感の残る岸田首相と優生保護法被害者との面会は、秋の自民党総裁選を意識したパフォーマンスだ

2024-07-18 | Weblog

 17日にテレビを見ていたら、岸田首相が旧優生保護法(1948年)下で障害がある人たちに不妊手術を強制したのは違憲と断じた最高裁判決の原告たちを招き、「政府を代表して謝罪を申し上げます」と例のよって官僚の書いた原稿を読み上げ、頭を下げた場面が写っていた。日頃の首相をしての行動ではありえない殊勝な表情で写っていたが、どうせ頭の中では「昔の先輩が決めたことだからしょうがない」とでも思っていいるのが見え見えで、どう見ても違和感の残る場面だった。

 確かに戦後まもなくの障害者に対するこうした措置はひどいもので、時に政府関係者こそ責められ、責を問われなければならないのは明らかで、最高裁の判決は正しい方向へ一歩踏み出したものとして褒められるべきものと言える。特に被害者に対して見舞金を支給するのに除斥期間を設け、全員に対して見舞金が支給されるのを妨げていたのを撤廃することにしたのはやっと司法の場で公平に取り扱われることが約束されたものとして高く評価される。

 こうした状況で国の最高責任者たる首相が被害者に対して頭を下げるというのは素晴らしいことではあるが、岸田首相についてはこれまで首相として振る舞うべき場にいて、それなりの言動をしてきたのか、と問われればまず然るべき場には出てくるるのは極めてまれで、常に一歩後ろに下がっていて、配下の閣僚なり、官僚に任せてきたのが通例で、首相としての役割りを全うしてきたとは言い難い首相であった。昨年末以来の政治資金問題で、岸田首相が前面に出て言うべきことを言ったということは正直あまりなかった、といのが大方の見方である。

 それを今回は一躍前面に立って、役人が用意した書面を読んで、4秒づつ2回も頭をも下げたというのは異例といえる。どうせ官僚がまずだめだろうと思って、そうした場面をセットしたのに、今回は岸田首相が即座に乗ってしまい、実現したのだろう。岸田首相の腹づもりはここでなんとか来るべき自民党総裁選へのスタートとして点数を稼いでおきたい、との思惑でもあったのだろうとしか思えない。相変わらず低空飛行している内閣支持率のアップを図りたい、との思いもあったのは否定できない。

 いままで岸田首相のパフォーマンスから見て、どう考えても武見敬三厚生労働大臣の出番だったのではなかろうか。

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米メジャーの大谷翔平選手はTVコマーシャルに出すぎではないだろうか。水原問題の再燃にならなければいいのだが‥‥?

2024-07-13 | Weblog

  米メジャーの大谷翔平の最近の活躍ぶりから世界一の野球選手としての地歩を固めつつあると見る向きが多くなっているのは間違いない。ただ、そうしたなかで最近気になっているのはテレビで放映されるコマーシャルに大谷選手が出過ぎているのではないか、という点である。ECCジュニアなる子ども向けの英語塾のTVコマーシャルになぜ大谷選手がCMタレントとして起用されたのか詳細はわからないが、いまの大谷選手のパフォーマンス上、なにか違和感が感じられるような気があるのは考えすぎなのだろうか。

 考えてみて、かつての米メジャーに在籍したイチロー、松井選手は多少のTVコマーシャルに出演はしたのだろうが、大谷選手ほど多くないし、それなりに出演するコマーシャルなり、企業を選別していたような感じがある。それにひきかえ、大谷選手はこれまで三菱UFJ銀行はじめ、お茶の伊藤園などのコマーシャルに出演してきた。かつてはビットコインなど投資案件の企業の広告にも出演し、当該企業に被害を蒙ったお客から訴えかねない事態すら起きたことがある。

 こうした経緯を見ていると、一体大谷選手に持ち込まれるコマーシャルへの出演なり、名義使用についての窓口なり、検討はどういった体制で応じているのだろうか、という点に疑問が感じられるようなこととなってくる。大谷選手自身が判断しているとも思えないし、的確な判断をしてどう対応しているのか、がよくわからない。妻の真美子夫人が采配を振るっているようなことはないのだろうが、きちんとした体制を整えているのかどうか、極めて疑わしい感じがする。

