駒子の備忘録

観劇記と乱読日記、愛蔵コミック・コラムなどなど

あだち充『クロスゲーム』(小学館文庫全11巻)

2020年03月07日 | 乱読記/書名か行
 しっかり者の長女・一葉、コウのことを大好きな次女・若葉、コウのことを大嫌いな三女・青葉、おてんばの四女・紅葉。幼なじみの月島四姉妹に囲まれて、樹多村光の青春が幕を上げる…

 最新連載『MIX』のTVアニメ化に合わせて文庫化されたようですね。週刊連載時に読んでいなかったので、まとめて読んでみました。これでももう15年前の作品(連載完結は2010年ですが)なんですね、ホントすごいなあだち充…
 『タッチ』『MIX』同様、定番の恋と野球の物語で、幼なじみ設定や家族に死者がいる・出る展開も同じです。『H2』にもあった、野球への愛をこじらせてダメなことになっている選手や監督が出てくるところも同じ。でもちゃんと同工異曲になっていて(この言葉は褒め言葉には使わないかな?)、東くんはいいところに着地したと思います。作画が悪役なので苦労したでしょうが。
 ただ、キャラの幅がない作家なので、水輝の失敗は目に余りますし、あかねも効いていないのが難点だったなと思いました。水輝はビジュアルはよかったのに、上手く優男というか色男キャラに描けなかったんですね。後半、千田くんと同じになっちゃってましたからね…カッちゃんや新田くん、英雄の路線でよかったんだと思うんだけれど…野球から離れたところにいるのも、おもしろいポジションだったんだけどなあ。作家の「いい男」像の引き出しのなさが露呈しましたし、担当編集もいい提案ができなかったんでしょうね。
 さらにあかねの登場は、苦し紛れすぎたのではないでしょうか。どこまで当初から構想されていたのかわかりませんが…『タッチ』では、カッちゃんが死のうとタッちゃんと南はずっと両想いだったのであまり問題がなかったのでしょうが、今回のコウは若葉と両想いで、その若葉が死んで、ラストは青葉とくっつけるというのはそりゃ難儀な道ですよね…死人には勝てないものです。さらに病気をぶっ込むとかホントお笑いぐさです。というか笑えません。
 ストーリーとしては甲子園出場を決めて終える、とは決まっていたのかもしれませんが、恋愛に関してはほぼ何も解決されていないままに決勝戦が始まって文庫残り一冊とかになってしまったので、読んでいて解決されるのか本当にヒヤヒヤしましたし、ラストはトートツに感じてフラストレーションが溜まりました。それこそ週刊連載だと気にならなかったかもしれませんが、通しで読むと残念ながらストーリー展開としては失敗している作品だな、と私は思いました。もちろん決勝戦の時々刻々の戦況の変化とともに青葉の心も揺れ動き、変わり、かつ前に進んではいるのですけれど、それ以前にコウのあかねへの違和感、というか彼女は若葉ではない、若葉に似ているのはむしろ青葉だが、それで青葉を好きなわけではない…みたいな想いをもう少し描いておいてほしかったです。
 青葉というのは新しい形のキャラクターで、いいなと思ったんですよね。甲子園を目指す野球少年が主人公としていて、その夢を応援する少女がそばにいる、という形があだち漫画の定番だった中で、野球をしている少女を造形した。それがすごい(この作家は野球少女をヒロインにした別の作品も描いてはいますが)。しかも性格が主人公と一緒(なんなら描き分けもかなり怪しい…特にユニフォーム姿のアップ…)、だから仲が悪い、という設定。おもしろい。だからこそもっと、一緒に若葉の死を乗り越えて心が近づく…みたいな流れがありえたんじゃないかなーと思うんですけどね。あとは、初期はコウより青葉の方がずっと真剣に野球をやっていたし上手くもあったんだけれど、青葉は硬式野球の公式戦には出場できないので…というターンになったときに、もっと男女差の話とか、そういうところから恋心の芽生え、ないし移り変わりを描くこともできたんじゃないかな、と思います。
 でも、「世界で一番嫌い」は「世界で一番好き」に容易に変化する、のはわかります。この「嫌い嫌いも好きのうち」は正しい。そして「愛してる」「知ってる」の『スター・ウォーズ』よ! この「言わなさ加減」こそあだち漫画の真骨頂かもしれないので、やはりこれはこれで、いいのかな…甘いな、私も。次は『ラフ』をちゃんと読みたいです。


