駒子の備忘録

観劇記と乱読日記、愛蔵コミック・コラムなどなど

アーナルデュル・インドリダソン『声』(創元推理文庫)

2018年03月23日 | 乱読記/書名か行
 クリスマスシーズンで賑わうホテルの地下室で、ひとりの男が殺された。ホテルの元ドアマンだった男は、サンタクロースの扮装でめった刺しにされていた。捜査官エーレンデュエルは調べを進めるうちに、被害者の驚愕の過去を知る…2016年翻訳ミステリー大賞&読者賞受賞作。

 シリーズ3作目だそうですが、そうとは知らずに、帯や表4のあらすじに惹かれて読みました。第1作から順に読んでいたら、また印象が違ったかな?
 というのも、作風ももちろんあるんだとは思うんですけれど、主人公をほとんどわざとのように魅力的に描いていない気がするんですよ。まずもってファーストネームが出てこないしね? それでいうなら同僚刑事たちの名前も名字しか出てこないので性別すらわかりづらく、キャラクターとしてもとても捉えづらいです。でもわざとなんだろうなあ…
 探偵や刑事、警察官が主人公の推理小説で、でも事件の解決そのものよりその過程での主人公の人生の描写や境遇、心境の変化を描くことに主眼があるもの…というのは多いと思います。パズルっぽいミステリーよりそういう社会派っぽいものの方が最近の流行りだとも思いますしね。
 でもこの作品は、主人公が人生に行き詰まっているんだとしても、何故なのかとか今まで何があったのかとかがそう明瞭には語られないままだし、なのにやる気もなく覇気もなくただなんとなく捜査に従事しているようで、共感しづらいし読んでいて疲れるというかイライラするというか、いっそなんなのこの人?と不思議になるくらいなのでした。
 たいていこういう小説には、さっさと解決させて自分のポイントにしようとする署長とか、さっさと立件させようと捜査に口出ししてくる検事とかが出てくるものなのですが、そういうキャラクターもいない。ただ現場の3人だけが黙々と、しかしやや行き当たりばったりに捜査しているようで、焦っているとか急いでいるとか、正義感に燃えるとかがない。淡々と右往左往しているのです。その空気がものすごく不思議なのでした。
 あと、欧米人ってわりとそういうところがあるのかもしれませんが、犯罪ってホントは昼夜待ったなしに起きるものだと思うのですけれど、だからって主人公たちが捜査を昼夜なしに続けるってことは全然なくて、夕方になって退勤時間になったら聞き込みが途中でも帰宅しちゃうし、週末もがっつり自宅で休養しちゃうし、クリスマスシーズンになるとそわそわし出しちゃって仕事どころじゃなくなっちゃうんですね。なんかそういうメンタリティもおもしろくはあるのですが、解決を待っているであろう被害者が無念でこれじゃ成仏できないよとかわいそうに思えたり、おそらく追い詰められることを望んでいる犯人が放ったらかしにされているようで哀れに思えてくるくらいで、そんな自分の心理がおもしろいです。
 そう、全体に小説としておもしろくないわけではなくて、だから読み進められたんですけれど、それはこの作品が最近流行りの北欧ミステリーの中でもよりマイナーなアイスランドという国が舞台のせいもあって、異文化を眺める感じがおもしろいとか、そういう観点があるからなのです。さらに、そんな外国でも日本と似たようないじめってあるんだねとか、昭和みたいな同性愛差別があるんだねとか、そんな卑近なおもしろさ、興味深さだったりもあったりします。最近読んだ別の作品はスウェーデンが舞台だったかな? あれはまたずいぶんとドライでクールで大人で個人主義でリベラルな社会の空気を感じたのだけれど、作風の違いなのかな国の違いなのかな…
 しかしオチというか真犯人に関しては、なんかあっさり描写されすぎではあるまいか。これはもっと大きな悲劇だと私は思うのですけれど…
 著者の名前を覚えられる気がしませんが、遡って1,2作目も機会があれば一応読んでみたいと思います。

 

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すごいダイバーシティ小説を読んだ気がする!