 大谷選手はあくまでもメジャーリーグの野球選手だから、野球選手としてこのコマーシャルに登場してもいい、と判断したうえでのものならいいのだが、いまの感じでは単にお金稼ぎのために次から次へと来る出演依頼に応じているだけで、野球選手としてのイメージから判断しているとは思えない。そうであるなら、単に稼げるからというお金だけでの判断しか感じられない。すでに1000億円以上の稼ぎを確定しているのだから、そんなに稼がなければならないという理由は理解しがたい。少なくとも大谷選手のイメージにとって受けるべきかどうかという判断がなされたとは受け取りにくい面がある。それだと単にお金を稼ぎたいから、野球をやっているに等しい。どう考えても日米の少年に対して野球をすることが夢を与えてくれる、というイメージには程遠いものとなってしまうのではないだろうか。

 この春、野球賭博によって大谷選手から多額な金銭を奪った水原一平元通訳が罪に問われ、いまだに決着を見ていないが、この時も実際に大谷選手がどの程度事態を把握していたのか、は解明されてはいない。巷間、大谷選手は通訳、および身の周りのことごとの処理についてきちんとした代理人を立てるべきだ、ということは指摘されていた。大谷選手はすでに危機管理広報としてマシュー・ヒルチック氏、もしくは(株)二刀流のネズ・バレロ氏と契約しているとも伝えられていたが、きちんとした契約がなされているとは思えない状況である。今回のテレビコマーシャルへの出演依頼もこの種の代理人が判断して、大谷選手の意向、同意に沿った形で進めるべきだ、ということである。

 しかし、最近の動きを見ると、少しも改善されたようには見えてもこない。大谷選手はロスアンゼルス郊外に邸宅を構えたようであるが、その豪邸について、日本のフジテレビなどが取材して放映し、問題を起こしているような噂も飛んでいる。こうした点を見ていても、大谷選手の周辺できちんとした代理人がいて、問題解決にあたっているような体制はいまだに築かれていないようにしか見えない。ということは再びこの春に起きた水原通訳の犯罪のようなものが再び起きるような気がしてならない。今度同じようなことが起きたら、大谷選手の活躍はもう望めないこととなるのが懸念される。

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TBSのサンデーモーニングにソフトバンクの孫正義氏が生出演しているのを見て驚いた

2024-06-30 | Weblog

 30日朝、いつも見ているTBSのサンデーモーニングを点けたら、司会の膳場貴子の横のコメンテーターの席にソフトバンクの孫正義社長が座っているのに驚いた。いつも決まった評論家など4人が座っており、イレギュラーな人物が登場するのはあまり例がない。しかも現役の経営者が座るなど見たことがない。この番組は最初に過去一週間のニュースを取り上げ、そのコメントを居並ぶコメンテーターに順次聞いていくのが通例で、まず最初に米国のこの秋の大統領選の討論会で現職のバイデン大統領が対抗馬のトランプ氏に大きく差をつけられたことを報じ、それについてコメンテーターにどう思うかを聞いていくこととなり、トップバッターの目加田説基子中央大学教授に次いで孫氏にコメントが求められた。だが、孫氏はバイデン、トランプ両氏に会ったことはあるものの専門分野でないこともあって、「2人とも世界に影響を与えるので、頑張ってほしい」などと当たり障りのないコメントで終わってしまった。  

 ところが、その後、話題が円安に移るろ「日本の経済の底力は相当に弱っている。もう1度最先端技術を立て直すしかない」と語り、さらに今はやりのAIに話題が変わり、先日ソフトバンクが米国の医療分野の企業と提携」したことに触れるや、孫氏は持論を展開し、医療の世界をAIが圧倒する時代が来ることを話し出し、今後について成算があるようなことを力強く語りだした。医療分野で今後12年でいまの10億倍もの活躍を果たしてくれる、と目を輝かせて語ってくれた。半分、自社の宣伝であるとはいえ、現実にAIの現場で指揮を執っていて経営者が語るのだから、かなり説得力のある話しぶりであった。

