prisoner's BLOG

私、小暮宏が見た映画のノートが主です。
時折、創作も載ります。

「Diner ダイナー」

2019年07月20日 | 映画
藤原竜也がシェフを務める殺し屋専門のダイナーに生きる意味を見失った女の子の玉城ティナがなぜか連れてこられるという話は予告編でわかっていたことで、だいたいのテーマも見える設定だが、これが実際の映画ではまるで機能していない。

殺し屋たちが集まれば殺し合いが始まるに決まっているのだが、これがどういうルール、あるいは力学で行われるのかさっぱりわからない。という以前に集まる前に一人先に来ていた殺し屋が勝手に暴れて勝手に死んでしまうといった調子。ストーリーラインの体をなしていない。かといって「殺しの烙印」のように開き直ってナンセンスに徹するほどの方法論も持っていない。

冒頭のロケでエキストラを様式的に動かした演劇調を取り入れた演出は即監督蜷川実花の父親蜷川幸雄が実際の寺や神社を舞台に見立てて芝居を演出したのを思わせるし、実際蜷川幸雄の肖像がダイナーに飾られている。

しかし役者たちは放し飼いに近いハイテンション演技のそろい踏みで、玉城ティナがかわいいだけならまだしも妙にめそめそした調子で混ざるとアンサンブルも何もあったものではない。

「サスペリア」のオリジナルあるいは「コックと泥棒、その妻と愛人」みたいな極彩色で埋め尽くした美術は一応の見ものだが(横尾忠則の作品が壁にずらりとかけられているのがいかにもで鼻白む)、「食」の生々しさやグロテスクに踏み込むところがないのが美学の不徹底を示し、ジョン・ウーのコピーみたいな二丁拳銃の撃ち合いを持ち込まれても挨拶に困る。

「Diner ダイナー」映画.com

「Diner ダイナー」- 公式サイト



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