駒子の備忘録

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宝塚歌劇星組『かもめ』

2014年06月07日 | 観劇記/タイトルか行
 宝塚バウホール、2014年6月1日マチネ(前楽)。

 19世紀末のロシア。祖父ソーリン(美稀千種)の領地で暮らす劇作家志望の青年トレープレフ(礼真琴)は湖畔の庭園に仮設舞台を作り、女優である母のアルカージナ(音花ゆり)、母の愛人である小説家のトリゴーリン(天寿光希)やソーリン家の人々の前で恋人のニーナ(城妃美伶)を主人公とした芝居を上演するが…
 原作/アントン・パーヴロヴィチ・チェーホフ、脚本・演出/小柳奈穂子、作曲・編曲/手島恭子、振付/AYAKO。世界の演劇史上画期的とされる戯曲の世界初のミュージカル化。

 最近よそで観た『かもめ』の感想はこちら。おもしろかったので、宝塚歌劇でやると発表があったときには、合うんだろうか、ヘンにいじってだいなしにしちゃったりするんだろうか…とか危惧していました。
 初日の幕が上がって(今回は緞帳を未使用なのですが)しばらくしてからもわりとはかばかしい評判が聞こえてこなかったので、やはり生徒にとっても観客にとっても普段希求しているものと違いすぎたのか?と心配しつつ出かけました。

 でも、すごくおもしろかった!
 そして舞台も客席も仕上がっていたと思いました。リピーターが増えて幕切れにちゃんと拍手が入るようになっていたし(何も知らなければ入れづらい脚本なんですよね(^^;))、何より中身がちゃんと伝わっているように見えました。そしてちゃんとそれをおもしろがってもらっていました。さすが千秋楽が近かったことはありますね。
 そして驚いたことに舞台は元の戯曲のほぼほぼまんまでした。短くコンパクトになってはいるけれどやっていることはちゃんと同じ。そして歌も歌詞もいい感じで入っていました。鮮やかでした!
 でもダンス場面はなく、まあミュージカルといっても歌入り芝居になってはしまうよね…とか思っていました。そうしたら最後の最後にかもめの映像を飛ばし、まこっちゃんに躍らせたんですねなーこたんは。これがやりたかったためにそれまで封印させていたんですね。
 でも正直やりすぎかもしれない、とも思いました。だってこことでまこっちゃんが踊ることで表してみせた感情、心情、トレープレフのドラマは、その前までの芝居できちんと表しきっていたんですよ。ニーナが「トリゴーリンさんには言わないでね」と言うことで彼女の心がまだ彼にあることを吐露してしまったその瞬間の、トレープレフの心がはっきり折れた様子を、まこっちゃんは無言の表情だけの演技でちゃんと見せてくれていたのです。その芝居があるんだから、それを躍ってみせるダンスは余剰だとも言えると私は思ってしまったのでした。
 でもまこっちゃんのそれまでの鬱屈を爆発させるようなダンスは鮮やかで素晴らしかったし(おそらく彼女自身はまだまだ芝居より歌やダンスの方が好きなのではないでしょうか。私はラインナップやカテコの様子を見ていると彼女がこの戯曲をどうも完全には理解し納得した上で演じているのではないのではないかと感じてしまったのですよ)、その過剰さ、余剰こそが宝塚歌劇の宝塚歌劇たるゆえんなのかもしれない…とも思いました。
 そんなわけでものすごく興奮しましたし感動しました。おもしろかったなあ! 観てよかった。宝塚歌劇の枠をまた少し大きくしたと思うし、これでまた新たに育てた観客もあると思いました。もちろん生徒にはいい勉強になったでしょう。バウ作品らしい、100周年にあえて挑戦するにふさわしい、いい演目でしたね結果的には。しかしなーこたん、完全オリジナルはもうやらないの? いや『ルパン三世』も楽しみだけれどもね?

