今日も北海道らしい爽やかな一日。今日は小樽で打ち合わせです。
さて今日は、
■小樽の夜を楽しむ の1本です。
【小樽の夜を楽しむ】
今日の午後は小樽で打ち合わせ。開発局では観光交流空間モデル事業というのを実施していたのだが、この進み方について後志支庁、小樽市、小樽開発建設部を交えて打ち合わせをしたのである。
国土交通省が進めるこの観光支援事業は、現在「観光地域作り実践プラン」と名を変えて、モデル事業段階から進化して地域の観光施策を公共事業で支援する政策に姿を変えているのだが、過去に進めた事業についてのフォローアップも当然必要で、その現状を伺いに来たのである。
打ち合わせが終わって、席を変えて懇親会に移ろうとするときに東京の知人から電話が来て「今はどこですか?」と言う。「今は小樽です。これから町へ繰り出してお酒でも飲もうと思っています。今の気温は20℃で涼しいですよ」と言うと、相手は電話口でたいそう悔しがって「あー、いいですねえ。小樽ですかあ、羨ましいなあ」と叫んでいる。
そうなのだ。東京の人が今時暑い都会でふうふう言いながら仕事をしているのに比べると、小樽という歴史情緒溢れる町で涼しい思いをしながら酒を飲んでいるなどと言うのは羨ましくて仕方がないはずなのだ。
地域に暮らしてしまうと、外の人が感じるうらやましさが分からなくなってしまって、アラばかり目立ち無い物ねだりをしては、不遇をかこつことになってしまいがちなのである。
もっと都会のうらやましさを誇るマインドをもつことで自分たちの故郷を愛し、もっと外の人間をうらやましがらせる町にすればよいのだ。
まちづくりには三種類の人間が必要で、それはよそ者、若者、馬鹿者であると言われる。しかしこの三種類の人間が持つ視点、馬力のようなものを持っていればよいのであって、つまり「外の視点、日常に埋没しない新鮮な感覚、物事を推し進める馬力」という三つの力があればよいのだ。
昨日までの自分を変えるならば、こういう視点で考えるのがよい。
* * * *
夜は小樽在住の観光カリスマ小川原格さんのお店「藪半」で楽しいひとときを過ごす。
観光カリスマは北海道には7人いるのだが、小川原さんはその一人。かつて小樽運河保存運動を熱心に行って、現在の運河を生かした観光地づくりに果たした貢献が認められたのである。
お会いするのは5年ぶりくらいだが、話をしているうちに思い出してくださったようだ。相変わらずのべらんめえ調でぽんぽんと辛辣な発言が出るが、まあ楽しい方だ。
話がやおら、そば粉の話になりこちらも思わず耳をそばだててしまう。
「去年札幌の山加製粉がそば粉の不当表示で処分を受けた事があったんですよ」「はいはい、私もネットで拝見しました」
http://www.google.co.jp/search?sourceid=navclient&hl=ja&ie=UTF-8&rls=GGLD,GGLD:2005-17,GGLD:ja&q=%E5%B1%B1%E5%8A%A0%E8%A3%BD%E7%B2%89
「あれもね、現実をあまりにも知らない処分だと思いましたよ」
「どういうことですか?」
「今の国内産のそば粉は北早生という種類がほとんどで、これは実が落ちないし、倒れづらいというので非常に増えているのですが、心ある蕎麦屋はその前の『ボタン種』というそば粉の方が味が良いというのでこちらの方を好むのです」
「はい」
「ところが蕎麦は虫媒花で虫が花粉をつけるときに、ボタン種と北早生を一緒に植えているとボタン種に北早生の花粉がつくと北早生の実になってしまうというので、山加製粉ではボタン種の種をアメリカへ持って行って、そこで純粋のボタン種を作り、それを北海道へ持ってきて北早生とブレンドして美味しい粉として提供してくれていたんですよ」
「へえ、そうだったんですか」
「それを『道内産粉』と表示してしまったので、一見すれば不当表示のように見えて、それを一部マスコミがトレーサビリティの延長で批判したんですな」
「そうとは知りませんでした。てっきり儲けるための商売のように印象を受けましたよ」
「あのときは日本中の蕎麦屋から激励の手紙が山加製粉に行ったし、蕎麦屋が買い支えもしたんですよ。山加を潰すな、ってね」
狂牛病に端を発したトレーサビリティの話題も今はどうなった事やら。
原産地を表示でありがたがってよしとしてしまい、本当に美味いかどうかが実は分からないという消費者の眼力にも問題がありそうだが、本当に美味いものを提供しようという志に光が当たれば良かったのにとも思う。
正直とは何で事実はどこにあるのかを掘り下げてみないと、真実にはなかなかたどり着かないものだ。
藪半の蕎麦を大盛りでいただいて蕎麦が打ちたくなった。
北海道の蕎麦は美味いわ。
さて今日は、