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ヨルン・リーエル・ホルスト『カタリーナ・コード』(小学館文庫)

2020年02月19日 | 乱読記/書名か行
 ラルヴィク警察の警部ヴィリアム・ヴィスティングが失踪したカタリーナ・ハウゲンの行方を追い始めて、24年がたっていた。事件が起きた10月10日、今年もヴィスティングはカタリーナの夫マッティン・ハウゲンを訪ねたが、彼は留守だった。異例のことだった。翌日、国歌犯罪捜査局のアドリアン・スティレルが来訪する。スティレルはカタリーナ事件の2年前に起きたナディア・クローグ誘拐事件を殺人事件と見なして再捜査を始め、その被疑者としてマッティンの名を挙げたのだ…英訳された北欧ミステリに与えられる最高賞「ペトローナ賞」2019年受賞作。

 500ページ近くある文庫で、流行りの北欧ミステリで、楽しくねちねち読んだのですが、近年まれに見る「えっ、これだけ!?」というオチに悪い意味で驚倒したので、書き付けておきます。
 普通、もっとあるじゃないですか、ドラマが。別に「どんでん返しのケレンに頼らな」くても、小説なんだから、なんかもっとあってよくない? これだけネタ揃えていて?
 たとえば、このお膳立てなら普通、ヴィスティングと娘リーネやその兄との確執とか、何か家族のドラマを読者は期待しませんかね? 何もないのに主人公が定年間際で娘がシングルマザーで記者の仕事に復帰しかけたところで…とかの設定、要ります?
 スティレルにも、別に実は彼が真犯人だった!みたいなことまでは望まないけれど、もっとなんかワケありな感じでずっと描かれてきたじゃないですか。辣腕エリートなのは虚像で、陰に不眠症のストレスとか、もっと言えば病的なものがあるのに、何もつっこまれず解消もされないままに、終わり?
 ヴィスティングとマッティンの友情だって、なんかもっとあるはずでは? 刑事と容疑者という立場で出会ったけれど、アリバイが判明して容疑が晴れたあとは、友達づきあいめいたことをずっとしてきて、でも怪しいような、でも信じたいような…って葛藤のドラマが、匂わせただけで結局何も描かれない。というかあっさりマッティンの死で終わる。
 タイトルのコードも、暗号などではなくマイナーな番号だと判明して、終わり。殺人ではなく事故だったという真相がわかって事件が終わるにしても、もうひとつ殺人はあったわけだし、でもそこで彼らがどんな夫婦だったのかとか彼女が家族とどんな問題を抱えていたのかとかは見えてこない、描かれない。え、じゃ何が書きたくて書いたのこの小説? ホント謎なんですけど…
 真相が解明されておしまい、じゃただのパズルです。それは小説ではない、人間ドラマではない。筆致もいいのに、ずっと何かありそうに書かれているのに、最後は何もない。もっと社会派というか人生の、人間の物語に、いかにもなりそうでまったくならない、驚きの一冊でした。もしかしたらシリーズ化されて少しずつ何かが進み解き明かされていくのかもしれませんが…ううーむむむ。


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原作/中てい 作画/壱崎煉『彼は彼女に変わるので』(小学館裏少年サンデーコミックス全4巻)

2019年08月20日 | 乱読記/書名か行
 顔や雰囲気が怖く、周囲から距離を置かれている男子高校生・鹿山伊織。彼は友人も恋人も作らず、毎日速やかに帰宅する。何故なら…昼は男、夜は女の体になるからだ。二重生活を送る高校生は誰に恋をする? 異色の両性トランアングル・ラブ。