 というわけで以下こまごまと。
 シスカン版でわかっていたつもりでしたが、しかし新たな発見が多々ありました。
 トレープレフとニーナというのは完全に好一対なんですね。劇作家を目指す青年と女優を目指す少女。それぞれすでにその世界で成功している大人の承認が欲しくてたまらない。トレープレフは女優アルカージナからの、ニーナは小説家トリゴーリンからの評価が得たくてたまらない。
 そしてトレープレフとアルカージナは母子なのでそれ以上なんともならないのだけれど(正確に言うとアルカージナが完全には母親足りえていないのでしょう、彼女はあくまで「女」なのです)、ニーナとトリゴーリンは年齢差があるとはいえただの男女なので恋愛ができてしまうわけです。
 そしてふたりはともに成功するのです、一応トレープレフは作家になり、ニーナは女優になります。でも作品がもてはやされるようになってもトレープレフはあいかわらず不幸なままです。一方ニーナは、産んだ子供が死んだりどさ回りの仕事をするようになってはいても、意外と不幸に見えません。トリゴーリンに捨てられても彼をまだ愛しているし、何より彼女は自死などしそうにない。それに比べてトレープレフは、かつて未遂で終えた拳銃自殺を、今度はやり遂げてしまうのでした…
 この、同じようなのに男女の差や求める相手との関係の差で幸不幸が別れる皮肉さに、今回本当にはっと気づかされて、胸がしめつけられるようでした。
 さらに言うと、トレープレフとソーリンも一対なのかもしれません。ソーリンもまた若い頃は作家になりたがっていたし結婚もしたがっていた。しかし作家にならず結婚もせず、そのまま暮らして今は老いて、天寿をまっとうしようとしている。トレープレフは結婚は同じくしていないままだけれど作家にはなった。そして若いのに自ら命を断った…
 才気に恵まれたものは悩んで不幸に若死にし、凡人は幸せに長生きする…なんて簡単にまとめるつもりはありません。トリゴーリンは才気があり成功し幸せに倦んでいるようではありますが、おそらく彼は執筆をやめないでしょうし生きることもやめないでしょうからです。
 でも、彼のようになれなかった不器用で繊細な若者が、撃ち落されたかもめのように死んでしまうこともある…これはそんなことをただ淡々と描いた悲劇的な喜劇、なのでしょう。

 しかしコロちゃんはそら素晴らしかろうと思ってはいましたが本当に素晴らしかった。
 そしてみっきぃも本当に素晴らしかった。なんだあの嫌ったらしい色気(褒めてます)、ふてぶてしさ、アンニュイさ!
 ゆきちゃんももう少しエキセントリックに見えてもよかったかもしれない?とも思いつつも、過不足のないヒロインっぷりだったと思います。
 みきちぐ、さやかさん、白妙なっちゃんが上手いのは知っていましたが、ドイちゃんには仰天したなあ! 実は『琥珀色の雨にぬれて』がまったく感心しなくて、この人はダンスリーダーで芝居は駄目なんだなと思ってしまっていたんですよ。すごくよかった。
 そしてはるこがまたいい芝居をするようになっていて…感動した! せおっちは幕開きの台詞が危なっかしくて「ああやっぱり宝塚でこんな下級生でチェーホフなんて無理なんだ」と思ってしまったのですが、尻上がりに良くなってちゃんとドラマの一角を構成していました。すごい!
 下級生はまったくのモブ扱いでかわいそうだったかな。少しは勉強になったかな。
 そしてそしてまこっちゃん、私は今まで上手いことは知ってはいたけれど好きでも嫌いでもなくて、でも『眠らない男・ナポレオン』のウジェーヌは本当に良くて感心して、でもやっぱり好きでも嫌いでもない…というスターさんでしたが(^^;)、今回本当にその演技力に感心し感動し、でもどうも理解していなさそうだなという若さに苦笑もしました。
 でも理解していなくてもいいと思う。それでも大きな役者にはなれるよ、大きな器であればいいのだと思うのですよ。素晴らしい逸材だと思います、大事に育ててくれるといいなあ。というかこのあとまおポコのバウをやるんだから星組のプロデューサーはスター育成が上手いよね。頼もしい限りです。
 プログラムのスタイリッシュさ、少しYの入ったシアンの使い方が粋で、さすがなーこたん、と思いました。
 ああ、あの幕切れのトリゴーリンのなんとも言えない足取りが忘れがたい…そして暗転、拍手、幕は下りない、という作り…素敵な作品でした。







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