2チャンネル上には「日本経済はおしまいです」というよく知られたコピペがあります。
※ ※ 【以下引用】 ※ ※
円高⇒ 輸出企業壊滅で、日本経済はおしまいです。
円安⇒ ドル建てGDP減少で、日本経済はおしまいです。
株価下落⇒ 日本経済はおしまいです。
株価上昇⇒ バブルの上、世界各国の上昇率に比べると、下落しているのも同じです。
日本経済はおしまいです。
GDP上昇⇒ 実感なき経済成長に過ぎません。日本経済はおしまいです。
GDP減少⇒ 日本経済はおしまいです。
世界経済縮小⇒ 外需依存の日本経済はおしまいです。
世界経済拡大⇒ 日本の存在感がなくなり、日本経済はおしまいです。
物価下落⇒ デフレで日本経済はおしまいです。
物価上昇⇒ インフレで日本経済はおしまいです。
日本が米国債を増やした⇒ 日本はアメリカの飼い犬で、日本経済はおしまいです。
日本が米国債を減らした(現実はこっち)⇒ アメリカへの影響力が薄れ、日本経済はおしまいです。
中国株価下落⇒ 調整です。日本経済はおしまいです。
中国株価六割下落⇒ 調整です。日本経済はおしまいです。
中国不動産バブル崩壊⇒ 不動産価格が正常化しています。日本経済はおしまいです。
中国貿易黒字激減⇒ 中国が内需を拡大しています。日本経済はおしまいです。
中国人民元上昇⇒ 中国が存在感を高め、日本経済はおしまいです。
中国人民元下落⇒ 中国輸出企業が興隆し、日本経済はおしまいです。
中国が米国債を増やした⇒ 貿易黒字がとどまるところを知りません。
輸出大国と言われた日本経済に明日はありません。
中国が米国債を減らした⇒ ドルへの依存度を減らし、自立経済を模索しています。
日本経済に明日はありません。
※ ※ 【引用おわり】 ※ ※
結論がいつも同じところへ行くロジックはこんなものです。
ちょっとした揚げ足を取って他者のことを「もうダメだ」と卑下し、内なる対決を煽る姿勢は、みんなで作り上げなくてはならない社会の紐帯を弱めるだけでしかありません。
悲観論は結果が分かりやすく、楽観論は結果が分かりにくいものですから、「ダメだ、ダメだ」と唱えていれば分かりやすい事象が起きた時には「ほら、俺の言ったとおりだろう」ということになるのです。なんて楽ちんなロジックでしょう。
悲観論を唱える人たちは、具体的な打開策を示しません。たまに示したところでいかに手当たり次第にトンチンカンなことを言っているかを検証する人はネットにしかいません。
そしてダメなことをなんとか回避して良い結果を導いた担当者の努力が日の目を見ることはなかなかありません。実行担当者は『うまくいって当たり前』の立場だからです。
努力を正しく評価する眼力がない人も、意図的に貶めようとする人たちも、「なにもしなくても巧くいったんだ」と言うことでしょう。物事をうまくまとめ上げるために担当者たちが日頃からどれくらいの能力を鍛え、献身的に事に当たったかを評価することはないのです。
そうした縁の下の力持ちは口下手で、黙ってやってきてもくもくと事に当たり、役割を果たして事が終わればただ静かに去って行くものです。彼らがその成果ゆえに新聞の一面を飾ることは永遠にありません。
企業たちもなんとか利益を上げながら事業を継続させて、自分たちの社会的使命を果たそうと必死の舵取りの真っ最中です。
荒らしの中で必死に船の舵を握る船長に向かって後ろから、「帽子が曲がっているよ」と言う気にはとてもなれません。
※ ※ 【以下引用】 ※ ※
円高⇒ 輸出企業壊滅で、日本経済はおしまいです。
円安⇒ ドル建てGDP減少で、日本経済はおしまいです。
株価下落⇒ 日本経済はおしまいです。
株価上昇⇒ バブルの上、世界各国の上昇率に比べると、下落しているのも同じです。
日本経済はおしまいです。
GDP上昇⇒ 実感なき経済成長に過ぎません。日本経済はおしまいです。
GDP減少⇒ 日本経済はおしまいです。
世界経済縮小⇒ 外需依存の日本経済はおしまいです。
世界経済拡大⇒ 日本の存在感がなくなり、日本経済はおしまいです。
物価下落⇒ デフレで日本経済はおしまいです。
物価上昇⇒ インフレで日本経済はおしまいです。
日本が米国債を増やした⇒ 日本はアメリカの飼い犬で、日本経済はおしまいです。
日本が米国債を減らした(現実はこっち)⇒ アメリカへの影響力が薄れ、日本経済はおしまいです。
中国株価下落⇒ 調整です。日本経済はおしまいです。
中国株価六割下落⇒ 調整です。日本経済はおしまいです。
中国不動産バブル崩壊⇒ 不動産価格が正常化しています。日本経済はおしまいです。
中国貿易黒字激減⇒ 中国が内需を拡大しています。日本経済はおしまいです。
中国人民元上昇⇒ 中国が存在感を高め、日本経済はおしまいです。
中国人民元下落⇒ 中国輸出企業が興隆し、日本経済はおしまいです。
中国が米国債を増やした⇒ 貿易黒字がとどまるところを知りません。
輸出大国と言われた日本経済に明日はありません。
中国が米国債を減らした⇒ ドルへの依存度を減らし、自立経済を模索しています。
日本経済に明日はありません。
※ ※ 【引用おわり】 ※ ※
結論がいつも同じところへ行くロジックはこんなものです。
ちょっとした揚げ足を取って他者のことを「もうダメだ」と卑下し、内なる対決を煽る姿勢は、みんなで作り上げなくてはならない社会の紐帯を弱めるだけでしかありません。
悲観論は結果が分かりやすく、楽観論は結果が分かりにくいものですから、「ダメだ、ダメだ」と唱えていれば分かりやすい事象が起きた時には「ほら、俺の言ったとおりだろう」ということになるのです。なんて楽ちんなロジックでしょう。
悲観論を唱える人たちは、具体的な打開策を示しません。たまに示したところでいかに手当たり次第にトンチンカンなことを言っているかを検証する人はネットにしかいません。
そしてダメなことをなんとか回避して良い結果を導いた担当者の努力が日の目を見ることはなかなかありません。実行担当者は『うまくいって当たり前』の立場だからです。
努力を正しく評価する眼力がない人も、意図的に貶めようとする人たちも、「なにもしなくても巧くいったんだ」と言うことでしょう。物事をうまくまとめ上げるために担当者たちが日頃からどれくらいの能力を鍛え、献身的に事に当たったかを評価することはないのです。
そうした縁の下の力持ちは口下手で、黙ってやってきてもくもくと事に当たり、役割を果たして事が終わればただ静かに去って行くものです。彼らがその成果ゆえに新聞の一面を飾ることは永遠にありません。
企業たちもなんとか利益を上げながら事業を継続させて、自分たちの社会的使命を果たそうと必死の舵取りの真っ最中です。
荒らしの中で必死に船の舵を握る船長に向かって後ろから、「帽子が曲がっているよ」と言う気にはとてもなれません。