prisoner's BLOG

私、小暮宏が見た映画のノートが主です。
時折、創作も載ります。

「狼の時刻」

2010年04月20日 | 映画

これまで見た最も怖い映画、といったら、これを挙げる。
といっても、最初にテレビでカット版を見た時、怖い映画だと知らないで見たせいが大きいので、巨匠ベルイマンの普通の芸術映画(というのも変だが)だと思って見たら、、奇妙な子供が吸血鬼みたいに噛みつくわ、人食い一族は出るわ、不気味な鳥が群れをなして羽ばたくわ、ばあさんが目玉をくりぬいてワイングラスに入れるわ、男が突然壁を登って天井にぶら下がるわ、明らかなホラー調の演出も含めて、悪夢感覚をこれほど出した映画も稀。

改めてノーカット版を見ると、オープニングの撮影現場のセットを組み立てているらしき音や、リブ・ウルマンのカメラに向かっての長台詞などが初見で、「仮面ペルソナ」の冒頭同様の異化効果でリアリズムから離れる下地になる。

特典についていたウルマンのインタビューによると、妊婦の役だったのだが、撮影時実際にベルイマンの子供を妊娠していて、出産してから撮影を続行したのだという。
撮影現場のスナップを見ると、スタッフの数が少ないのに驚く。たいていのシーンは五人くらいで、多くても十人といないようなのだ。確かにその程度で撮れる規模の映画だが、ほとんど自主映画か小劇団の公演みたいなスケール。

マックス・フォン・シドーの何かに憑りつかれたような演技は、「エクソシスト」のベテラン悪魔祓い師で裏返しの形で生かされることになる。
画家の役なのだが、どんな絵を描いているのかわからない。映画自体が心象風景になっている体。
妻のウルマンをスケッチするシーンが短いが適切な愛情表現になっていて、一緒に暮らしている夫婦が考え方が似てくるというセリフとともに、愛しているからこそ夫の妄想が伝染するのがはっきりわかる。

シドーが釣りをしているところで妙な子供が後ろに立つシーン、ただ立っているだけなのに、シドーが釣り糸の処理で振り向けないのがなんともいえず怖い。背景に海の波がずうっと写り続けているのが、見ているこちらの心までざわつかせる。

MGMの吼えるライオンのロゴが、しかもカラーでついているのが妙な感じ。当時のベルイマン作品はMGMが配給していて、日本支社が公開の努力をさぼったものだから劇場公開されなかったらしい。
(☆☆☆☆)