 設定はおもしろい、しかし漫画としてはかなり下手だな、もったいないな…と思いつつ、紙のコミックスで読んできました。もともとアプリで連載配信されてきた作品で、紙では一応ここで完結させるものの、アプリでは引き続き完全ルート分岐の番外編がそのまま連載されているそうで、そちらは電子書籍にまとまるそうです。
 なかなか現代的ですよね。紙で売るにはペイしないのかもしれないけれど、アプリや電子書籍では採算が取れる、というケースはままあるのでしょう。ましてストーリーを変えるとなると、読者はさらに減るでしょうからね…
 ネタバレすると、紙のコミックスはオープンエンド、要するに今は誰も選ばず卒業時に決めることにしてしばらくはみんなで高校生活を楽しもう!というものでした。な、なまぬるい…!
 そもそもこのお話は主人公の伊織が中学時代からの友達(今はやや疎遠)の森と、高校で初めてクラスメイトになった綾瀬との間で揺れる、というものです。ちなみに三人とも性自認は男性で、森と綾瀬は性別も男性です。伊織は夜は女の体になるにもかかわらず、基本的には自分のことを男だと捉えていて、女への変化を嫌がっています。
 伊織の性別変化の体質(?)は家に伝わる呪いによるものだそうで、でも幼いころは昼も夜もあまり違いを感じないでこられたのが、成長するに従ってだんだんそういうわけにもいかなくなり、親友の森に秘密を持つことが心苦しくなってだんだん疎遠になり、でもやっぱり友達でいたいという感情もあり…という状態。森は学業優秀スポーツ万能、真面目でクールな優等生メガネくんタイプで、伊織になんらかの事情があるのなら、とあえて身を引いているようなところがあるタイプです。
 一方で綾瀬はクラス一のチャラ男で女生徒にモテモテ、彼女を取っ替え引っ替えしているタイプ。男友達も多くて、クラスで浮いている伊織にもちょっかいを出してきて…というパターンです。
 それとは別に、伊織には従姉妹で近所に住んでいて幼なじみの千鶴という女友達がいて、彼女は伊織の呪いを知っています。ピンチになると伊織は彼女に助けを求めます。ここには恋愛感情が描かれませんが、私は片手落ちな気がしました(この表現が今良くないとされていることは知っています、すみません)。
 もっとBLにするんだったら、女の体になりたくない、ちゃんとした普通の男でいたいという伊織のアイデンティティと、森とも綾瀬とも親しくなりたい、彼らからも愛されたい、しかし彼らが興味を持つのは女の体になったときの自分で…というジレンマだけで、話は作れたと思います。かつ森は男女の伊織を別人物だと思ってしまうけれど綾瀬は早くに秘密を知ってしまい…というのがなかなかのドラマだと思います。伊織の気持ちはどちらかというと森にあって綾瀬の接近はウザいだけなのに、秘密を知り理解を示してくれるのは綾瀬の方で…という。萌えますよね。
 ただ、どうせなら、あくまで幼なじみとしか思えなかった千鶴に異性を見てときめくことは本当にないのか、あるいはむしろ女の体になって意識や反応も多少女っぽくなったときの伊織が千鶴に惹かれることはないのか、という展開も見たかったかもしれません。BLもユリもやれる設定だったと思うのになー。そこがないと、単にBLをやりたいだけの設定なのね?って気が、私なんかはしちゃうのです。男性の伊織が男性の森に惹かれる過程は、もっと繊細に描くべきことだと思うんですよね。
 その上で、性自認ってなんだろうとか性指向ってなんだろうとか、そういうテーマをつっこんでみたり、かつそういう小難しいこととはまったく別に、ときめいたり恥じらったり嫉妬したりのジタバタ恋愛のドラマをじっくりせつなく描けたら、ひとつのエポックメイキングな作品になり得たんじゃないのかなー、とまで思いました。でもそれにはあまりに漫画として下手すぎて、それはコマ割りが下手だとかそういうこともあるけれど、多分いい編集者がついてなくて、打ち合わせというかセッションができていないのが大きいんじゃないのかな、と私には感じられました。残念です。
 あと、これは話私が古いと言われても仕方ないけれど、オープンエンドってやっぱり賛成できません。私はもちろん森派なんだけれど、それで綾瀬がフラれて完結してもそれはそれで読者の人気はむしろ綾瀬に出る、とかありえると思うのですよ。そういう方がメジャーというか作品として大きくなって、ぞれぞれのエンドの別展開がありますよ、って細分化は読者サービスにはなるのかもしれないけれど作品としてはやはり小さくなると思うんですよね…志が低いというか。覚悟を決めてオチをつけんかい!と私は思ってしまうのでした。
 作家の最初の想定と違う方に転ぶ、とかは全然かまわないと思うんですけれどね。たとえば『花より男子』とか、有名ですよね。綾瀬の方が意外にいい男になって、狭量でプライドが高くて脳内以外とマッチョな森ではダメだった、だってありえたと思うのです。
 イヤそれとも、生涯を誓う相手はひとりしか選べない、というのはやはり古い発想なのでしょうか…何人かいることはありえると思いますよ、てかひとりだけとかヤダよ、でも少なくとも一度にひとりではあってほしいんだけどな私は…
 うーむむむ…読んだ方がいらしたら、このあたり、語り合ってみたいです。




