prisoner's BLOG

私、小暮宏が見た映画のノートが主です。
時折、創作も載ります。

「ジャップ・トージョー」

2012年05月08日 | シノプシス
1962年。サンフランシスコ空港に、あまり上背はないが、体格のがっしりとした、しかしそれとは裏腹に不安そうな態度の一人の日本人の若者がプロペラ機から下りたった。加藤康道、23才。プロレスラーを目指したが、体格に恵まれないため団体の中では一人前扱いされていなかった。長いこと前座を勤め、やっとアメリカ修行に出られることになったが、それは期待されての武者修行というより、厄介払いに近いものだった。
迎えに出たのは、日系一世のグレート・トージョーという悪役レスラー一人だった。戦後すぐの反日感情が強いアメリカで、日系人の強制収容所を出た後、あえて敵国である日本の首相の名前を名乗り、角刈にして、メリヤスのシャツにステテコに印半纏を羽織り、腹巻きにお守りを首をかけ・ゲタをはいてガニ股でかっぽするという、ガラの悪い日本人イメージ、西洋人の持つ昔の“ヤクザ”そのままの扮装で、試合前には手のザルに入れた塩を相撲まがいにまき、時に反則の目つぶし攻撃に使い、ゲタで殴りかかり、ちょっとやられるとぺこぺこするかと思うと隙を見て金的攻撃とするという具合に、とことん戦中の日本人の悪いイメージを観客の怒りを煽るのに利用することで悪役レスラーとしての地位を固めた男だ。それだけに、リングの下でも人の怒りを買うのを一向に恐れない、信じるのは金だけというタイプの男だ。
加藤はそういう男と組むのは気が進まなかったが、何しろ他に受け口になるような人間は一人もいないのだからやむをえない。

トージョーは空港に下りたった加藤をそのまま試合場に連れていった。タイム・イズ・マネー、ホテルなどで時間を潰させるなどとんでもないというわけだ。いやも応もない、控え室で加藤はたちまち柔道衣を押しつけられ、日の丸の鉢巻をさせられ、日本刀を持たされる。そしてリング・ネームはグレート・ケイトーだと一方的に言い渡される。グレート・カトーじゃいけないのかと聞くと、アメリカ人はケイトーと発音するのだと言われ、それ以上の抗議は相手にもされない。二人合わせてのタッグ・チーム名は、“サムライ・ニンジャース”だ。なんて名前だ、と抗議してもこれまた相手にされない。
加藤は、おそるおそるリングに向かった。当然、客は西洋人ばかり、好意的な目を向けてくれるのはリングの上にも下にもいない。試合が始まった。相手レスラーたちは新米に気を使ってくれるところなどかけらもなく、自分を格好よく見せるべく容赦なく叩き潰しに来る。加藤は内心技には自信があり、柔道の寝技・間接技に持ち込もうとするが、なにしろタッグ・マッチでもう一人が乱入してきて目の中に指を突っ込まれてはたまらない。そのくせ、トージョーはほとんど登場せず、すぐ加藤にタッチして自分はコーナーで休み、たまに楽な場外乱闘で塩まきだのシコ踏みだのして、痛めつけられる役は加藤に押しつけて悪役として暴れるおいしいところは独り占めしている。ほどなく加藤はぼろぼろにやられてブーイングの嵐の中、控え室に引き上げた。

さらに追い打ちをかけるように、トージョーはファィト・マネーを独り占めして、加藤あるいはケイトー(以後、総じてカトーと表記)には1セントも渡さない。ホテル代や食事代、移動の交通費などはトージョーが持っているのだから生きていくことだけはできるはずだ、だいたいおまえを見に来た客など一人もいないのだから、金を欲しがるなど十年早いとと言う。
こうしてカトーの地獄のアメリカ巡業が始まった。トージョーの人気も下火で大きな会場には立てず、まったくのドサまわりだったが、トージョーは初めの時と態度を変えなかった。カトーは最大の敵は、相手レスラーでも敵意に満ちた客たちでもなく、パートナーのトージョーだとますます思うようになる。英語の話せないカトーは、どれだけ搾取されても自分で交渉したり売り出したりできないし、やたらとトージョーが忙しくスケジュールを組むので英語の勉強をしている暇もない。トージョーはカトーが勝手なことをしないよう、いつも監視下に置いて、食べるものや飲む酒までチェックした。試合相手のレベルも低くこんなことではレスリング技術を磨くこともできないとカトーは焦る。