2017年12月24日 | 乱読記/書名か行
 ローレル・K・ハミルトン『輝ける王女の帰還』『嘆きの女神の秘密』ともに上下巻(ヴィレッジブックス)

 「妖精王女メリー・ジェントリー」というシリーズタイトルでもっとたくさん書かれているようなのですが、第二弾までで訳出が止まっているようです。おーい、続きは出ないの!? 人気がなかったので翻訳打ち切りなの…?(ToT)
 でもわからないこともないです。私はおもしろく読んだのですが(^^;)。以下、その理由を例によってねちねち語らせていただきます。
 舞台は現代のアメリカ・ロサンジェルスですが、現実とは違った歴史をたどった世界でのお話で、アメリカ合衆国第三代大統領トマス・ジェファーソンによってヨーロッパからの移住が認められた妖精族が、イリノイ州の遺跡の地下に妖精国を築いて人間と共存しながら暮らしている、という設定の世界です。
 ヒロインのメリーは、超自然的な事件の魔力による解決を専門とする探偵事務所の女性探偵。しかしてその正体は、良い妖精の王を伯父に、悪い妖精の女王を伯母に持つ妖精王女、メレディス・ニクエススだったのです…!
 というワケで、適度にファンタジックな設定もありつつミステリーの体裁も取りつつ、基本的にはロマンス小説なんでしょ、と思って読み始めたのですが、なかなかどうして、これがまた、という代物でした。
 まず、ヒロインの一人称なのはいいとして、アバンというか最初のキャッチ―なエピソードを提示したくらいのところで、ある程度設定説明というか、実際の現実の世界とこの物語の世界との違いをうまく説明するくだりが欲しいところなのですが、それがないままに突き進み、あれよあれよと展開して謎また謎が続くので、脱落する読者がかなり出るだろうな、と思われます。なんせ純粋な人間のキャラクターがほぼいなくて、出てくるのはみんななんらかの妖精なので、その常識とか行動倫理とかが人間のものと違いすぎて理解しづらく感情移入もしづらいのです。
 仮にもファンタジーを読もうという者、エルフとかドワーフとかくらいは知識として押さえているとは思いますが、しかしこのお話に出てくる妖精たちの設定って欧米の読者ならまず常識なんでしょうかね? そのあたりの定義とか説明もほぼないので、これまた混乱し脱落する読者が多数かと想像できます。
 妖精、というのはそもそも何を指すのか?とかね。シーとは上級妖精のことなのかな? 良い妖精がシーリーで悪い妖精がアンシーリー、は説明があるからわかるとして、下級妖精のブラウニーってどんなもの?とかゴブリンってそもそも何?とか、小妖精デミ・フェイってティンカー・ベルみたいなああいうの?とかとか、よくわからないままに多数の種族が出てきてみんな反目し合っているのです。何ができて何ができないとされているのか、何が正しいとされているのかがわからないので、読んでいて立ち位置が定まらず不安になるんですね。これはつらい。
 それでも目をつぶって読み進めれば、なんだかんだ言ってヒロインが総モテの逆ハーレム展開になるのでそこはロマンス小説の華、と思えるのですが、スリリングでセクシャルな展開が続くわりには肝心の濡れ場の描写が超あっさりで淡白で、これじゃ萌えないよ!となっちゃうんだと思います。
 かつ、そのセクシャルさがけっこうエグいのです。たとえば日本のTLコミックとかBLには3Pって実はそんなに珍しいモチーフじゃないと思うんですけれど、こうした欧米のロマンス小説にはほぼ出てこないのはやはり、キリスト教的な何かがあるんでしょうかね? イヤ私もほとんどの女性は一夫一婦制というか一対一のおつきあいというかこの世にただひとつの恋みたいなものを理想としていると思っているのでそれはもちろんわかるのですが、でも恋愛ファンタジーって、妄想ってもっと自由なものだとも思ってるんですよ。でも、この作品はさらに自由すぎる気がしました(笑)。
 なんせわりと最初のセクシャル展開が触手だし(笑)。これが本命の相手役かな?と思われるキャラクターとのセックスのあとにはヒロインが「仔犬が産まれるかもしれないわね」とか言うし、小人みたいなものでペットみたいだったキャラクターとも結局やるこたやるし、最初こそプライバシーにこだわってふたりと同時になんて冗談じゃない絶対無理とか言っていたのにいつのまにか三人同衾全然OK、みたいになってるし…
 これはけっこうついていけない、となる人が多いと思うんですよね。過激すぎるというか…もったいないし残念ですが、仕方ない気もします。
 それでも私が何をおもしろがったかと言うと、なんかものすごく新時代のダイバーシティを感じたというか、リベラルな多様性故のカオスと新時代のロマンスの香りを嗅ぎ取ったからです。
 ヒロインは様々な種族の混血で、妖精のように不死ではなく、純潔の人間より老化は遅いものの死すべき者であり、魔力も弱く、妖精の宮廷からは差別されて育っています。けれど女王の姪で宮廷の権力争いから暗殺の対象になったりしたので、幼少期に人間界に避難してそこで育ったという設定で、心ある父親から様々な種族の文化や常識や儀礼を学び、誰とでも対話ができるし交渉もできるスキルを持っている、という設定です。だから非力でも、反目し合う妖精たちの隙をぬって味方を作れたり助力を引き出せたり協力態勢が組めたりする。それで次期王座を争う女王の甥に対抗できるのです。
 これってまんま、人間の民族とか文化とか宗教のことだよな、と思うのです。理解し尊重すれば友達になれる、知らないからぶつかる喧嘩になる戦争になる。このヒロインは新時代のヒロインたりえるな、と思ったのです。
 そして恋人がたくさんいるんだけれど、実は全然恋愛していないのもおもしろい。なんせ次期王座を得るのは早く子をなした方、という争いをヒロインがライバルとしているので、妊娠するために恋人たちの中から毎夜相手を変えて順番にいたしているという状態で、彼らもヒロインになんとしても妊娠してもらいたいからお互い嫉妬するとかはない、というかそもそも妖精って多情で精力抜群だけど繁殖力が弱いとされているし嫉妬とか束縛とかがなくて…という、なんかあまりしんみりシリアスにならない世界でのお話なのです。だからロマンチックでないとも言えちゃうのですね。でもそれもまたおもしろいと私は思うのです。
 でもなー、アンケート結果とかが悪かったのかなー、どうも続きが出てないようなんだよなー、それも含めて商売だからなー、残念です。こういうことがあるから、完結してから読もうってなるんだけど、でもそうやって売れないと途中で終わっちゃうんですよね…悲しい…