 この番組はこの後にスポーツコーナーがあり、冒頭プロ野球に現況について話題が及ぶので、孫氏のソフトバンクがパリーグで首位を快走していることについてもコメントが求められるのかな、と期待していたら、AIの話題が終わった段階で、膳場キャスターが「孫さんはこの後の予定があるので、ご出演はここまでです」と述べ、孫氏は場をあとにしてしまった。

 どういう経緯で孫氏の出演が決まったのかわからないが、たまたま「今週の出来事」の話題のなかで、ソフトバンクがAI分野で米国の医療関係の会社と提携するニュースがあったので、臨時のコメンテーターとして座を用意したのを孫氏が引き受けた、ということなのだろう。孫氏としても自社のいい宣伝になると判断してチャッカリと乗っただけのことかもしれない。TBSの番組担当者のなかに目ざとい人いただけのことかもしれないが、一般紙のテレビ番組欄に「孫正義氏が番組生出演」と明記してあり、いい番組の宣伝になったのかもしれない。ひょっとしたら、ソフトバンクの関係者がいい宣伝になる、と思って、TBS側に持ち掛けたのかもしれない。世の中で、”ソフトバンクは生き馬の目を抜く”といわれているが、ソフトバンクの社員なら考えそうなことでもある。

 

 

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原告、被告とも社会の問題点に対する視点が欠けていて、残念な結果となった傍聴であった

2024-06-27 | Weblog

  26日は東京・霞が関の東京地方裁判所へ行き、午後1時30分から603号法廷で東京近郊の鍼灸師派遣の会社、パレ―ド社が同じく鍼灸師派遣のHITOWAライフパートナー社に損害賠償請求している民事裁判を傍聴した。まず被告側の証人が証人尋問に立ったが、最初は施術管理技術者がなんとかかんとかといったやり取りをしていて、どこに問題があるのか、さっぱりわからなかったが、聞いているうちに原告が被告の商売のやり方に問題があると指摘していることがわかってきた。

 被告は埼玉県所沢で鍼灸師を派遣しているが、同じ埼玉県狭山市にも同じように鍼灸師を派遣していることが保健所が別なので違法ということが指摘されていて、施術管理者技術者も同じような問題を抱えていることが暴露された。被告側の証人はそれを指摘されてもすでに被告会社を退職していたので、あとになって知らされた、ということのようだった。話を聞いているとこうしたことはこの世界ではどこもがやっているような状態のようで、所轄官庁の厚生労働省も訴えがない限り、放任しているような状況にある、ということも明らかとされた。

 だからといって裁判長も問題を重視するような感じはなく、続いて尋問台に立った被告側の証人も淡々と聞かれたことを証言していった。それでも法的な問題点について、突っ込むような尋問もなく、聞かれたことの経緯を証言するでけで終わってしまった。被告側の証人2人はいずれも中間管理職で、会社全体を見渡してものを言うタイプでなく、会社としての方針といったことに触れるような発言は一切なかった。

 そして、最後に証言台に立った原告に注目したが、最初弁護人が被告との団体契約の解除、および被告の不正請求について訴えていることを明らかにしたが、尋問ではそれをことさら披露することなく、事の経緯をなぞるだけの尋問に終わり、折角起訴したのだから、社会の問題点にふれるような展開を期待したが、それも空振りに終わったような感じだった。請求している損害賠償額についても明らかとされなかったのも不満だった。途中で退席してしまったので、問題の所在については納得をえられないまま中途半端な傍聴となってしまった。

 被告のHITOWAライフパートナーは鍼灸師の派遣のみならずおそうじ、靴フランチャイズなど多岐にわたる事業を展開していて、グループ全体で8000人の従業員を抱える立派な企業のようであり、社会的にも存在感のある企業にようである。にもかかわらず裁判に際して抱えている事業に関して会社としての取り組み、今後の方向などを適格に話すことのできる責任者を出してこないことは大いなる汚点ではないか、と思われた。

 裁判では原告、被告とも訴訟の争点がどこにあり、それだけでなく社会的な問題につながるような側面があれば、それについても光をあてるような視点をもった対応が期待されるところだが、今回は原告、被告ともそれについては全くの配慮がなく、期待外れの結果となったことは至極残念なことであった。 