ところが、ある小さな町を訪れたトージョーは、夜になると珍しくカトーを置いて一人どこかに出ていく。たまには酒でも飲まないとやってられないと、へそくりを持ってカトーは町に出て行く。良い店がないかと片言の英語で聞くが、しかし何しろ小さな町なので飲める店など「Moe′s」というちっぽけな店が一つあるだけだ。そこに向かったカトーだったが、入ろうとした時、突然店の中から若い東洋系の女が飛び出してくる。カトーは驚き、思わず「すみません」と日本語で言う。すると、女は驚いたようにカトーを見つめ、なまりのある日本語で「助けてください。変な男に追われてるんです」と店内を振り返りながら言う。突然トージョー以外の日本語を聞けてなつかしかったのと、女に助けを求められて断るわけもない。カトーは英雄気取りで女を連れてその場を離れる。
二人は町のあちこちを逃げ回るが、追ってくる男はなかなかしつこい。カトーは思い切って自分が泊まっているホテルの部屋に女を匿う。「こんなところで日本語を話せる相手と出会えるとは思わなかった」と喜ぶカトーだったが、それとは対象的に女はカトーの体格を見て次第に警戒の色を強める。「変な下心はないから」と言い訳するカトーだったが、そこにトージョーが帰ってくる。「来ないでっ」と声を荒げる女。女を追っていた男というのは、トージョーだったのだ。このスケベ親父めと日頃のうっぷんを正義派ぶって晴らそうとするカトー。しかし、すぐ女はマリー(真理子)というトージョーの実の娘であることがわかって調子が狂う。トージョーはしきりと金を渡そうとするが、マリーはガンとして受け取らず、カトーを盾にしてトージョーと顔を合わそうともしない。

父娘のやりとりを聞いているうちにカトーにも事情が大ざっぱながらわかってくる。トージョーがマリーの母親になる女性・文枝と知り合ったのは、第二次大戦時の日系人の強制収容所だった。そこを出てから結婚し、マリーが生まれ、ともに苦労してきたはずの妻を、トージョーはレスラーとして成功して金が溜まると、あっさり捨てて金髪の白人と一緒になり、同時にマリーも物心つく前に強引に生みの母の文枝から引き離された。その白人女は継子のマリーと折り合いが悪く、トージョーの金を使うだけ使うとさっさと別の男に乗り換えた。トージョーもあまり気にせず、女から女へと乗り換えてまわり、その間にマリーも自立してウェイトレスなどをしながらあちこち点々としながら一人で暮らしている。人気も落ち、寂しくなったトージョーがただ一人の肉親であるマリーに会って、ウェイトレスの収入だけでは何かと不自由だろうと金を渡そうとするが、マリーは母親を捨てた父親を許さず、金を受け取ろうとしないのだった。

それからトージョーとマリーの押し問答が長く続く。しかしマリーの強情さについにトージョーも根負けしてあきらめる。がっくりしたトージョーは、マリーを店まで送って行けとカトーに言いつける。「手出しするんじゃねえぞ」と、トージョーの言葉は荒いが、珍しくひどく弱々しい姿を見せていた。
カトーがマリーを「Moe′s」に連れ帰ると、店主はマリーが勤務中に勝手に出て行ったとお冠で、マリーを首にしてしまい、しかも前払いしてある賃金を返せと迫る。困ったマリーを見て、カトーと思わず格好つけてへそくりを出して代わりに払う。礼を言った後、こんな小さな町では他に仕事の口もない、金もないと途方に暮れるマリーを見ているうちに同情心が起こってきたカトーは、次にサーキットするのはかなり大きな町だから、そこまで自分たちの車に同乗して仕事を探したらと申し出る。マリーはその申し出を受けるとともに、あんな男と一緒にいたら骨までしゃぶられるだけだと忠告する。その言葉でカトーの(なんとかしないと)という気持ちはいよいよ高まった。カトーは、マリーを部屋まで送るとともに明日の朝迎えに来ると約束する。

翌朝、ハンドルを握ったカトーは、マリーを迎えに行く。何も知らされていなかったトージョーは驚き、カトーを怒るが、しかし娘と同じ車で旅できるのを断るわけもない。こうして、三人の旅が始まった。