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杉山俊彦『競馬の終わり』(集英社文庫)

2017年12月04日 | 乱読記/書名か行
 22世紀。ロシアの占領下にある近未来の日本では競走馬のサイボーグ化が決定。ロシア高官イリッチは生身の馬体で行われる最後のダービーを勝つために、零細牧場主・笹田の最高傑作「ポグロム」を購入する。立ちはだかるのは最大手牧場が禁断の交配により生み出した「エピメテウス」。勝つのは悪魔的な強さか、病的な速さか。第10回日本SF新人賞受賞作。時代が埋もれることを許さなかった問題作。

 著者はこれがデビュー作だったようで、筆致はちょっと素人っぽいです。視点がころころ変わるというか、神の視点にもなっていないので、どの人物の内面にも入ってしまうようでかえって読み手の視点が混乱するし、描写が足りないので個々のキャラクターの個性もつかみきれずどこにも感情移入しづらいのです。
 ただ設定がとにかくスリリングなので、「それで結局何を描きたい話なの? 何がどうなる話なの?」という興味だけでけっこう読まされてしまいます。少なくとも私はそれで最後まで辛抱できました。
 ただ、それでこのラストかい、というのはあったかな…というかサラブレッドっていくらなんでもこんなに頻繁には骨折しないと思うしな…
 まあでもそういうのもひっくるめて、ドン詰まっているこの世界そのものを描きたかったのでしょう。競馬小説というよりはサイバーパンク小説なのかな、それはそれでちょっと物足りないけれど。もう少しキャラを立てて、人生哲学なんかも描いちゃうような文芸作品に仕立ててくれた方が私は好みなんですけれど(そして一般的にももっとウケが良くなると思うけれど)、そうはしたくなかったんでしょうしね。だったらもうちょっとハードボイルドっぽくしてもよかったかも…
 でも解説の北上次郎がこういう形で興奮する気持ちもわかります。おもしろい一冊でした。

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J・R・ウォード『黒き戦士の恋人』(二見書房文庫ザ・ミステリ・コレクション)

2017年09月01日 | 乱読記/書名か行
 べスはニューヨーク市近郊の地方新聞社で働く取材記者。人生に物足りなさを感じていたある日の帰宅途中、暴漢に襲われかけ、さらにあくる夜、今度は二メートル近い大男に部屋に侵入される。サングラスをかけ、全身にレザーをまとった謎の男ラスに恐怖を覚えながらも、不思議と惹かれていったベスだったが…全米ナンバーワン・パラノーマルロマンス。