 

 

 

 

 

 

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60年ぶりに再現された友との付き合いの一コマになんともいえない感慨が湧いてきた

2024-06-24 | Weblog

 この13日から3日間、高校時代の友達3人と名古屋から信州松本を経て東京へ帰ってくる旅をした。3人とは高校の剣道部の仲間で、ずっと離れても時に会い、楽しく過ごしてきた仲間だった。ことしも昨年に続き、旅をしよう、ということで、集まった。まず名古屋駅に集合し、名鉄で稲沢へ行き、そこからY君の車に乗って松本へ行った。もう一人稲沢の仲間S君がいたが、身体の調子がよくないということだったので、立ち寄ってお見舞いのお菓子を渡し、4人で一路中央高速で松本に向かった。

 長野県にはこれまでに数回訪れているが、松本市に来たのは初めてで、松本城へ行った。木造の5層建ての立派なお城で、中の階段を登るのに行列ができるほどの混雑ぶりに驚かされた。戦国時代の永正年代に造られた深志城が始まりで、天正10年(1590年)に小笠原貞慶が新たに松本城として改築した、という。じっくりと見学した後、市内の浅間温泉にある帰郷亭ゆもとやに泊まり、温泉にゆったりと浸かり身体をほぐした。

 翌日は松本市内をドライブし、まず美ヶ原高原に行き、その真ん中に位置する王ヶ頭ホテルのベランダでコーヒー飲みながら 日本アルプスの山々を360度眺めながらその絶景を楽しむという幸せなひと時を過ごした。その後、再び松本市に戻り、信州そばの昼食を摂ったが、長野県の中心は長野市でなく、この松本市ではないか、という感想を強く持った。日銀の支店も長野市でなく、松本市にあったことを見れば、なおさらとの念を強くした。

 その後は進路を一路東京に取り、我が家のある川崎市をめざし、午後7時過ぎに家に帰った。2泊目を我が家にするというのはメンバーのなかのK君のアイデアで、早速、簡単なディナーを摂りながらビールを飲むという宴会となった。話は盛り上がり、結局24時を回って眠りに就くということとなった。3人のうち、1人のいびきがうるさくて、2人と1人が別の部屋に別れて眠るということと相成った。

 それでも翌朝は8時頃には起きて、午前10時頃には3人は名古屋へ向かって出発した。その後夜になってメールが来て、東京から横浜にかけて渋滞にはまり、家に帰ったのは午後6時頃だった、ということだった。お疲れさま、と言わざるを得ない。こちらも強行軍だったので、その後2日間は疲れが残った。

 このグループは剣道部の友人で、いずれもが長男だったので、惣領の甚六をもじって甚六会という名前を付けていたが、最初7人いたのが一昨年に1人亡くなったのでいまは丁度6人となっているが、今回は6人のうち参加は4人となった。考えてみれば、高校を卒業して大学に入った昭和39年(1968年)の5月に当時東京・飯田橋の近くに下宿していた4畳半の部屋に甚六会の仲間の6人が上京して総勢7人で2日ばかり泊まっことがあった。あれから60年経って、同じようなことが再現されたわけで、なんともいえない懐かしい思い出となった。いずれにしろ、こんなに永い間の友情が保たれていることに他ならないということで、人生の貴重な一コマといえるのかもしれない、と感慨深く思い出した次第。

 

 

 

 

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京都並みの混雑ぶりを呈していた古都、鎌倉。なかでも覚園寺はもっと知られてもいいお寺だと思った

2024-06-09 | Weblog

 8日はピースボート乗船の友達のH氏夫妻と連れ立って鎌倉見物に出かけた。午前10時に北鎌倉駅に集合することで出発したところ、川崎駅での乗り継ぎに遅れ、定刻過ぎに北鎌倉駅に到達したが、改札を出ると沢山の人が密集しており、まるで東京・銀座や京都並みの混雑ぶりを呈していた。これまで数回鎌倉には来ているが、こんなことは初めてのことで驚いた。円安で海外旅行が敬遠され、国内観光に切り替わっているうえ、天候にも恵まれたとはいえ、老若男女がこれほど鎌倉に殺到するとは思いもしなかった。