旅の途中、三人はドライブ・インのレストランに入った。相変わらずカトーの食べるものを決めようとするトージョーに対し、ずっと若いカトーがそんな程度で足りるものかとマリーは自分の分を分けてやる。余計なことをするなとトージョーは怒るが、マリーは金を並べて自分で代金を払った食事をどうしようとこっちの勝手だと譲らない。そしてカトーはトージョーに逆らってマリーの食事をもらう。それをつかまえて、トージョーは「人の食べ残しを食べるとは、おまえは犬か」と罵る。カトーはむかむかするが、きのうへそくりを使っていたため、「自分の分は自分で払え」と言われても払いようがない。それを見てマリーもきのうカトーが無理して立て替えたのを察し、トージョーに搾取されているのを知るが、トージョーの手前、カトーに恥をかかせないよう、だったらその代金は貸しにしておくと言う。

次の町に着く。この町には二人は割と長めに滞在する予定だ。トージョーは試合を見ていけと誘う。トージョーにとっては意外だったが、マリーは承諾する。
試合になった。トージョーも娘が見ているとあって珍しく張り切り、カトーの不思議とファイトも精気を取り戻した。しかし、つきあいでそれを見ていたマリーの表情は冴えなかった。二人はひさびさの勝ち星を手にし、そして試合後、カトーはマリーの目の前で、トージョーと強行に交渉し、自分のファイト・マネーをぶんどって、マリーに返してトージョーの鼻を明かす。実は試合前からマリーにそうしろと炊きつけられていたのだった。“男をあげた”つもりのカトーは鼻息が荒い。

しかし、マリーはカトーはそれほど誉めず、「まだあんな国辱的な猿芝居をしているの」とトージョーに言う。「食っていくためには仕方ない」とトージョーは言うが、そうやって売れた途端、妻を捨てたのはどこの誰だったかと言われると言葉がない。マリーは一人でアメリカで自立して生きていた上に、白人の継母に反発して生きてきたせいか、実の母親の思い出につながる“本当の日本”に執着が強いのだった。それはマリーの幻想で、そういう日本は今はないとカトーは思うが、そう言ってもマリーは決して納得しない。
とにかく、これで貸し借りはなしだとマリーは二人のもとを離れようとする。カトーがあれこれ口説くが、マリーはあくまで父親とは一緒にいたくないと言い張る。そこで、トージョーがカトーに「父娘二人だけで話させてくれ」とカトーに座を外させる。
二人きになったトージョーの殺し文句は、「おまえの生みの母親と会いたくはないか」という一言だった。「生きてるの? どこにいるの?」問いつめるマリーに、一諸にサーキットすれば、いずれ教えるとトージョーは答える。本当に知っているのか、口からでまかせを言ってるんじゃないかとまだ疑うマリーに、トージョーはリングに上がる時いつもコスチューム代わりに(ちょうど寅さん=テキヤみたいな)腹巻きとセットでつけている古びたお守りを出してみせる。それはかつて「おまえの母親が、日本から持ってきたものだ」。中を開けると、赤ん坊の時のマリーとトージョーと母親の文枝が三人で写っている古びた写真が出てくる。それが母親の居場所を知っている証拠にはならないわけだが、しかしマリーはやっと首を縦に振る。  カトーはなぜマリーが翻意したのかわからなかったが、とにかく一緒に行けるのは嬉しかった。しかし、その一方でどうやって説得したのか、とトージョーに嫉妬に似た感情も持つのだった。
こうして微妙な感情の綾を交えながら、三人の旅が始まった。

マリーがマネージャーについてからは、二人の売り方も大きく変わった。
食いぶちが三人分になるから、当分はもっと切り詰めないとといよいよケチなことを言い出すトージョーに対し、マリーはまず先立つものがなければ話にならない、プロモーターに先払いでギャラを払ってもらおうと言い出す。今のニンジャースはそんなことを言える立場ではないとしりごみする二人の大の男をよそに、マリーはタフに交渉を進め、ついに前払いをかち取ってしまう。あっけにとられる二人。特に、未だにトージョーからさえ自立できないカトーは、さすがに一人でアメリカを生き抜いてきた女は違うと首をすくめる思いだった。
こうして発言権を強化したマリーは、二人のキャラクター作りにも口をはさみだす。要するに、いかに商売とはいえ国辱的な売り方はやめろ、日本人としての誇りを持てというのだ。長年、ヤクザ調キャラクターで通してきたトージョーはもちろん、生粋の日本人であるカトーも、この提案にはなかなか乗ろうとしない。マリーが言うところの“本当の日本”というのは、日本本国にも今は存在しない、マリーの頭の中にしかない幻想だと言うが、そう言われるとマリーは猛烈に反発し、荒れ狂う。そう言われるのは、幻想だろうとなんだろうと、マリーが心の中ですがってきた母親を否定されるに等しいことだからだった。

