駒子の備忘録

観劇記と乱読日記、愛蔵コミック・コラムなどなど

『セールスマンの死』

2022年04月06日 | 観劇記/タイトルさ行
 PARCO劇場、2022年4月5日18時。

 アメリカ、ニューヨークのブルックリン郊外。セールスマンとして真面目に働き続け、長年会社に尽くしてきた63歳のウィリー・ローマン(段田安則)はかつてのような精彩を欠き、思うようにセールスの成績が上がらないでいた。それでも遠くニューイングランドへのセールスの旅を終え、いつものように帰宅する。妻のリンダ(鈴木保奈美)は夫のウィリーを尊敬し、献身的に支えているが、30歳を過ぎても自立できないふたりの息子ビフ(福士誠治)とハッピー(林遣都)には心を砕いている。ウィリーも息子たちへの不満と不安で胸をつぶしていて…
 作/アーサー・ミラー、翻訳/広田敦郎、演出/ショーン・ホームズ、美術・衣裳/グレイス・スマート。1949年にエリア・カザン演出でニューヨーク初演。トニー賞、ピューリッツァー賞受賞。51年、85年に映画化。54年日本初演。全2幕。

 有名な戯曲ですがタイトルしか知らず、観たことがなくていつか観ておきたいと思っていた作品でした。最近だと長塚圭史演出、風間杜夫ウィリーという上演があったそうですね。私は段田安則と浅野和之には全幅の信頼を置いているので、重そうですが楽しみに行きました。
 チャーリー役の鶴見辰吾がプログラムで正直にも「あまり好きな戯曲ではありませんでした。暗い話ですし、見ていて苦しくなりますから」と語っていますが、まったく同感です。でももちろん不朽の名作だとも思います。ただ、早くこれがファンタジーに思える、作品の意味がわからない世の中が来るといいなと思います。
 今回の演出では時代が30年ほど現代に寄せられているようですが、それでも昔も今もまだまだほとんど変わらない、要するに「男の死」の物語です。家父長制の男性の、更年期の男性の、なんなら認知症が始まってるんじゃないかというくらいの男性の、男という病の物語。段田さんは二十歳の頃にこの作品を観ていつかやりたいと思ったそうですが、「似合う年齢になったらやりたいと思っ」たと言った方が印象がいいかと盛った、とこれまた正直に語っているのもおもしろかったです。林くんはビフがやりたい、そしていずれはウィリーもと語るし福士くんもいつかウィリーをと言っているけれど、いやぁやらないで済む世の中になっているといいよね三十年後くらいにはさあ、としか思えませんよね…若い役をやっていた役者が次の再演では年長の役を、というのは私はロマンで大好きなんですけれど、これは本当にしんどいと思う。早く作品の寿命が尽きて単なる歴史になるといい、と思います。それくらい、重くてしんどい作品でした。もちろんハッピーエンドではない。でも観てよかったと思うし、なんなら好きだし、未だ上演される価値がある作品だと思います。ちゃんと批判的に観られているのか怪しい気もしますけれどね、世の中ここから全然変わっていない気しかしないですからね…
 ウィリーの兄ベンは高橋克実、ビフの友人バーナードは前原滉、ウィリーの上司ハワードとレストランのウェイターの二役を山岸門人。ウィリーのボストンでの「顧客」が町田マリー。みんな上手い、怖い。
 ベンはウィリーの回想の中の姿というか、過去の亡霊、理想の幻みたいな存在として出るので全身真っ白。わかりやすい記号ですね。そして町田マリーは他の女優さんふたりと3人で赤い帽子とドレスの女としてなんとなく舞台に佇んでいたり過ぎったりする役もやっていて、そのエリーニュス感もたまりませんでした。バーナードの自転車もハワードの録音機もとても効果的。というかパルコの板って意外に大きいんだなとハッとさせられる、半円形にライトを当てたがらんどうの中に大きな冷蔵庫がひとつ、あとは四畳半にも満たないような小さなダイニングキッチンや寝室や子供部屋の装置がガラガラ出てきては片付けられていく…というのもとても印象的でした。
 冷蔵庫は、この時代の家庭の三種の神器というか、高価な家電の象徴なんでしょうね。まだまだ高くて故障も多く、ローンを払い終える前に故障してさらに修理代がかかるという代物。それでも円満な家庭の象徴として、背伸びしてでも買わなくてはならない物…ウィリーが実際に自殺したんだとして、冷蔵庫に入って死ぬことはできないので手段は何か別のものだったんだろうとは思いますが、彼が冷蔵庫の中に入って扉が閉まって幕が下りて終わるラストはまさに象徴的でした。ちなみに1幕も幕が下りていましたね、私は幕が下りて終わる演出が好きです。どちらも内容が内容なだけに拍手はしづらいものでしたが、カーテンコールには気持ちよくスタオベしました。素晴らしい舞台でした。
 鈴木保奈美も久々の舞台だったそうですが(というか最近芸能活動に熱心ですよね、本格復帰なのかな?)、ちょっと若く見えすぎな気はしなくもなかったけれど、ちゃんとこの役っぽくてよかったです。女性キャラクターにちゃんと意味と存在感がある、けれど変に甘えられていないところもとてもいい作品だと思いました。
 プログラムがサイズが小さくて分厚いところも好感を持ちました。北九州まで二か月の上演ですね、無事の完走をお祈りしています。





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