駒子の備忘録

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『ワーニャ伯父さん』

2017年08月29日 | 観劇記/タイトルや・ら・わ行
 新国立劇場、2017年8月28日18時半。

 大学教授を引退したセレブリャーコフ(山崎一)は都会暮らしに別れを告げ、若い後妻のエレーナ(宮沢りえ)を伴って、亡き先妻の実家である田舎屋敷に戻ってきた。先妻の兄ワーニャ(段田安則)は彼を崇拝し、四半世紀にわたって領地を切り盛りしながら彼ら仕送りを続けていた。屋敷では先妻の娘ソーニャ(黒木華)、ワーニャの母ヴォイニーツカヤ夫人(立石涼子)、隣人だった没落貴族のテレーギン(小野武彦)がワーニャとつましく暮らしていた。ソーニャは医師アーストロフ(横田栄司)に長年恋心を抱いていたが…
 作/アントン・チェーホフ、上演台本・演出/ケラリーノ・サンドロヴィッチ、美術/伊藤雅子。1899年初演、全二幕。シス・カンパニーがケラリーノ・サンドロヴィッチ演出でチェーホフの四大戯曲を上演する「KERA meets CHEKHOV」第三弾。

 第一弾の『かもめ』は観ていて、そのときの感想はこちら(ちなみに宝塚歌劇星組でのバウホール公演版の感想はこちら)。
 今回も、とてもチェーホフ作品のイメージどおりっぽい、田舎の鬱屈した家族の、みんながみんな愚痴っぽくてただただうだうだしていて、ちょっとした事件もあるけど基本的には何もなくて、そして誰もどこへも行けないというお話…なのですが、おもしろく観ました。人生ってそんなものよね、みたいな結論なんだけれど、シニカルではなくてユーモアとペーソスが漂っていて、静かで温かなあきらめという名の愛にあふれている…みたいな世界で。
 一幕はただただ日常の様子を積み重ね、二幕でちょっと波風が立ち、でもやっぱりまた何もなかった日常に戻って終わる…そんな構成でした。
 セリフが現代的というかいい感じにポップでライトで、場面転換などに挿入されるギター演奏(伏見蛍)の曲も軽やかなので、深刻で陰陰滅滅のどシリアス…みたいになっていないのがいいのかな、と思いました。
 確かにもっと漠然としたタイトルにすれば、もっとイメージが広がりそうなものなのに、不思議と地味すぎる印象を与えてしまっている作品ですよね。そしてワーニャはタイトルロールなのかもしれませんが、主人公は彼を「ワーニャ伯父さん」と呼ぶ姪のソーニャなのかもしれません。お芝居は彼女のセリフで締めくくられます。
 器量の悪い娘は父や後妻とともに都会へ出ていくことができず、田舎で領地と家族に縛られてただ年老いていくのだ…とまとめてしまうとあまりにあまりなのだけれど、でもたとえば自分がこの時代のこの国に生まれていたらそりゃエレーナにはなれずソーニャだったろうよとも思いますし、それで不幸だったとは必ずしも言えないのではあるまいかとも思うので、やっぱりなんとなく温かくしみじみとさせられる作品だよな、と思うのでした。
 最近では『エレクトラ』を観た横田さんの声がそりゃ良くて、山崎さんは上手いんだけどなんかいつもこんなような役をやっているなという気がして、それは小野さんもそうかもしれないんだけれど、そしてわざと小男に作っている段田さんがいじらしくて愛しく思えました。宮沢りえはこの役にしてはちょっと色気の蛇口を絞っちゃっているように見えてもったいなかったけれど、黒木華ちゃんと恋バナで盛り上がっていちゃいちゃし出したときにはテンションが上がりました(笑)。
 私は役者が役を降りる瞬間を目撃することがあまり好きではなくて、だから幕が下りて芝居が終わるタイプの舞台ではない場合、暗転の間に板付きの役者には一度ソデにハケてもらって、ラインナップがあるならライトが再び点いたときに袖からもう役を降りた顔で出てきてもらって挨拶、とかになるのが好きです。でも実はこのパターンはあまりなくて、暗転してお芝居が終わったあと再びライトが点くと、役者は暗転のときの位置のまま板にいて、そこで役を降りてラインナップになることが多いですよね。
 でも今回は、ソーニャが灯していた蝋燭の明かりを最後まで残して、残りの照明がゆっくりゆっくり絞られ、でもまだ小さな蝋燭の火は残っているからそこに残ったままの役者の姿形も顔もうっすらわかるんだけれど、でも「はい、終了」って声が聞こえるような瞬間が確かにあって空気が切り替わって、そこからまたゆっくり舞台が明転して、役者はその位置から立ち上がり、あるいはハケていた人たちは再び現れ、ラインナップになったのでした。その切り替わりが、ちょっとおもしろかったです。
 始まったばかりの公演ですが、淡々と深められていくことでしょう。企画のラストは『桜の園』だそうです。以前何かで観たことがあるとは思いますが、機会があればまた観てみたいです。


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