マリーはしばしば母の文枝はどこにいるのか教えろとトージョーに迫るが、トージョーは割と近くだから少し待てとしか答えない。
こうしてしぶしぶながらニンジャースを真のサムライに作り直す作業が始まる。カトーは、もともと“ガイジンが見た日本人”キャラクターは好きでやっていたものではない。しかし、それではどんなのが“正しい”日本人像なのか。カトーにも見当がつかなかった。また、トージョーに頼っているようではマリーに魅力的には写らない。かといって、自立して稼ぐ手だてはない。そこで、カトーはマリーに頭を下げて英語を教えてもらうよう頼み、寸暇を惜しんで勉強するようになる。
その代わりにマリーもカトーに日本語や日本文化を教えてもらおうとする。カトーはそんなの意味ないだろと言うが、マリーは聞き入れない。押し切られて、いざ教えようとしてマリーに質問責めにされると、カトーはたじたじとなって自分が意外なほど日本語も日本文化も知らないことを思い知らされるのだった。

その一方で、カトーは自分でジムに通い、食事にも気をつけ、レスラーとしての実力を高めようと努力しだす。そうなるとトージョーは不快になり、「余計なことをするな」と文句を言う。しかし、カトーは変な日本人の格好をするのもやめて、正統派スタイルの黒のショート・タイツ姿でリングに上がる。
つまりカトーは、リングの上では“真の日本人”像を表現しようとする一方で下では懸命に言葉を覚え、交渉術を覚えてアメリカ社会にとけ込もうとすることになる。カトーはどんどん力をつけ、プロモーターとも直接交渉できるようになり、トージョーとの力関係も次第に逆転してくる。
と、同時に一緒にいる時間が増えるのだから、マリーとの仲も次第に親密になる。トージョーはなんとかカトーとマリーを引き離そうとするが、何しろ一緒に巡業しているのだから完全に分けるのは無理で、そうすればするほど二人は逆に関係を深める。

トージョーは焦り、次第にタッグのチームワークもリングの上と下でぎくしゃくしだす。試合で自分がもっぱら試合に出て決してカトーにタッチしないという具合にさまざまな手を使っていやがらせしようとするが、試合運びのこつを飲み込んでたカトーは格好よく正統的なテクニックでフォールをとる見せ場を作ってしまい、トージョーの方が恥をかく。怒ったトージョーは、カトーと大喧嘩し、「おまえなど首だっ」と怒鳴る。「望むところだ」とカトーはトージョーと手を切ってマリーと二人で巡業すると宣言する。「もう、あんたの世話になんかならなくても、やっていける」。こうしてニンジャースは解散するかに見えた。あと、契約でとりあえずこなさなくてはいけない試合は一つだけだ。

アメリカ生活が軌道に乗ってきたカトーは、日本でプロレス団体が分裂してできた新しい小団体から誘いが来ても、もともと半ば厄介払いみたいな形で日本を追いだしたくせに今更また、数合わせ駒扱いするのかと断る。
だが、その最後にするつもりだった試合で、思わぬアクシデントが起こる。トージョーが相変わらず反則を続けたので、正義の制裁のつもりでカトーが仲間割れしてトージョーに攻撃を加えたら、不意をつかれたトージョーが怪我してしまったのだ。医者は全治三か月と診断が下す。
トージョーはベッドで動けない。カトーとマリーで手に手をとって行ってしまう絶好の機会なのだが、トージョーはちゃんと世話しないと治療費と怪我させた賠償金を払えと訴えるぞと脅かしてくる。やむなく、とにかくまた動けるようになるまで世話はする、ただし、試合の契約は二人込みではない。もう俺一人だけ次の巡業地の契約を結んだ、とカトーは宣言する。恩を着せられる形のトージョーはおもしろくないが、逆らえる立場ではない。  しかし、プロモーターにとっては、商品価値があるのはやはりトージョーのテキヤスタイルなのであって、カトーが見せようとしている東洋人のストロング・スタイル・プロレスなどアメリカの観客は見たがってはいないのだ。