 まずは北鎌倉脇にある鎌倉五山のひとつである円覚寺に行くと、入口で拝観料を1人500円也を徴収された。以前は拝観料を取らなかったような記憶があるが、ここでも京都並みということか、と納得した。境内は樹木が生い茂っており、初夏の風が吹く抜く中、境内を散策し、お参りをした。緑あふれる境内は別天地といった感じで、古都鎌倉の匂いを嗅ぎ取ることができた。続いてJR横須賀線沿いを歩き、鎌倉五山のうちの建長寺を訪れ、ここでも拝観料を払い、総門をくぐり、仏殿建長7年(1255年)鋳造の国宝、梵鐘を拝観したあと、方丈の龍王殿に上がり、見事な庭園脇で一服した。けんちん汁がこの建長寺で生まれたものであることを知り、改めて日本の文化にお寺が関わっていたことを思い知らされた。

 この後は紫陽花で知られる明月苑はどうせ満員だろうと敬遠し、ランチを摂るべく鶴岡八幡宮前の蕎麦屋に行ったところ、14組待ちの混雑ぶりだった。とりあえず客待ち台帳に名前を記入して、30分あまり鶴岡八幡宮にお参りした。で、戻ったところ、わずか3組進んだだけだったので、キャンセルし、すぐ隣の同じ蕎麦屋に入り、鎌倉割子そばなる鎌倉名物に舌づつみを打ち、味を堪能した。

 その後は小町通りを散策しながら、鎌倉駅に至り、Hさん推薦の覚園寺に行くべくバスに乗って鶴岡八幡宮の東北あたりに位置するお寺に向かった。覚園寺は建保6年(1218年)に時の将軍、北条義時が創建したもので、以来800年にわたって引き継がれてきたお寺だ、という。現在31代目にあたる僧侶が引き継いでいる、という。本山の薬師堂脇には樹齢800年という神奈川100選の銘木、槇の木が聳えていてお守りしている風であった。境内を一周して、出口にさしかかった脇に合歓の木があり、側にいたお尚さんが「この合歓の木は夕暮れになると花が開いたように咲き、日が出ると閉じてしまいます。それも数日限りである」と説明してくれた。建長寺を出た際に脇に観光案内図が掲示されていて、この覚園寺が紹介されていたのを思い出し、もっとみんなに知られてもいいお寺だ、と思った。

 ともあれ、鎌倉を訪れる機会がもっとあってもいい、と思った。数年前に鎌倉を訪れる観光客は年間2000万人で京都の約半分だと聞いた記憶があるが、今日の感じではいずれ追いつくことも夢ではない、と思った。

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日本の最先端技術の研究に勤しむ理化学研究所を見学できて、その息吹を感じ取って感激した

2024-06-05 | Weblog

  4日は埼玉県和光市にある理化学研究所の見学ツアーに参加した。先月末にたまたま理化学研究所のサイトを開いたところ、見学ツアーが開催されるとの広告を見て、定員20名ですでに募集人数を大幅に超える応募がある、と書いてあったので、おそらくダメだろうと思っていたら、当選の通知が来たので,喜んで参加することにした。和光市までは渋谷から副都心線を通って都心から約1時間で行ける感じで、集合時間の1時50分まで20分くらいで着く予定で和光市駅から歩きだし、西門までたどり着くと閉まっていて、約100メートル先の正門まで行くと、再び西門まで歩けとのことで、遠回りして、それらしき団体がいたので合流すると、もう一度西門まで行って受付をしてくれ、ということで、汗かきながら歩き回り、やっと見学団に合流できた。

 で、見学団に加わり、最初の理研ギャラリーにてオリエンテーションを聞いた。そこで、理研が1917年に設され、大河内正敏氏のもとで、多くの研究者を輩出し、ノーベル賞受賞の湯川秀、朝永振一郎博士らを生み出し、米国のカーネギー、ロックフェラーと並ぶ地位を確立したことなどを聞き、改めて理化学研究所の偉大なる業績を拝聴した。その後、脳神経科学研究センター、仁科加速器研究センターを見学し、理化学研究センターが元素番号113のニホニウムの命名権を獲得するなど数々の業績を挙げたことなどを聞いた。