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辻村深月『傲慢と善良』(朝日新聞出版)

2019年07月31日 | 乱読記/書名か行
 婚約者が忽然と姿を消した。その居場所を探すため、西澤架は彼女の「過去」と向き合うことになる…

 帯の惹句には「圧倒的恋愛小説」とありましたが、オースティンの『高慢と偏見』に準えられているので、結婚小説というか、結婚を現代日本で表現するとなると要するに婚活小説になるというか、な内容だったかと思います。ザラザラと怖くおもしろく読みました。あるあるだな、と思えて。
 ただ、後半はなー…物語の展開に都合良く妊娠を使うような小説を「妊娠小説」と呼ぶことはもう常識になったかなと思いますが、それでいうとこれは「震災小説」だな、と私は感じました。こういうことも実際にあるだろうけれど、でも、読んでいて物語に震災が都合良く使われている気がしてしまったのです。まあこうでもしないとオチがつけられなかったのかもしれませんが…
 これはあくまで婚活小説であって結婚小説ではないので、「てかそもそもあなたたちの考える結婚って何? そんなにまでしてする価値あるものなの?」という話を持ち出しても仕方ないのかもしれませんが、このオチでいいのかなーと私は思わないではいられませんでした。個人の感想です。


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千早茜『クローゼット』(新潮社)

2018年04月18日 | 乱読記/書名か行
 秘密と傷みに縛られ、男性が苦手なまま大人になった洋服補修士の女。要領よく演技するのが得意だが、本当に好きなことから逃げてばかりいるフリーターの男。洋服を愛している、それだけが共通点のふたりが、18世紀から現代まで一万点以上の洋服が眠る美術館で出会い…洋服と人間への愛にあふれた、心の一番弱くて大事なところを刺激する長編小説。

 素敵な装丁と装画の一冊でした。でもせっかくこんなに今日的なモチーフを扱っているのに、ストーリーがないよドラマがないよこれだけなんてもったいないよ!
 男性に生まれて、でも女性の服が大好きで着るのも好きで、でも同性愛者であるとかトランスジェンダーであるとかではない(…多分。というかそのあたりがほとんどこの作品では描かれていない。でも単なる女装趣味とは違うようには描かれている、のだと思う)ハンサムな青年。男性とつきあうより女性の群れにいる方が楽で、でもそこにも求めるものが得られないでいる…
 そんな彼を幼いころには女の子だと思っていてともに遊んでなんならお姉さんぶって守ったりかばったりして、そのせいでとある怖い思いをして以後、男性不信になってしまって通常の社会生活もおぼつかない女性。
 その親友で、クールで美貌のハンサムウーマンで、仕事ができて、でもかつては太っていてかつ家庭に恵まれていなくて…という女性。
 こんな設定の三人が揃って、でも特に話がないままに終わるなんて意味不明すぎますよ…! 別に恋愛を描けとか成長を描けとかそんな単純なことは言わないけれど、でももっと何かあるべきでしょう。美術館の成り立ちとか、いろいろ思わせぶりに伏線引いておいて放り出しっぱなしじゃないですか。あのカメラマンとかも。なんなんだよー。何がやりたくて書いた小説なんだよー。
 『硝子のコルセット』というタイトルから改題したそうです。それはとてもいいなと思いました。だからこそ、なんか、ホントもったいなかったです。ねちねち楽しく読み進めてきただけに、「えっ、これで終わり!?」とけっこう呆然としてしまいました。しょぼん。


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