そこで、トージョーはいつも自分が使っているお守りを出して、これをつけてリングに上がれと言う。もちろん、それがマリーにとって大事な母親の形見であることは隠して、だ。一方、マリーにもそのことは話さないでおく。果たせるかな、控え室で初めて腹巻きをしたテキヤスタイルになったカトーの姿を見て、マリーは顔色を変える。母親に対する侮辱、無神経、と思えたからだ。そう聞かされてカトーは愕然とするが、今更コスチュームは変える暇はない。そのままリングに向かい、トージョーのコピーのような試合をするしかなくなる。
精神的に動揺した状態でリングに上がってまともな試合ができるわけもない。最近、日本人のくせに生意気に勝ちにくることが増えて目をつけられていたカトーは、正規のチーム以外に、乱入してきたアメリカ人レスラーたちに容赦なくぶちのめされる。なまじ正統的な試合運びにこだわった分、相手の反則に手も足も出ない。
トージョーのような大きな怪我ではないが、カトーは打撲で全身ぎしぎしいい、高熱が出てうなされる状態になる。マリーが看病はしてくれるが、まだ気まずい状態で、しかもトージョーがこれであいこだといわんばかりにしきりとマリーに用をいいつけカトーから引き離そうとする。カトーもすでに次の巡業地でのシングルマッチの契約を結んでしまっているのだから、いつまでもベッドに横になってはいられない。いくら体調が悪くても、休んだらすぐお呼びはかからなくなる。代わりはいくらでもいる。

寝たきりの大の男二人を車で運ぶのは、いかにマリーが気が強いといっても大ごとだった。
マリーは道中ずっと文句を言いながら、巡業地に着くとすぐトージョーをホテルに運び込み、自分も掃除・皿洗いの仕事を見つける。男たちはてんでかたなしだ。熱でふらふらしているカトーの尻を叩いて試合場につれていく。テキヤスタイルの扮装するカトーをマリーはいい顔をしないで見ていた。しかし、いざリングに上がろうとした時、マリーはお守りを渡した。
カトーはやっとリングに上がり、お守りをコーナーポストをかけておく。弱っていると見るや、相手はかさにかかって攻撃してくる。またぶちのめされたら、やられ役としても商品価値はなくなってしまう。殴られ、蹴られしているうちに、はずみでお守りの紐が切れ、リングサイドに落ちる。その時、カトーの中で何かが切れ、自然に身体が動いて、金的蹴りと目突きが出た。トージョーもふりでしかやらない大反則だ。一瞬にして相手は悶絶した。殺気立つ群衆を、カトーは“東洋の神秘”風に拳法のポーズをとり、威嚇してやっと追い払い、お守りを拾ってやつと脱出する。

戻ってきたカトーに、マリーは何も言わなかった。
それからしばらく、二人の男をマリーが面倒みる生活が続く。完全にマリーはカトー寄りになり、トージョーも面倒みてもらっている立場上、表面はおとなしくしている。
やがて、カトーは快復し、またリングに立つことにする。しかし、シングル戦を組めるほどの地位にはないので、今度は“悪い白人に復讐に来た”という触れ込みのインディアン・コンビということで、本物のナヴァホ族出身のレスラーとタッグ・チームを作る。日本人でもそれらしく羽根飾りをつけ、顔をペイントするとあまり見分けはつかない。そうなってもカトーはふっきれたのかあまり文句を言わず、要求されればあるいはメキシコ人となり、あるいは共産中国からアメリカを侵略に来たとふれこみ、人種がどうの、民族がどうのというのはまるで意味を持たなくなってくる。とにかくカトーはせっせと働き、リングを降りるとトージョーをしりめに大っぴらにマリーと出歩くようになった。

そのうちトージョーも復帰することになる。と、同時にマリーとカトーはおおっぴらに手に手をとってトージョーのもとを離れる。「母親の居場所を知りたくないのか。割とこの近くにいるんだ」とトージョーは引き留めるが、そんなのどうせ出任せだろうとマリーは聞き入れない。そして出ていく時、マリーはお守り(と、その中の家族の写真)もトージョーに突っ返していく。

