駒子の備忘録

観劇記と乱読日記、愛蔵コミック・コラムなどなど

『兵士の物語』

2009年12月12日 | 観劇記/タイトルは行
 紀尾井ホール、2003年11月5日ソワレ。
 休暇をもらって、兵士(西村雅彦)は母親と婚約者(酒井はな)の待つ故郷へ向かう。小川のほとりでしばし休もうと愛用のヴァイオリンを奏ではじめると、人間のふりをした悪魔(西島千博)が現れ、一冊の本とヴァイオリンを交換してくれと持ち掛ける…作曲/イゴール・ストラヴィンスキー、脚本/ラミューズ、翻訳/岩切正一郎、演出/山田和也・豊田めぐみ、振付/石井潤・西島千博。指揮/西本智実、演奏/ロシア・ボリショイ交響楽団「ミレニウム・ヴィルトゥオーゾ」。

 もとはロシアの民話で、アファナシエフの『脱走兵と悪魔』というお話にストラヴィンスキーが曲をつけ、「読まれ、演じられ、踊られる物語」としたもの…なのでしょう。不思議な舞台でした。母校の学祭でも公演があったなんて知りませんでした。
 独特の不思議な音階とリズムの音楽はスリリングで、それを演奏する7人もときにモブになりコロスとなってお芝居に参加し、指揮者も役者となって物語に加わりつつ舞台全体を支配しているような、不思議な構成でした。全部台詞で進行するわけでもなくて、ときおり兵士が朗読する形になったりもします。逆に婚約者/王女のちのお妃役者はほとんどしゃべらず、ちょっとした身のこなしやバレエの躍りで存在を知らしめたりするという、これまた不思議な、まさに「音楽劇」でした。

 90分の一幕もので、非常に緊密な舞台だったとは思いますが、お話的には…すみません、
「で?」
 と思ってしまいました。もとが寓話だからそういうものなのかもしれないけれど…ネタバレですがぶっちゃけて言うと、このお話は
「もってるものに、もっていたものをつぎ足そうと思っちゃいけない。しあわせはひとつで充分。ふたつあれば、ないのも同然」
 ということなようなのですが…一介の兵士が翻弄されるその不条理さはおいておいて、人間とはそうしたものと感じるべきで、しみじみするべきなのでしょう…が、すみません、あっけなく感じてしまった。だから、「かわいそうね」とか「気をつけないとね」とかの、もう一押しがないとわりとダメなお子様の私には、大人っぽい作品であったというところでしょうか。

 でも、ともに初めて見るバレエダンサーなのですが、西島さんは登場したときから
「おお、蛇?」
 と思わせられる悪魔っぷり。酒井さんは本役?としては後半の王女/お妃なのでしょうが、婚約者の面影として一瞬だけ舞台に出てきたときの印象が本当に鮮烈で、兵士が開いた肖像画だか写真だかのイメージを見事に体現していて、感動しました。ただしこのふたりのパ・ド・ドゥは、この日が初日だったせいかやや息の合わないところもあり、ちがった意味でスリリングに感じましたが。
 西村さんは実はよくわからなかった…キャラクターというものがあるようなないような役だからなんだろうけれど。台詞が聞き取りづらく感じられたところが多かったのも残念でした。

 では何を目当てに観に行ったのかと言えば、指揮者の西本さんなんですけれどね。
 自分と同い歳で、ロシアのオーケストラの首席指揮者を務めちゃうような人で、凛々しくて素敵だと最近話題の人ですね。期待に違わず、うなじのところでひとつにまとめたサラサラのストレートヘアが素敵で、舞台衣装である紫のシルクのシャツと蜘蛛の巣のような柄の入った黒のフロックコートが素敵で、きびきびと振られるタクトが素敵で、後ろ姿が素敵で、指揮していないときにストゥールに腰掛けて佇む様子が素敵で…あらあらなんてミーハーなんでしょ。パンフレットの、メッシュの入ったやや短いヘアスタイルの写真もかっこようございました。ははは。
 仕事で気忙しい中の観劇だったのがやや悔やまれました。あ、初めて行く劇場で、きれいで楽しかったです。
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