■小樽の夜を楽しむ の1本です。
【小樽の夜を楽しむ】
今日の午後は小樽で打ち合わせ。開発局では観光交流空間モデル事業というのを実施していたのだが、この進み方について後志支庁、小樽市、小樽開発建設部を交えて打ち合わせをしたのである。
国土交通省が進めるこの観光支援事業は、現在「観光地域作り実践プラン」と名を変えて、モデル事業段階から進化して地域の観光施策を公共事業で支援する政策に姿を変えているのだが、過去に進めた事業についてのフォローアップも当然必要で、その現状を伺いに来たのである。
打ち合わせが終わって、席を変えて懇親会に移ろうとするときに東京の知人から電話が来て「今はどこですか?」と言う。「今は小樽です。これから町へ繰り出してお酒でも飲もうと思っています。今の気温は20℃で涼しいですよ」と言うと、相手は電話口でたいそう悔しがって「あー、いいですねえ。小樽ですかあ、羨ましいなあ」と叫んでいる。
そうなのだ。東京の人が今時暑い都会でふうふう言いながら仕事をしているのに比べると、小樽という歴史情緒溢れる町で涼しい思いをしながら酒を飲んでいるなどと言うのは羨ましくて仕方がないはずなのだ。
地域に暮らしてしまうと、外の人が感じるうらやましさが分からなくなってしまって、アラばかり目立ち無い物ねだりをしては、不遇をかこつことになってしまいがちなのである。
もっと都会のうらやましさを誇るマインドをもつことで自分たちの故郷を愛し、もっと外の人間をうらやましがらせる町にすればよいのだ。
まちづくりには三種類の人間が必要で、それはよそ者、若者、馬鹿者であると言われる。しかしこの三種類の人間が持つ視点、馬力のようなものを持っていればよいのであって、つまり「外の視点、日常に埋没しない新鮮な感覚、物事を推し進める馬力」という三つの力があればよいのだ。
昨日までの自分を変えるならば、こういう視点で考えるのがよい。
* * * *
夜は小樽在住の観光カリスマ小川原格さんのお店「藪半」で楽しいひとときを過ごす。
観光カリスマは北海道には7人いるのだが、小川原さんはその一人。かつて小樽運河保存運動を熱心に行って、現在の運河を生かした観光地づくりに果たした貢献が認められたのである。
お会いするのは5年ぶりくらいだが、話をしているうちに思い出してくださったようだ。相変わらずのべらんめえ調でぽんぽんと辛辣な発言が出るが、まあ楽しい方だ。
話がやおら、そば粉の話になりこちらも思わず耳をそばだててしまう。
「去年札幌の山加製粉がそば粉の不当表示で処分を受けた事があったんですよ」「はいはい、私もネットで拝見しました」
http://www.google.co.jp/search?sourceid=navclient&hl=ja&ie=UTF-8&rls=GGLD,GGLD:2005-17,GGLD:ja&q=%E5%B1%B1%E5%8A%A0%E8%A3%BD%E7%B2%89
「あれもね、現実をあまりにも知らない処分だと思いましたよ」
「どういうことですか?」
「今の国内産のそば粉は北早生という種類がほとんどで、これは実が落ちないし、倒れづらいというので非常に増えているのですが、心ある蕎麦屋はその前の『ボタン種』というそば粉の方が味が良いというのでこちらの方を好むのです」
「はい」
「ところが蕎麦は虫媒花で虫が花粉をつけるときに、ボタン種と北早生を一緒に植えているとボタン種に北早生の花粉がつくと北早生の実になってしまうというので、山加製粉ではボタン種の種をアメリカへ持って行って、そこで純粋のボタン種を作り、それを北海道へ持ってきて北早生とブレンドして美味しい粉として提供してくれていたんですよ」
「へえ、そうだったんですか」
「それを『道内産粉』と表示してしまったので、一見すれば不当表示のように見えて、それを一部マスコミがトレーサビリティの延長で批判したんですな」
「そうとは知りませんでした。てっきり儲けるための商売のように印象を受けましたよ」
「あのときは日本中の蕎麦屋から激励の手紙が山加製粉に行ったし、蕎麦屋が買い支えもしたんですよ。山加を潰すな、ってね」
狂牛病に端を発したトレーサビリティの話題も今はどうなった事やら。
原産地を表示でありがたがってよしとしてしまい、本当に美味いかどうかが実は分からないという消費者の眼力にも問題がありそうだが、本当に美味いものを提供しようという志に光が当たれば良かったのにとも思う。
正直とは何で事実はどこにあるのかを掘り下げてみないと、真実にはなかなかたどり着かないものだ。
藪半の蕎麦を大盛りでいただいて蕎麦が打ちたくなった。
北海道の蕎麦は美味いわ。
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