トージョーは他のパートナーと組んで復帰する。しかしトージョーはパートナーそっちのけで実際につけ狙うのは、娘を奪ったカトーだった。執拗にカトーたちの試合に乱入して、公衆の面前で私怨を晴らすべくカトーに攻撃を繰り返す。リングの上のなれ合いの反則ではなく、本当に目突きだの金的打ちだのを繰り出されて、カトーも本気になって怒って反撃する。ショー的要素を捨てた喧嘩な上、さらに一人の女を間にして舅と婿が争っている、いわば骨肉の争いのようなものだと聞くと、観客はエキサイトするより引いてしまい、それぞれのタッグ・パートナーも二人につきあっていたら怪我をするとしりごみしてつきあってくれる相手が他にいなくなる。

怒ったプロモーターはこれ以上私闘をリングでやったら、二人とも追放だと言い渡す。
町を歩いていたマリーに少年が一通の手紙が届ける。トージョーからのもので、内容は母親がいるという町の住所だった。くだくだしい言い訳は一つもなく、ただ場所だけが記された手紙と、同封されていたお守り(とその中の写真)を見て、マリーは口実をもうけてトージョーの呼出に応じて、一緒にその町に向かう。
それは砂漠の中に取り残された小さな町だった。目的地が近づくにつれ、マリーも落ちつかなくなる。母は生きているのか、どんな人なのか。まったく知らないし、トージョーも話そうとしないのだった。

町に着いたマリーは、トージョーを車に残して一人で教わった家に向かう。そこには、トージョーと同年輩のサムという白人男が一人で住んでいた。サムはマリーの見せた文枝の写真を見せられる前に、その素性がわかる。なぜ知っているのかと思うマリーを、サムは近くの墓場につれていく。そこに文枝の墓があった。
そして、今までマリーが思いこんでいたように、トージョーが一方的に妻の文枝を捨てたのではなく、その前に文枝が幼かったマリーを連れてサムと駆け落ちしていたことを聞かされる。文枝がトージョーと一緒に苦労したのは確かだが、マリーが想像していたようにトージョーの浮気にただ我慢していただけではなかったのだ。
トージョーは連れ戻そうとずいぶんしつこく文枝に迫ったのだが、絶対に嫌だと文枝は言うことを聞かない。言い争いの末、文枝は迫るトージョーから逃げ回り、車で逃げ去ろうとして運転を誤って事故死した。「文枝は、俺と一緒にいたくて逃げたんじゃなかったんだ」とサムは呟いた。それから、トージョーは娘のマリーを引き取り、再婚したのだった。それから先はマリーの記憶の通りだ。

車に戻ってきたマリーに、トージョーは「おまえと同じように、あいつ(文枝)も俺を徹底的に嫌っていたよ」と言う。「連れ戻そうとすると、まるで収容所に連れ戻されるみたいに抵抗した」。母親に対する“一方的な被害者だった日本人の女”という幻想が崩れて何を思うか、帰り道ずっとマリーは黙っていた。

マリーはトージョーにお守りを返そうとする。しかし「おまえが持っていなさい」と、トージョーは受け取ろうとしない。
トージョーと戻ってきたマリーを見て、カトーは激怒する。そして今度こそストリート・ファイトで決着をつけてやると挑戦する。マリーも強いては止めず、人が来ない空の倉庫に二人を連れてくる。

ついにトージョーとカトー、二人の一騎討ちの時が来た。レフェリー役はマリーだ。コスチュームなし、時間無制限、決着はギブアップのみの一本勝負だ。マリーはハードな試合にも口を出さず、じいっと見守る。その目を意識したのかトージョーは、反則ではなくまともな柔道の締め技・間接技を使ってきた。目つぶしを使わなくてはいけなかったのは、締め技を決められかけたカトーの方だ。そして結局反則が功を奏して、カトーが勝つ。そして、負けたトージョーはそれきりレスラーを引退すると宣言する。
トージョーはリングをコスチュームを焼いた。

別れる前、マリーにだけ教えたが、トージョーが貯めていた金は予想以上のものだった。マリーはまた、その金をやるとトージョーが言いだすのかと思ったら、「やらないよ」と言いきる。マリーはちょっと不満そうな顔を見せ、しかしすぐ納得した。
カトーとマリーは、トージョーと別れ、二人連れだって旅だっていく。   
<終>




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