prisoner's BLOG

私、小暮宏が見た映画のノートが主です。
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「アウトポスト」

2021年03月17日 | 映画
大半のシーンが敵の真っ只中の圧倒的不利な態勢での戦闘という点で「ブラックホーク・ダウン」以来といえるし、異国で異人種に囲まれている孤立した砦でのアメリカ軍の戦いという点では西部劇以来でもある。

砦があるのが高台ではなくすり鉢型の地形の底なのだから、敵のタリバンにとっては360°どこからでも姿を隠したまま攻撃できるわけで、なんでこんなところに砦を構えたのかと呆れてしまう。

音響効果の凄まじさ、いつどこから砲弾銃弾が飛んでくるかわからない恐怖とショックの醸成にすぐれ、どうやって撮ったのかと思うカメラワークも随所に見られる。

実話もので、大勢の兵士たちをいちいち名前つきで紹介するが、ドラマとして特定の誰かをピックアップして粒立てる処理はあまりしていない。上官も含めて、あくまで兵士としての駒たちとして扱われる。ドラマでいう人物紹介やキャラクター描写はないに等しい。

クリント・イーストウッドの息子のスコット・イーストウッドが主役の一人として出ているが、あくまで大勢のなかの一人という扱いにとどまる。

エンドタイトルで本物の兵士たちのうち戦死した者の写真を俳優のそれと並べて享年とともに一人一人紹介する。
中には自分の役を自分で演じた人までいる。
実話ものにある、本当にあったことなのだという強調が極めて強く出ている。

それだけこの絶望的な戦いを戦い抜いたことはアメリカにとっては賞揚することらしい。
正直、勝ったわけでもないし、第一あんな所に砦を構えた段階で戦略としては失敗しているのだが、すんなり勝つのでは戦いの意義を説くにはあまり効果的ではないのだろう。
絶体絶命の時にちょうど空爆されるのがまた、西部劇の騎兵隊の到着のよう。

タリバンはもちろんだが、周辺の部族の長老たちの描き方も、西部劇での信用できない異人種のパターンそのまんまなのは、ほとんど開き直って中途半端に異人種の扱いに気を使わず小状況の話としてアメリカ軍内部の視点で統一した結果ではあるだろう。
このあたりは「ブラックホーク・ダウン」同様の、敵を意思や個性のある人間として描いていないという批判が当然成り立つ。

もちろん異人種にとっては信用できないのはアメリカの方で、裏切ってきたのもアメリカの方であるのは言わずもがなだから映画を見ている間はそういう批判はいったん引っ込めて見ていた。しかし一定の満足感をもって見終わってからしばらく経つと、批判は批判として保持しないとと改めて思う。

見事なくらい男しか出てこず、姿すら映らない(兵士の一人の妻の写真もほとんど見えないくらい)ので、ラスト近くで女の声が聞こえるとほっとする。
そこで終わればよかったのだが、姿まで見せてしまうのは蛇足気味。





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