 理化学研究所は東京近郊の和光市の約30万平方メートルもの広大な敷地のなかで2700人もの研究者が務めており、この中には外人研究者が約800人も含まれている、という。昨2023年度の予算は1000億円を超える規模で、今話題の量子コンピューターやサイクロンはじめ原子核の研究など最先端の研究が進められている。数年前にノーベル受賞の山中伸弥教授が脚光を浴びたIPS細胞の研究に参じた小保方晴子研究員もここ理化学研究所員であったことは有名である。見学の途中、広大な敷地の横にゴルフ場を思わせる緑地があり、大きな通信塔が立っていたので、何かと思っていたら、米軍の装置だと説明していた。また、敷地の一角にサッカー場かと思われるような運動場もあり、研究員、所員の間でサッカーか、ラグビーでもやるようなこともあるのかな、と思わせてくれた。

 ともあれ、日本の科学技術の最先端の研究が行われているいわば聖地である理化学研究所を訪れ、その息吹を感じられたことに感激した。来た甲斐があったというものだ。もちろん、ほんのその一端を覗いたに過ぎないが、いずれ、家族の一員がこの施設の一員にでもなるようなことでもあれば、一層、身近に感じることができることだろう、と思った。

 和光市駅からの帰りに行きに利用した副都心線を使って帰ろうと思ったが、1時間ほど先だったので、池袋行きの西武池袋線しかなくて、それに乗った。池袋駅に着いて、改札を出て山手線に乗り換え、渋谷駅で田園都市線に乗り換えて溝の口駅に帰った。で、結局行きの520円に比べ200円近く高いものとなってしまった。一旦改札を出てしまうとこういうことになってしまうのだろうが、いい経験をしたのだから、と納得した次第。今秋にも再度、見学会行われるとのことだったので、都合がつけばぜひ再度訪れてみたい、と思った。

 

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会社でいえば社長の座に収まっている岸田首相は会社を倒産させる社長であることを国民は知るべきである

2024-05-27 | Weblog

 26日行われた静岡県知事選で大方の予想通り立憲民主党、国民民主党推薦の前浜松市長の鈴木康友氏が自民党推薦の元副知事の大村慎一氏を約8万票の差で破り、先月の衆院3補選に続き自民党の惨敗となった。同日に行われた東京目黒区・都議補選でも小池都知事が支援した自民党公認候補が立憲民主党の前都議に敗れるなど保守系立候補者が相次いで敗れ、政治パーティでの裏金造りなどで国民の支持を失っている岸田政権にとっていよいよ”万事休す”の事態に追い込まれつつあることを物語っているなによりの証拠となってきている。

 静岡県知事選は投票率52.47%とほぼ前回並みだったなか、鈴木康友氏が72万8500票で自民党が推した大村慎一氏の66万1013票を約6万7千票上回り、圧勝した。朝日新聞が実施そた出口調査によると自民党支持層の34%を獲得したというから、自民党支持層の崩壊が今回の勝利をもたらしたとも言える。事前には党内ではこの選挙に勝利すれば、解散総選挙との声も出ていたので、この敗戦は大きいもののがある。加えて東京目黒区での東京都議補選での自民党および小池都知事の敗戦はさらに自民、および小池都知事の戦略に与えるものは大きい。

 昨年末以来の自民党の裏金問題はここへきて、政治資金パーティ裏金事件、政策活動費のあり方など政治改革の進め方をめぐって相変わらず本腰の入らない姿勢を示している自民党に対し、国民の怒りは頂点に達しつるある、といっても過言ではない。あまつさえ、増税メガネの汚名を返上すべく岸田首相が打ち出した1人当たり4万円の6月減税を企業などに給与明細に減税額を記載するように義務づけるなど、どこを見て政策を打ちだしているのか、全く理解できない政府、岸田政権の意向に対して、増税メガネに加えて”恩着せメガネ”の名前まで飛び出している始末で、いよいよ岸田政権は破滅の道を辿り出したとしか思えない状況になってきている。

