中学生だったころ、広い肩幅とたくましい前腕、青く澄んだ瞳を持つ15歳のトムと出会い、忘れられなくなったマリオン。数年後、警察官となり大人の男性へと成長したトムと再会し、真っ逆さまに恋に落ちていく。トムの親しい友人パトリックにも紹介され、3人で楽しく過ごす日々の中で、情熱的にプロポーズされて幸せの絶頂を感じるが、やがてトムの思いがけない秘密を知ることになり…
『赤と白とロイヤルブルー』や『ボーイフレンド演じます』のレーベルから出ているので、そんな感じのヤングアダルトBLというかLGBTQ文芸みたいなものかな、と手に取ったのですが、なんというか、BLややおいと名の付く前の少年愛ものみたいな、せつさなしんどさシビアさシニカルさがある、重い小説でした。
主な舞台は1950年代後半のイギリス・ブライトンと、その約40年後です。1967年に条件付きで合法化される以前は、イギリスでは男性の同性愛行為が違法とされていたそうです。そんな時代に出会った、マリオンとトムとパトリックの物語です。マリオンはトムの妻になり、トムとパトリックはずっと秘密の恋人同士で、そして…という物語です。現代のマリオンが過去を回想するパートと、過去にパトリックが書いた日記が交互に綴られる構成になっていて、トム視点のパートはありません。この当該男性の透明化がひとつのポイントだと思いました。
マリオンとパトリックは、性別も生まれも育ちも全然違いますが、ものの見方というか考え方になんとなく似ているところがあります。だからどちらもトムに惹かれたのかもしれないし、トムもまたふたりを同じように愛したのかもしれません。
マリオンはパトリックのようには環境に恵まれなかったけれど、聡明というかある種の知性がある女性です。だからこそ経済的にも精神的にも貧しい実家から抜け出して、教師になったのでしょう。実家に恵まれていたらしい同僚のジュリアに比べたらずっと努力が要っただろうし、それだけの視野も意志も才能もあった、強い女性です。でも、もちろん限界もある。この時代のことなので、教えてもらったことしか知らないし、知ろうとすること自体に怯えてしまうようなところがあるし、知る手段すら知らなかったりする。水爆実験反対運動しかり、女性の権利拡張運動しかり。そもそもが男女のこと、夫婦の初夜、要するにセックスについてすら全然知識を与えられないままに大人になっている。まして同性愛についてなど、口に出すのも憚られる、でも存在は聞かされている、みたいなところで生きてきて、そりゃ動揺しジタバタし、しかし結局何もしないで目をつぶる、となるのもわかる気がとてもしました。現代に生きる我々のようにある程度知識があったり人権意識があったりSOGI差別はいけないという思いがあっても、いざ当事者となればそれは近いものがあるだろうと思います。愛する人に裏切られたショック、愛する人に愛されていない絶望、愛する人の幸せを願えない自分への失望、困惑と混乱と羞恥と怒りと…
そして時代は、告発されれば逮捕され証拠が揃えば起訴され有罪にされ服役させられる時代だったのでした。そこで失われるものはあまりに大きい。そしてこの物語は、それ以外にもけっこうな時間を飛ばして描いていますし、最後もけっこう放り出し気味で終わります。そこがいい。すべてを描ききることなんてできないし、無意味だし、めでたしめでたしになんて終わるはずがないし、でもそれが人生です。私はトムは弱く卑怯な人間だと思いますし、トム視点のパートを置かないことでこの小説は彼を責めているんだと思いますが、だからといって人が彼に惹かれてしまうことがあることは否定できなくて、それが人間です。そういうものを描いた小説だと思いました。
「私の警察官」とはパトリックが日記の中でトムを記すときの呼称です。これがタイトルになっていて、でも全体としては現在地点のマリオンが総括するような構成になっている。そこもミソかなと思うのは、これが結局は女性の読者を想定している作品だろうからと思うからです。そろそろマリオンとジュリアの物語みたいなものも読みたいけれど、『明日のあなたも愛してる』はそういう作品なのかなあ? ともあれ、ドリームでもファンタジーでも理解が進むのはいいことだろうし(消費、搾取の面はあるにしても)、少しずつでも人は人に優しくなり世界は明るくなっている、と信じたい、と改めて思ったのでした。