 歴史ものであるヒストリカル・ロマンスだろうが、吸血鬼や狼男などのファンタジックな題材を扱うパラノーマル・ロマンスだろうが、要するにロマンス小説であることに眼目があるのだろうと私は思っていますが、この作品のロマンス、というかセックス描写(笑)は意外とライトです。もっとねちねち書き込まなくていいの? もう数ページかけてプレイを展開させなくていいの? って聞きたくなるくらい。そこをもの足りなく思うかどうかはまた別にして、ですが。私はわりともの足りませんでしたけど(笑)。
 で、では何がおもしろかったかというと、吸血鬼軍団の個性あふれるイケメンたちとは別に、人間の男子代表みたいな、ヒロインのボーイフレンドみたいなポジションのブッチというキャラクターのあり方でした。吸血鬼に惹かれていくヒロインに対して、それを押しとどめようとするような存在であり、それは定番とも言えるものなのですが、単純に悪役になったりライバル役になったりするのではなく、吸血鬼たちの「人間の仲間」みたいになっていくのがちょっとおもしろかったのです。昼間動ける、とかの吸血鬼にできないことができて、協力し合ってヒロインを救ったりして、「やるな、おまえ」「おまえもな」ニヤリ、みたいなのが新鮮でした。
 それからヒロインと相手役がくっつくことで、あぶれた相手役の元カノみたいな女吸血鬼がいるのですが、彼女とブッチが恋に落ちる展開になるのがまたよくて、ふたりともなんともウブで…ニヤニヤしました。
 シリーズは吸血鬼軍団の中からメインキャラクターを変えて連作されているようです、続きを読みたいと思います!





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高橋克彦『火怨』(講談社文庫)全2巻

2017年08月11日 | 乱読記/書名か行
 辺境と蔑まれ、それゆえに朝廷の興味から遠ざけられ、平和に暮らしていた陸奥の民。八世紀、黄金を求めて支配せんとする朝廷の大軍に、蝦夷の若きリーダー・阿弖流為は北の将たちの熱い思いと民の希望を担って遊撃戦を開始した…吉川英治文学賞受賞作。

 とてもおもしろく観た宝塚歌劇星組『阿弖流為』の原作小説です。観劇にはごく淡い歴史の知識とプログラムの人物紹介を読んだだけで挑んでしまったため、どうしても冒頭は設定を追うのに精一杯になってしまい、ああ予習しておけばもっとスムーズに作品世界に入れただろうに…と後悔したので、あとからになりますが読んでみました。とてもおもしろかったです。
 舞台はコンパクトにまとめていましたが、実際には30年に渡る長い戦いだったこと、ここまで史実として判明しているとは思えないから多分に創作の部分も大きいのでしょうが戦闘の戦略的・戦術的な部分の話がとても興味深かったことなど、小説ならではの部分もとてもおもしろく読みました。でもなんと言ってもキャラクターがいいし、人間関係がいいですよね。ロマンがあります。宝塚歌劇化にも向いていましたね。
 北から渡ってきた人たちと南から渡ってきた人たちと、確かに種族がなんらか違っていたのかもしれないし、同じ日本語だとしても今以上に伝わりづらい方言をお互いしゃべっていたのでしょう。知らないから怖い、自分たちと違うものだ、人間ではなく獣だ、と遠ざけようとする心理もわからなくはありません。都人はその罠にはまり、一方でおおらかな蝦夷は頓着しなかった。攻め込まれるわけではないし、不干渉なら問題ない。自分たちに用がない金をありがたがって掘るというなら、それも許諾する。お互い独自に独立して共存すればいい…というその大人な思想を、自分たちへの侮蔑だと取ってしまうところが都人の幼さであり、悲劇の元となったのですね。これは現代にも未だある人種差別、民族差別の問題にも通じる心理です。
 私利私欲やプライドがメインの争いは不毛なものです。そんな理不尽な戦いを一方的に挑まれながら、誇りと未来のために戦い続けた蝦夷を、応援しないではいられません。そして、そんな蝦夷を対等に扱い尊重してくれる敵将・田村麻呂が現れたからこそ、後の世のために降伏を選んだ、阿弖流為の潔さたるや、涙しないではいられません。
 寿命が短い時代のことでもあり、老い先と子供たちの世代の未来を十分に考えた、効率的な「命の使い道」だったのかもしれませんが、だからといってやはり無念ではあったことでしょう…舞台では、阿弖流為が仲間たちに降伏を言い出すところの細かい機微を私はつかみきれないままに観てしまったのですが、そこからの鮮やかな展開と見せ方には感心しましたし、泣きました。田村麻呂とともに阿弖流為の魂が故郷に帰り、佳奈と息子に出会う…という流れも美しかったです。
 決めセリフの「死ぬ日は同じと決めていた」がけっこう何度も出てくるのにはちょっと微笑ましさを感じてしまいましたが、作家の男の子パワーがいい方に出た佳作だったのではないでしょうか。
 舞台では私はあやなが好きでせおっちには興味がないため田村麻呂には萌えなかったのですが、本当はこうして残され後の世を託される者の方がつらいしそこにこそ萌える私なので、小説ではそのあたりも楽しく読みました。あと鮮麻呂さまとか天玲さんとか御園とか、みんなとにかくめっちゃカッコ良くてよかったです。
 他の作品も読んでみたくなりました。
 
 



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