 自民党の政治改革に取り組み姿勢も事態の本質を一体理解しているのかが疑われる状況になっており、とても国民の理解が得られるとは思えない。岸田首相は会社で言えば社長に位置付けられる存在であるが、その社長が事態の現状を一向に理解していなくて、お得意の対外外交に勤しんでいて、会社の存続が危ぶまれるのにノンシャランと飛行機に乗って外遊もどきの行動に走っている状況は到底認められるものではない。

 会社ならそんな会社は社員から一斉に”ノー”を突き付けられて、辞任せざるを得ないのに、いまの自民党はそうした自浄能力を失ってしまった状況にあるとしか思えない。そんな自民党に愛想をつかしてしまっているのがいまの国民である。その証拠が冒頭の静岡県知事選であり、同日に行われた東京都補選議である。このうえは来るべき衆院選挙で国民が一致して自民党政治にノーを突き付けるしかない。岸田首相を政権の座からお引き取りを願うしかない。このままでは”日本”という会社は倒産する道を進んでいることを強く訴えたい。

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東京都がカスハラについて対応マニュアルを作成すると聞いて思ったこと

2024-05-22 | Weblog

 21日熱海に出掛け、部屋でテレビを見ていたら、チャンネルは忘れてしまったが、テレビで「東京都がカスタマーハラスト対策について職員に対応マニュアルを作成している‥‥」といった報道をしていたのを聞いていて、東京都の職員が都民に対応していての話としては違和感を感じた。コンビニやレストランでお客と接している場合と東京都の職員が都民と接しているケースを同じカスタマーとして捉えるセンスが少し違うのではないか、と思った次第で、お役所がそんなセンスで納税者に接しているとしたら、話が違ってくる思いがぬぐえない。

 いまカスハラといってお客がコンビニの店員に対して横暴な言動をするのが問題となっている。回転すしチェーン店で卓上にあるお醤油などをがぶ飲みしていたりするシーンをネットで流して喜んでいたりしていたのに続いて、コンビニで店員が釣銭などを間違えたりした際に怒って難癖をつけ、店員に食ってかかるのを指し、ネット上で大きな話題を呼んでいる。数年前からセクハラ、パワハラなど性的なハラスメントや、会社で上司があれこれ部下をいじめるハラスメントとして順次世間で大きく取り上げられるようになり、その一環として様々なシーンで相手を罵ったり、やっつけるなどしてネットで大きく取り上げられるようになった。

 コンビニやスーパーなどでお客への応対がつっけんどんだからといって文句をつけたり、挨拶をしないから嫌味を言ったりして、なかには商品を投げつけたりする極端なケースも見られる。東京都がそれにならって職員が都民への窓口での応対での所作について、多くのケースを参考に応対マニュアルを作る、というのがニュースの要点だったが、その前に職員に対し、都民はカスタマーである、というのがひっかかった。誰が言い出したのか明らかされていないが、まず東京都民が東京都のカスタマーであるというののが疑問である。むしろ都民は都税を払っている納税者であり、決してお客、カスタマーだとは思ってはいない。東京都の役人の応対がいい加減であれば、「それなりの処置を取れ」とでもいうのは当然のことであり、決してハラスメントなんかではない。

 東京都の職員は コンビニ、スーパーの店員と同じではなく、都民に奉仕する公僕(PubliServant)であり、むしろ民に仕える役人である。民が心安らかに暮らし、日々を幸せに過ごすことができるように尽くすのが務めである。東京都に限らずいまの役所の職員は住民に対し、カスタマーであるとの認識など持っていないのが一番の問題ではなかろうか、。つまり、カスタマーハラスメントなど起きる状況の前にあるのではないか、というのが正直な感想で、まずは東京都はじめ全国の観光庁の職員らが住民に対してどんな思いを持って日々の業務を行っているかの調査から始めるべきではなかろうか、と思った次第である。東京都はカスハラ対策を条例化する意向のようだが、その前にまず役人の意識改革を進めてもらいたいものである。

 つまり、まずはお役所の職員が住民へ奉仕をどう考えているのかを掴んだうえで、日々の業務の進め方を初心の公僕精神を職員に徹底していくことがいま一番求められていることではないだろうか。

 

 

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