『赤と白とロイヤルブルー』や『ボーイフレンド演じます』のレーベルから出ているので、そんな感じのヤングアダルトBLというかLGBTQ文芸みたいなものかな、と手に取ったのですが、なんというか、BLややおいと名の付く前の少年愛ものみたいな、せつさなしんどさシビアさシニカルさがある、重い小説でした。
主な舞台は1950年代後半のイギリス・ブライトンと、その約40年後です。1967年に条件付きで合法化される以前は、イギリスでは男性の同性愛行為が違法とされていたそうです。そんな時代に出会った、マリオンとトムとパトリックの物語です。マリオンはトムの妻になり、トムとパトリックはずっと秘密の恋人同士で、そして…という物語です。現代のマリオンが過去を回想するパートと、過去にパトリックが書いた日記が交互に綴られる構成になっていて、トム視点のパートはありません。この当該男性の透明化がひとつのポイントだと思いました。
マリオンとパトリックは、性別も生まれも育ちも全然違いますが、ものの見方というか考え方になんとなく似ているところがあります。だからどちらもトムに惹かれたのかもしれないし、トムもまたふたりを同じように愛したのかもしれません。
マリオンはパトリックのようには環境に恵まれなかったけれど、聡明というかある種の知性がある女性です。だからこそ経済的にも精神的にも貧しい実家から抜け出して、教師になったのでしょう。実家に恵まれていたらしい同僚のジュリアに比べたらずっと努力が要っただろうし、それだけの視野も意志も才能もあった、強い女性です。でも、もちろん限界もある。この時代のことなので、教えてもらったことしか知らないし、知ろうとすること自体に怯えてしまうようなところがあるし、知る手段すら知らなかったりする。水爆実験反対運動しかり、女性の権利拡張運動しかり。そもそもが男女のこと、夫婦の初夜、要するにセックスについてすら全然知識を与えられないままに大人になっている。まして同性愛についてなど、口に出すのも憚られる、でも存在は聞かされている、みたいなところで生きてきて、そりゃ動揺しジタバタし、しかし結局何もしないで目をつぶる、となるのもわかる気がとてもしました。現代に生きる我々のようにある程度知識があったり人権意識があったりSOGI差別はいけないという思いがあっても、いざ当事者となればそれは近いものがあるだろうと思います。愛する人に裏切られたショック、愛する人に愛されていない絶望、愛する人の幸せを願えない自分への失望、困惑と混乱と羞恥と怒りと…
そして時代は、告発されれば逮捕され証拠が揃えば起訴され有罪にされ服役させられる時代だったのでした。そこで失われるものはあまりに大きい。そしてこの物語は、それ以外にもけっこうな時間を飛ばして描いていますし、最後もけっこう放り出し気味で終わります。そこがいい。すべてを描ききることなんてできないし、無意味だし、めでたしめでたしになんて終わるはずがないし、でもそれが人生です。私はトムは弱く卑怯な人間だと思いますし、トム視点のパートを置かないことでこの小説は彼を責めているんだと思いますが、だからといって人が彼に惹かれてしまうことがあることは否定できなくて、それが人間です。そういうものを描いた小説だと思いました。
「私の警察官」とはパトリックが日記の中でトムを記すときの呼称です。これがタイトルになっていて、でも全体としては現在地点のマリオンが総括するような構成になっている。そこもミソかなと思うのは、これが結局は女性の読者を想定している作品だろうからと思うからです。そろそろマリオンとジュリアの物語みたいなものも読みたいけれど、『明日のあなたも愛してる』はそういう作品なのかなあ? ともあれ、ドリームでもファンタジーでも理解が進むのはいいことだろうし(消費、搾取の面はあるにしても)、少しずつでも人は人に優しくなり世界は明るくなっている、と信じたい、と改めて思ったのでした。